コンビニ店員とドラゴンPrinces’s

@mentaiko_kouya

プロローグ 「ケチャ付きなモン」

何てこたぁ無い人生。

高校行ってコンビニでバイトして、卒業と同時に運良く外資系の大手企業に就職した。


かと思えば契約先の大手企業の不正が明るみに出て、職を失い高校時代と同じコンビニ就職で落ち着いて今年29歳。

両親は兄夫婦が面倒見てる事もあって俺は好き放題に独身ライフ満喫中だ。

当たり前だが彼女も居らず、嫁と言えば2DKの我が城にあるPCの中のフォルダと言った具合だ。

独り身は嫌だとは思うが、彼女だなんて言い出すと結婚を前提に考えなきゃいけない年齢でもある。

しかしそんな事は面倒、ってのが正直な本音だ。

相手が居ない事で何か不自由してる訳でも無い。

むしろ彼女なんざ出来ちまったら、俺の大事な同人やらゲームやらPCのお宝フォルダとサラバしなきゃいけない可能性が多いにある。

悪いがそんな事が出来ないので、俺は独身を決め込んでいる。


って、どうしてこんな事を今更考えてしまったのだろう……。

ああそうか――――――。



「あのぉースプーンは2つ下さーい。 彼ピッピと一緒に食べるんでーお願いしますぅ~」


「はいかしこまりました! ではスプーンお二つ、入れておきますねー」


「あーそれとぉ~おしぼりは4つお願いしてもいいですかぁ~? 彼ピッピ、口周りすーぐ汚しちゃうんでぇー」


「お前そんな事今言うなよぉ。恥ずかしいだろぉ」


「えへへー! ごめーんねぇ! これでゆるしてぇー……んちゅ!」


「しょ、しょうがないなぁ~」



思わず聞き慣れない言葉に硬直するコンビニ店員・俺。


……彼ピッピって何やねん。

そして目の前でいちゃつきだすのマジやめて。

虚しさとか敗北感の前にキレそうになっから!




「え、えーっと……はい、こちら2000円のお返しになります。では確認致しますね? イチ、ニ」


「……」


「どうしたしミチコぉ。お釣りだぞ?」


「やだぁーこの人、ミチコの事すっごくジーっと見てる! ター君代わりに受け取ってぇ」


「な!? なんだとぅ! お、おれのミチコにぃいい」


「あ、ああスミマセン。綺麗な彼女さんをお持ちで彼氏さんが羨ましいなーって思わず見つめてしまって……。気分を悪くさせてしまったのでしたら申し訳ありません」


「き、綺麗だなんてやっだー! ごめんなさい変な事言っちゃってぇ~!」


「いえいえ、こちらこそ失礼致しました」



俺は接客で鍛えられた珍客対応スキルを活用し、うまく誤魔化した。

あっぶねぇ……深夜のコンビニはこれがあるから時々こえーんだよ。

咄嗟の言葉に何とかなって、2匹のモンスターは気持ち良く退店……。

つーか何で俺がソドソのオークみてーな奴らに頭下げなきゃいけねぇんだよったく。

危うく防犯ボールブン投げてしまうトコだったわ。



「まぁ良いか。とりあえず掃除でもすっかねぇ……」


時計を見れば0時前。

そろそろ商品が来るからその前にちゃっちゃと掃除しちまおう。

もうちょいすれば田村が来てラクになっし、それまでの辛抱だな。

あーそう言えばフライヤーの掃除もしなきゃなんだったわ。さっき火ぃ落してたの忘れてた……あぶね。


俺は仕事の段取りを考えながらモップを手に取ると自分だけしか居ない店内をトボトボ歩く。

そしてふと、


「…………しかしよくよく考えりゃ、ボロクソ言ったとこで負けてんだよなぁ」


そんな事を呟いてしまう。

相手の見た目と喋りへ対し、どんなに言ってもアイツらは相手が居る。

それに対し俺は29年独り身でもうすぐ魔法使い。

人生の勝ち負けで言えば俺なんて大敗も良いとこだ。


そりゃまぁ告られた事もあったけど、当時の俺は無駄に理想が高すぎて「芋過ぎてムーリー」なんてひでー言葉を高校時代に放ったっけか。

―――もし、今度そんな相手が居たとしたら贅沢言わずに受け入れよう。


「助けてぇ!」


「あ、ごめんなさいあなたは無理ですオークさん」


突然自動ドアが開いたかと思えばさっきのミチコとか言うのがまた入店してきやがった。

髪とか服がすげー乱れて気のせいが汚れてる。

しかもなんか服のあちこちにケチャップ付いてっけど食いもんの奪い合いでもしたか?

てーかさっきケチャ付きなモンなんてコイツ買ったっけ……?


