2:各戦―Knightraveller―

 自身の行為は間違いではない、と信じて生きてきた。

 それがナバンサという聖職者の在り方であった――だからこそ、かの黒き青年の言葉には怒りよりも先に感銘を受けたのだ。

 絶望の中。自身の無力で歩みだせない日々。それに終止符を打ってくれたかもしれない彼と、もう一度だけ話をしたい。

 そう願いつつも、ナバンサは夜通しの捜索で疲れ切った頭を癒すために、代表の席に腰を掛けていた。若い、と思っていてもかつてとは違う。


「自身の無能さに呆れるとは……」


 かつては誇りでもあった心は、遠い地で摩耗しきっていた。それでも、と方法を考えて貿易経済を担い、ニーロコの行く末を良き物にしようとした。

 だが、完成されたパズルに異物が混じってしまえば不完全になるのは道理だ。あぶれた貿易業をしていた国民は、結果的に敵意を持つ浮浪者に成り果てた。そうなってしまえば教会に誘えるわけがない。


「それでも……今を逃してはいけない」


 そのような過去を持つナバンサは、だからこそ今こそが自身の転機だと感じていた。勿論、それは勝手な思い込みではある。

 一人の青年の言葉が希望の光になるかは解らない。ましてや、目の前でカルパの放った凶弾を斬った男だ。その力は人知を超えている。

 だが、だからこそ彼の言葉に惹かれた。信教深い少女の傍で、光を語る彼に。


「……三十分ほどしたら、再び行こう」


 座に留まるのを許してはいけない。自身を変えるのは、誰かの言葉だけじゃない。自分の脚で、行動をすることだ。

 そう――誓ったからこそ、その衝撃は誰よりも激しく感じたのかもしれない。

 強烈な地震が城内に響いたのだ。石造とはいえ、頑丈に設計されている城はびくともしていないが、それでも続く大地の震えに、ナバンサは座を飛び出した。


「おかしい……この国は、地震などそうは起こらなかったはずだ!」


 長くニーロコの国に滞在しているからこそ解る記録。そして、それ以外の可能性を考えて思い当たりがあるのは、外の国の生まれである彼だからだろうか。

 地の揺れの中、ナバンサは国を見渡せる窓を開ける。そしてそこに映る光景を見て、彼はその男の狂気に嘆きを溢すしかない。


「カルパ・チョッパー……貴様は、自身の故郷を壊すことに、躊躇いを覚えすらしないのか!?」


 ソルティ・リーチの連れ込んだ野蛮な男の身の上は、彼にとっても痛々しい物であった。それでも、この国で行動を起こすならば、もっと大人しくなると感じていたのだ。

 ナバンサは知らない。カルパという男は、もはやナバンサを国の価値を落とした敵とすら認識していない。彼の目は広かった。広く物を捉えすぎていた。だからこそ、青年と少女をおびき出すためだけに、国を蹂躙する魔人機を起動させる。

 大地が牛の巨人によって揺れ響くたびに、ニーロコの家屋から人々が飛び出ては散り散りに、巨人とは別方向へ逃げていく。しかし、魔人機の一歩と人間の十歩の差は歴然だ。錯乱のあまりに動きが乱雑であるのも見過ごせない。


「……光は、絶やしてはいけない」


 その光を、青年はこの国の子供に見出したという。だが、ナバンサはそれ以上の光を信じている。

 子が光を成すのであれば、大人もまた光を持ちえるはずだ――だからこそ、ナバンサは教会の代表者ではなく、ニーロコを愛する者として宣言する。


「城を開城する! 教会の者を集め、避難誘導の指示を! たとえ、拒まれたとしても……命を張ってでも!」


 その声は、確かに城に響き渡り、仮眠をとっていた教会の信徒に伝わっていく。

 彼もまた走り出す。証明せねばならない。この国に聖道教会の教えを布教するために演説をした、かの日のように――否、かつての自信と決別するために。


「全精力を以て活動せよ! これは――人のための道筋であるッ!!」



     【◆】



 国が暁に向かって歩み始める。そのキッカケは、光を信じる者だけじゃない。


「……マナナ!」

「ヒョエッ!? な、なんすか兄貴!?」


 逆光の下で、少しずつ巨大になっていく牛巨人を見て唖然とする妹分に、少年は何かを決めたような瞳で自身にできることを語り出す。


「ゼクタウトを出す! マナナとガンツは、みんなを拠点に誘導させてくれ!」

「し、しかし……それだけでは――」


 ガンツが狼狽える。ゼクタウトの起動には時間がかかる。ただでさえ中身も解らずに運用しているのだ。それに、ゼクタウトの肢体であの巨体を倒すなど、考えられなかったのだ。

