昭和史ですけど/ごぼぜこ通りから城下町

もりを

第1話・ハス畑

 ある晴れた冬の午後、その赤ん坊は、ハス畑のまん中に産み落とされた。

 ・・・そのことを両親から聞かされたとき、彼は思い描いたものだ。ぴかぴかに輝く空の下、自分はあのお釈迦さまのように、大きくてやわらかなハスの葉っぱにくるまれて現世に発生したのだ、と。だけど現実はちがった。リアルに説明すれば、昭和42年の2月23日に、冬枯れたレンコン畑に囲まれた小さな産婦人科で、赤ん坊は、年老いた産婆さんに取り上げられたのだった。屋根が落ちそうなあばら屋で、どこのだれとも知らぬババアに足首を持って宙づりにされ、尻を叩かれて、男の子は最初の空気を吸い込む。そして最初の一声を放った。

「オギャーッ」

 最初の湯に浸かる。ボロだが清潔な布にくるまれる。そして、母親の胸に抱かれる。ふわんといい匂いがする。このひとの体内から自分は泳ぎ出たのだ。匂いは覚えている。いい心地だ。彼は眠る。天上天下、唯我独尊、みたいな夢を見る・・・まあ、文章の後半は想像の世界だが。

 これから、生まれたばかりのこの子が成長していく。そして、彼の人生の節目節目で起こる事件を、彼の後年の姿であるオレは写し取っていくことにする。この子の周りで起きる事件は実際のものだが、歳月をへて大きく成長した彼の記憶の中にある同じ事件は、若干の色が付いていようかと思う。つまり、事実は主観の中でいい様にも悪い様にも解釈され、ヤスられ、盛られて、一部の感触を誇張した物語になっていく。しかしそれもまた、彼の中の事実ではあるのだ。オレはこの話を、彼が脳裏であたためたそんな感触に素直に進めていきたいと思う。

 さて後日、彼の名前は、怪しげな姓名判断師のところで付けられることになる。父親と母親が、信頼できるセンセイ、と聞き及び、足を運んだのだ。

「ふむ、佳隆(よしたか)か、あるいは典応(のりまさ)と付けるのがよかろう」

 生まれた子の生年月日と、ゲンのいい画数とを両にらみにしつつ、男は答えを出した。二種類の名前を示され、両親は悩む。そして、やはりかっこいい方、すなわち「佳隆」の方を選んだ。賢明な選択だったにちがいない。この名前のおかげかどうかはわからないが、彼はなかなか結構な人生を歩むことになる。

 ところが、その二年後のことだ。やはり同じ産婆さんに取り上げられた第二子の名前を決めるために、よしたか少年の両親は、同じ姓名判断師のところにおもむいたのだという。

「ふむ、佳隆(よしたか)か、あるいは典応(のりまさ)と付けるのがよかろう」

 いつか聞いかセリフだ。一字半言たがわない。この男のまさかのテキトー仕事に両親はあきれたが、とにかく、残った方を選ぶより他はない。子供の名前をひとまかせにするなどという横着をしたのだから、仕方がない。第二子には、のりまさの名前が与えられた。よしたか少年は思ったものだ。弟よ、早いもん勝ちでかっこいい方をもらってしまい、なんとなくすまん、と。

 ともかく、よしたか坊やは、さえざえとした空の下に生まれ落ちたのだった。彼の・・・ま、オレの、と言ってもいいが・・・輝ける人生は、ここにスタートを切った。

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