第23話・ゆく夏

 セミは、トンボほど美しくはない。しかしトンボ狩りに飽きたごぼぜこ少年団は、いつの頃からかセミ捕りに熱中している。ハス田のだだっ広い水平面を征服した挙げ句に、屹立する樹木の高さをも支配下に置こうという本能が働いたのかもしれない。オレと、近所のたかちゃん、こうちゃん、そして弟らは、長い虫捕り網を高々とかかげ、頭上の領土獲得へとのり出したのだった。

 ごぼさんのお墓周辺には、いろんな樹が散在して生い茂っている。夏休みになると、毎日それらの各地点をパトロールして歩く。ミーンミーン、ジージージー、わしわしわし・・・空一面から蝉時雨が降ってくる。見上げれば、いつでもそこにセミはいる。やつらはトンボほど敏感ではなく、たいして息を殺して立ち向かう必要もない。その硬くたくましい背にそっと網を近づけ、ハッ、と一撃必殺の気合いでかぶせる。するとやつらは、やっと気づいた、とでも言うように、まんまと網の中に飛び入ってくるのだった。ところが、網をかぶせる寸前に樹幹を蹴って飛び去ってしまうものもいる。ひょっとしてやつらは、人間が自分たちを捕ろうと迫っているのを理解していながら、ギリギリまでねばって、樹液を吸いつづけているのではなかろうか?「わしら何年も土の中で、こうして甘いやつを吸えるのを待っとったんじゃ〜」「吸えるのは七日間しかないんじゃ〜」と、決死の覚悟で吸っているのだ。魂を振り絞るかのようにめちゃくちゃ全開で声を張り上げているし、これもまた「鳴かしてくれや〜」「七日間しかないんじゃ〜」という哀切の叫びなのではないだろうか?ところが、そんな事情などおかまいなしなのが、野蛮な人間の子供たちなのだ。うるさいセミなど、めいわくなあほ、としか思っていないので、とにかく捕りまくることに命を燃やしている。セミとの勝負は、まさに間一髪だ。すれすれで捕らえるか、すれすれでかわされるか・・・そのスリルがたまらない。捕れば、網の中にみっしりとした質量の振動を感触することができる。この征服の実感は、こたえられないものがある。一方で、必殺のひと振りをかわされれば、空からおしっこを浴びせかけられ、屈辱の底に落とされる。勝てば最高の気分、負ければどん底の気分・・・まったく、セミのどの振る舞いを見ても、こちらの射幸心をわざわざあおっているとしか思えないところがある。これはセミ側の責任とも言える。

 セミの種類は、アブラゼミ、ニイニイゼミ、この二種類が主だ。なんの面白みもない生物だが、狩る、という行為そのものに価値を見いだす男子としては、この重量感と力強さは魅力的だ。たまにツクツクボウシやヒグラシ、ごくごくたまにクマゼミなどをゲットすると、ごぼぜこ通りはセンセーショナルに沸き立つ。それを見せつけられた側は、さらなる欲求に突き動かされ、より高い空域を支配せんがために知恵をしぼることになる。かくて男子たちは、ムシ網を長く、高く改造し、狩猟のウデを研鑽し合うことになる。

 ある日、こうちゃんがとてつもない虫捕り網を手にして現れた。バケモノのように長いシロモノだ。棺桶職人のじいちゃんが苦心してこしらえた名刀で、何本ものパーツに分かれて合体式になっている。つまり釣り竿のように、何本もの竹を継ぎ合わせて長大な柄をつくり、その先端に網を装着したのだった。取り外しが自由なので、持ち歩くときには柄をバラバラにして束ねればいい。そして、いざ、という際には、竹竿を細い順に継ぎ、頭上にかかげる。野太いものまで全部を継ぎ合わせると、凄まじい高射砲となるわけだ。この新兵器は、日に日に継ぎ数を増やして丈を伸ばしていき(じいちゃんが調子にのったのだ)、最長で10数メートルほどにもなった。ところがここまでくると、機能も失われる。地上で3人4人によって支えられるこの高射砲は、セミを追い散らすのには役立ったが、捕らえることはついぞできなかった。先端の網がぷらん、ぷららん、と緩慢に揺れまくり、的である小さなセミをおさめられたものではなかったのだ。ものの一週間で、継ぎ竿式セミ捕り網は姿を消した。

 それでも毎日毎日、狩りはつづけられる。虫カゴの中は、常に獲物でいっぱいだ。多くのセミに交じって、アゲハチョウやシオカラトンボも収監されている。彼らの羽根は、いつもボロボロだ。当然だ。きみたちは勝負に破れたのだから。子供たちは満足して家路につく。が、翌朝になると、カゴの中からは、沈黙し、動かなくなった物体がバラバラと出てきて、罪悪感を感じさせられる。熱を奪われ、乾ききって空疎な外殻、もがれた羽根・・・目を覆いたくなるような、哀れな姿だ。だけど去りゆく夏を引きとめるために、子供たちは再び、そして延々と、獲物を追いまわす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る