第43話・あだ名

 「シン」という名前の人物は、「ちん」というあだ名を付けられる運命にある。ちんは、常にクシを胸ポケットに入れて持ち歩くタイプの、クラス一の伊達男だ。180センチの上背といい、端正な顔立ちといい、見栄えがする。栗色の髪を額の上に盛り上げてみたり(リーゼント?)、うねうねにパーマをあててみたり(キシがそのマネをしようと美容院にいったら、おばちゃんヘアにされてしまった)、流行りはじめたDCブランドをいち早く取り入れてブカブカの黒コートを着込んでみたり、また改造した学ランの下からまっ赤なシャツをチラ見にさせてみたりと、かっこいいのだった。ちんは、身だしなみに頓着のない美術科男子の中においては、際立ってスタイリッシュで、ファッションリーダー的存在といえる。卒業後には多摩美のデザイン科に進学し、立川の米軍ハウスで、アメリカ人のような生活を送ったらしい。一方で、パブリカという古い車に乗ってみたり、あるいはアルファロメオ・スパイダーという屋根のない最新型のスポーツカーに乗ってみたりと、「ポパイ」を地でいくライフスタイルを貫き、それをデザインに生かしていくことになる。やがてその世界で大成功をおさめ、最終的には「apple」に請われて、カリフォルニアに渡ってしまった。まったく大したやつだ。オレが進んだ田舎美大のデザイン科などは、一生懸命に絵の具で色を混ぜて「カラーチャート」という、つまり「白から黒までの間に何種類の違った色を入れられるか」的な地道な手仕事訓練を積み上げ、腕を磨いたものだった。ところが、デザインにとって、実はそうした力量はさして重要ではない。真に重要なのは、そのひと個人が過ごした生活の密度や、そこでつちかわれた思想なんじゃないだろうか。彼(ちん)を見ていると、そう感じざるを得ない。その意味で、欲望に素直なちんは、全身これデザインのひと、と言っていいのだった。

 話題がそれてしまった。あだ名、の話だった。しん、が、ちん、なら、「岸」という名前の人物は、もちろん「ガン」というあだ名を冠される。キシは、先輩たちにこう呼ばれてかわいがられている。しかし「癌」とは、あまりありがたくないあだ名ではないか。「GUN」ならかっこいいが、少々こっぱずかしくもある。なので、オレはそいつのことを「キシ」と呼んでいる。「いとうこうじ」は、もちろん「イトコン」と呼ぶしかない。高校生男子というのは、実にシンプルなあだ名の付け方をするものなのだ。

 オレの名前は「すぎやま」という。この人物にあだ名を付けようとすると、若干のオンの操作が必要になってくる。まず誰もが考えるのが、「スギヤマン」とヒーローっぽく語尾を変形させることだ。なかなか悪くないが、どういうわけかこれを複数形で呼ぼうとする者が現れた。つまり「スギヤメン」である。この名で呼びつづけていると、「ヤ」は徐々に「ャ」と省略されていく。「スギャメン」。と同時に、「ギャ」「メ」「ン」という強い発音の中で、「ス」という擦過音の存在は忘れ去られていく。かくて「すぎやま」という名は、時間と環境と知性と悪意となんやかんやのヤスリにかけられてこなれ、「ギャメン」という最終形に落ち着くこととなった。

 オレはギャメンというあだ名を頂戴し、ちんや、ガンや、イトコンらに揉まれながら、悪に対する耐性を養っていくこととなる。

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