A7-6
――〈サウンド〉が、消えた!
A1はつい一瞬、身をこわばらせた。大音量で流れていたBGMが
そのタイミングで、AKARIは動き出していた。
「…………来るか!」
アカリは右へ左へ
「…………ッ!」
だがその動きが、わずかに、遅い。
「──鋭一?」
AKARIは
実際、A1のコンディションは悪かった。
ズキズキと、足元が痛みを
ゲーム上でアバターを動かすのに支障はないが……確実に、痛みは集中力を
(おかしい。明らかに、調子が悪い……? やっぱり昨日の
AKARIはA1の懐にまで接近する。
(この人は、敵じゃない。敵じゃなくて、怪我のハンデがあって、でも……)
「くそっ……!」
A1は苦し
「……ど、どうよ!」
ダメージを
「い、今のは……?」
だが。それに対し、A1は。
「え?」
ハテナを返すAKARIに、A1は言った。
「……おい、何だ、今の……?」
「な、何よ」
「そりゃないだろ。マジで
「今──俺の腕、折れただろうが!!」
「私が手加減したって、言いたいの? そんなつもり──」
そんなつもりは……ない。AKARIは言いたかった。だが動きの鈍ったA1を見たとき、胸に何か、モヤのようなものが生じたのは事実だ。
それで気が付けば、適当な打撃
そんな彼女の気持ちを、A1は
「本気で、やろうぜ。今の俺の全力と、そっちの全力。どっちが強いか。そういう勝負だろ?」
だが、AKARIもすぐには
「でも……そっちの本気が『そう』なのは、私のせいだし! それに、私のこと『敵じゃない』って……そんなすぐ割り切れないよ!」
「そりゃそうだ。敵じゃないよ。でも……だから、全力できてくれ。言っただろ。プラネットは
A1は再び構えを取る。サドンデスの構えを。
「俺はこんな状態でも、どんな手ェ使ってでも勝ってやる。もしそれでも負けたりしたら……笑って言うさ。『次はお前に勝つぜ』ってな。だって、俺たちは『敵』じゃなくて、『友達』なんだから。一回決着がついたって、何度でも遊べるさ」
「……鋭、一……」
「それが……『友達』だろ! ゲーム仲間だろ!」
鋭一は、思いのたけをぶつけた。
その言葉に、AKARIは。
「──わかった」
強く
それは、彼女が認めたということだった。
A1のことを……『友達』。すなわち、全力で
「私の本気、『全部』見せてあげる」
AKARIが
指をスナップ。再び鳴りだす〈サウンド〉。左右への稲妻のごときフットワーク。AKARIが接近する。
A1は
「……鋭一。あかりちゃん」
その様子を、
彼女は胸の前で両手を組み、真剣そのものの表情で見守っている。
「二人とも……
葵が、戦いに噓をつくことはない。
この二人はもう、彼女が手放しで認めるほどに、レベルが高いのだ。
両手を強く引いて構える。ここから先は、〇・一秒ごとに変化する
前傾姿勢でAKARIが
A1は動かない。
このコンマ一秒の停止すら、A1にとっては二
A1は──動かない。
AKARIは少し強めに地を
ショートワープでは、ない。
A1は────動かない!
そしてついにAKARIは接近し。A1の間合いまで残り三歩。二歩。一歩──
その最後の一歩が踏まれる前に、A1の
「いく……ぞ!」
A1の上半身が
さらに。その手の形は、
「────ッ!」
だが、無
「……危なかった、よ」
AKARIの突進が止まっていた。A1の指はあと一ミリ、届かなかった。
直後に彼女の姿が、消えた。
──〈ショートワープ〉。
次の瞬間、
ああ、そうか。一瞬の
A1は思い出していた。昨晩。夜空の見えるバルコニー。少女と二人の語らい。
『で、あと、〈ショートワープ〉には裏技があって……』
『はー! さっすが鋭一』
「その使い方、ここでするなんて……なあ」
「えへへ。やるでしょ? これが私の……本気」
AKARIはたどり着いた至近距離で、A1の首を
「くっそー。最後に動きが鈍らなきゃ、俺が速かったか?」
「うん。たぶん……そうだと思う。私の追ってきた『A1』は……やっぱり強かった」
「ああ」
「でも、今日の私の全力と、あなたの全力。今回は」
AKARIは両腕に力を
「私の──勝ちってことで!」
そして白い少年のアバター……A1は、
[FINISH!!]
[WINNER AKARI]
***
敗退者が去り、すっかり人のいなくなった選手控室。
「はー! まさか、ホントに負けるとはなあ!」
それと、ほぼ同時だった。鋭一の
「……社長」
「よっ。元気?」
「元気なもんかよ。足もいてェし」
「なるほど、口は元気だな? こいつは
「なんだよ、笑いにきたのか?」
「そんなコトないって」
「まあ……いいや。ちょうどいい」
「ん?」
「〈
「……へ?」
突然の具体的なスキル名に、珠姫は
「いや、
「色々
「まー、それしかないかあ」
鋭一の検討はとめどなく続く。その様子に珠姫は改めてニヤリと笑った。
「……いやー。鋭ちゃん、やっぱプロだわ」
「えっ。何が?」
「葵ちゃんから技を教わったのも、アカリちゃんに技を教えたのも。どっちも、
「そりゃ、強くはなりたいからな……」
「で、今も負けてすぐ、自分をどう修正するか検討してるワケだ。それって能力だと思うんだよね。向上する能力」
言われて、鋭一は自分がアカリに言ったセリフを思い出した。
──『俺、勝つための研究とか大好きなんだよね』
「なるほど……なあ」
「だからあたしは、君に出資する気になるわけだよ。別にゲームってさ、一敗したら二度とできないワケじゃないし。これからもよろしく
「…………おうよ」
ニッと笑って
「俺は葵と、頂点で戦うんだ。一回負けたくらいで、止まってられないさ」
「へえ、それで葵ちゃんも張り切って──」
ちょうど、その名が出たのと同時だった。
ガチャリ、と、ドアの開く音がした。
特定の人物を探して
「──鋭一!」
「おお、葵……」
鋭一が手を上げて
「オッケーオッケー。あたしの用は終わりだ。
彼女は鋭一の隣の椅子をポンポン、と叩いて葵に示した。
定位置は開けてやったぞ、というサインだ。
珠姫は葵とすれ違うように、部屋を出て行った。
「じゃーね、平田プロ」
「ああ。……感謝してるよ、社長」
本当に、良いスポンサーについてもらえたものだと思う。鋭一は手を振って見送った。
そして、代わって目の前には、葵。
「葵、わざわざ来てくれたのか? 次、決勝だろ?
鋭一が声をかける。しかし葵はそれに言葉では応えず、
──ぎゅっ。
鋭一の頭を、自らの
「あ、あああああ葵…………!?」
あまりの
「鋭一……だいじょうぶ? 落ち込んでない?」
「ああ、えっと、そりゃ確かに
「やっぱり……!」
葵はさらに力を籠め、鋭一の頭を自分の体に押し付ける!
「だいじょうぶ。わたし、
「そうか……心配、してくれてるんだな」
確かに──負けたくはなかった。悔しくないといえば
鋭一は葵の
(はは。負けるのも悪いことばっかじゃない……か?)
少女のあたたかさに、やわらかさに、そして何より、心から心配してくれる優しさに
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