 だが――守護者は一人ではない。


「ラグナス。やれる?」

「やるしかないだろう……お前こそ、覚悟は決まったか?」

「うん!」


 この国にやって来て、そして今から旅立とうとする少女と青年は、そう黒いシルエットの巨人を睨みつけてそう言いあう。

 タスクはそんな二人の様子を見て、不敵にもニッと口角を上げてしまう。


「わりぃ、ルナリア! ラグの兄貴も! こっから先……しばらく、頼めるか?」

「当然だ。だから早く戻ってこい。この国の守護者、なんだろ?」

「絶対に食い止める……だから、ね!」

「……ありがとうッ!」


 青年と少女の言葉を受けて、この国の守護者となろうとする少年はその相棒の元へ走り出した。希望は、今、確かに走り出した。

 彼に慕う二人もまた、その役目を果たすために動き出す。


「みんなーッ! こっちに逃げるッすー!!」

「避難しろ! できるだけ早くだ!」


 二人の声は、生まれ出てくる喧騒と比べると小さなものだ。それでも、その言葉、行動に意味がある。

 声に誘導される者。誰かのために声をあげる者。中には、倒れた他人の子供を抱きかかえ走る大人もいる。

 道筋は成った。覚悟も、願いも――少女はそう感じ、共に戦うはずの青年に問いかける。


「ねぇ、ラグ」

「なんだ?」

「私はまだ、あなたを人間だって言ってあげられない。それでもね。きっと、こうは言えるんだ」


 差し込む日光は、彼女の金色の髪を反射しプリズムを描く。輝く影に潜んだ、サファイアブルーの瞳はゆっくりと閉じて――


「あなたは、私と共に歩んでくれる『旅人』なんだ、きっと――」


 その笑みは、きっと彼女が彼に初めて見せる、絶対の信頼を置く表情であった。旅立ちの時に見せた笑みとは違う、今度こそ本当に共に進もうとするための。

 影に身を包んでいるラグナスは、その笑みを受け、赤き一つだけの瞳を閉じた。


「あぁ……そうだな。この身は人ではなくとも、お前と歩む『旅人』だ。今は、それで十分――」


 青年の声が途切れ、その三つの瞳は眼前に塞がる旅路の障害・・へ向けられた。

 暁の下。巨大な斧を持つ悪鬼を前にし、少女は怯えもせず――青年は覚悟を決め――睨みつけてみせる。

 ゴノギュラは遂に東の門を踏み潰して、国への侵入を始めていた。近づき、巨大になる振動に大地から解放される人々が目に映る――それは、決して許されない光景だ。


「マナナちゃん! この周辺を避難経路から外して!」

「えぇッ!?」

「私とラグナスで――あいつを止めるッ!」


 それは、魔人機を呼び出す事と同義――巨大な魔人は、それだけで人々の脅威になり得る。その事実を目の前でマジマジと見せられているのだから、マナナは冷や汗を額に浮かべて力強く頷いてみせた。

 少女の願いに呼応して、その陣は赤く輝き大地に描かれる。それは、二つの円を内包した一つの巨大な円。重なる二つの内円は、まるでラグナスの瞳のような形状を浮かび上がらせる。

 魔人機を呼び起こす魔法陣は、少女の叫びと共にその姿を完成させる――


「いくよ――ラグナスッ!!」


 大地に眠りし魔が喚起され、黒き青年は暁と少女に照らされた影となる。

 その日。ニーロコの変革の日に現れた二人目の巨人の名は――黒き騎士、ラグナスであった。

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