「あのター君が! ター君が!」


「ああ、おしぼりが欲しいんですか? さっきいっぱい汚すって言ってましたもんね」


何か見るからにヤバそうな感じだし、おしぼり渡してさっさと帰って貰おう。

そんな事を思いながらレジカウンターへ向かおうとすると……強く腕を握られる。

同時に相手の震えが滲んだ汗と一緒に伝わってきた。


「ちがうー! ター君が変なのに襲われて! 血が一杯出ちゃって救急車! 救急車ぁ!」


ケチャップだなんて思っていた赤色は少し固まり出した血で、半泣きしてるコイツの手にもべっとり付いている。それがぬるりとした嫌な感触を伝わせ、流石にボケてた俺でも非常事態だと自覚する。




「お、お客さん彼氏さんはどこに!? 今、救急車呼ぶんで……いや、あと警察も―――」


案内して貰おうとそう話しかけるとミチコは顔を上げたまま硬直している。

俺はその先を見るべきじゃないと自覚しているにも関わらず、視線を向けずにはいられず顔を向けると、


「ギャリカルアアファアアア……」


ガーっと自動ドアが開くと同時にどっかのハロウィンコスみてぇな客が意味不明な奇声を上げながらご来店する。

身長190cmはありそうな長身で細くもガッチリとしたガリマッチョ。

黒光りする皮膚がその筋肉をやたら強調し、ご来店されたこのお客様の顔はお隣のミチコさんが絶世の美女に見える程の御尊顔と来たもんだ。


「い、いらっしゃいませぇ~……?」


条件反射で思わずご挨拶をしてしまう俺。

ミチコは叫ぶ事も出来ず、ガチガチと歯を鳴らして震えている。

目の前の相手は直立不動で動く気配が無いが、聞き慣れない音が沈黙を割る。

ポタ、ポタ……と。

聞き耳を立てれば滴の垂れる音が。

その元を辿ればガリマッチョなお客様のお手元より滴る―――鮮血。



「……っくそだらぁああああああああああ!!」


コイツはヤバイ。

何がヤバいって兎に角ヤバイ。全身が、脳が、本能がコイツは人間じゃ無いと警鐘を鳴らす。


俺は本能に従ってレジカウンターのホットショーケースをブン投げ、バケモノは片腕でそれを叩き落とすと牙を剥いて威嚇をする。

同時にコイツの意識が俺へ向き、襲い掛かってくる。



「もう一つアツアツおでんもいかがですかクソ野郎がぁああ! おるぁああ!!」


咄嗟にミチコをドア側に突き飛ばしながらおでんの保温機へ手を突っ込み、具を手当たり次第投げてはカウンターの裏側に転がり込む。


「おいアンタは逃げろ!! コイツは俺がどうにかすっから!」


「は、はいぃ!」


ガリマッチョなお客様は俺をお気に召したようで逃げるミチコには目もくれず俺へ向かってきた。

そしてそのまま狭いカウンター裏へもつれ込むとマウントポジションの状態でサメみたいな歯を見せながら威嚇してくる。

レジにあった物を手当たり次第バラ撒きながら揉み合い、転がっては長身のコイツ相手に俺は力負けし始める。そしてトドメと言わんばかりに一度歯を鳴らし―――喰らい付こうと牙を剥けてきた。


 

「あっめぇんだよォ!!!」


「ガフシュ!?」


馬鹿みたいに口を開けてたトコへ運良く近くにあったガスライターのボンベを押し込み、思いっ切り顎を殴り付けると変な声を上げて相手はよろめく。

レジに陳列していた商品がなだれ込んだと同時にこっちへ落ちた様子で俺はすかさずもう一つボンベを手に掴む。

相手は破裂したボンベから出たガスで口の中が急激に冷やされ、呼吸もままならない状態になったのか仰向けでのた打ち回っている。


「はぁ、はぁ……お客さん、冷たくて大変そうだから火ぃ貸しましょうかぁ?」


俺は手に持ったボンベをソイツの口に押し込み、拾ったライターで着火させ顎を蹴り飛ばすとボン! と炸裂音が反響する。

―――そして墨汁みたいな液体を撒き散らして迷惑なお客さんは動かなくなった。



「……なん、なんだよコレ。どこのアニメだよ意味わかんねー……っつ~!!!」


危機を逃れ、安堵したと同時におでんの保温機に突っ込んだ手が悲鳴を上げる。

そしてそれに続いて揉み合いの最中に切ったり、打ち付けたりした部分が痛み出して思わずその場に座り込む。

さっきの客、ちゃんと逃げれたんだろうか。


そんな事が過り、ふと顔を上げると……店のガラスから見える空に違和感を覚え、思わず時計を見て時間を確認してしまう。


「いま、夜……だよ、な?」


0時過ぎだと言うのに、空には青空が広がり……何故かデカい満月が浮かんでいる。

訳わからない状況に理解が追い付かず、放心していると目の前を影が遮り―――


「クルァァアア……」



影が先程のガリマッチョなお客様だと気付いた頃には俺は胸を貫かれていた……。

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