小箱の中の世界

みるくジェイク

第1話

 小屋の窓辺に座って、ソニアは造花の花びらをまた一枚つなぎ合わせ、深いため息をついた。窓の外には灰色の空、庭に張り巡らされた鉄の柵と、その向こうのさびれた通りが見えた。


 ソニアの元亭主ルークは、失敗に終わった商売で財産を使い果たし、相当の借金を抱え込んでいる。もとより夫婦仲は険悪だった。口論になって殴られ、半殺しにされた後、ソニアはスーツケースひとつ持って従姉の家に逃げ込んだ。散々もめたあげくに、裁判所でやっと離婚が成立した。


 以来、ソニアは従姉の家の離れに居候し、朝は食品店のレジ係、午後は造花を作って細々と日銭を稼いでいた。


 最初は、新しい平穏な生活にほっとした。しかし静けさや単調な日々というものは、えてして己の境遇というものをまざまざと見せつけ、人生を吟味する余裕を与えてしまうものである。日が経つにつれ、彼女は憂鬱の中に沈んでいった。


 高校時代からの友達のエリが、近くまで来たからと立ち寄った。ソニアはテーブルに積み上げられた造花と道具をよけてかろうじて場所をつくり、コーヒーを注いだ。


「ソニアったら、なんて顔してるの! 元気出さなきゃ。いつまでも落ち込んでいてもしかたないでしょ?」


「でも、何も希望がないんだもの」


「せっかく自由の身になったのよ。新しい人とデートできるじゃない」


「そんな気分になれない」


 実は従姉が心配して、あちこちに再婚相手を募る手紙を書き送っていた。その結果、隣町に住む二十歳年上の夜警がひとり、好意的な返事をよこした。ソニアはまだ会ってみる気になれずにいた。


 エリは彼女の両手を引き寄せ、軽く叩いた。


「さあさあ、昔のあんたはどこへ行っちゃったの? あんなに陽気でおもしろい子だったのに。海岸へ泳ぎにいったら? 何かの勉強を始めたら? それともお洒落して町へ出て、景気付けに山ほど買い物でもしたらどう?」


ソニアはぼんやりと、窓の方へと目をそらした。


「そんなお金ないもの……」


 エリはふとかがみこんで、床に置いた手さげカバンの中から何かを取り出した。


「やっぱり持ってきてよかった。これ、あんたにあげる」


 彼女がテーブルの上に置いたのは、年季の入った円筒形の木箱だった。金色に彩色され、全体に葡萄の蔓の浮き彫り装飾がほどこされている。


「だめよそんな、気を使わないで」


 エリは骨董店を営んでいる。それは店で仕入れた品かもしれなかった。


「いいの、受け取って!」


 エリは箱をソニアの方に押しやり、留め金をはずして蓋を開けた。中には見たこともない不思議な機械装置がはめこまれていた。

 中央の台座を囲んで円形の溝があり、そこがルーレット盤のように十三に仕切られている。

 ビロードで裏打ちされたしきりに一つずつ、すべて同じ大きさの、色とりどりの楕円形の石が入っていた。


「ここから石をどれかひとつ選んで、この部分に嵌め込むの」


 エリは装置の中央の座金のようなものを指し示した。それは仕切りの中の石がぴったりはまる形になっているようだ。


「ひとつの石が中央にあるとき、他の十二の石は必ず定位置になくちゃいけないの」


「……それで?」


「あとで一人になったらやってみて。まあ、ちょっとした遊びよ。気晴らしになるでしょ。でもこの、透明の石だけは絶対に触らないで。この石だけはどんなことがあってもここから動かしちゃだめ。約束してくれる?」


 エリは十三の石のうち一つ、ひときわまばゆく輝くプリズム色の石を指さしていた。


「あなたがそう言うなら……」


「絶対に約束だからね? あたしもう行かなくちゃ。またね、ソニア」

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