A7-6

 ――〈サウンド〉が、消えた!


 A1はつい一瞬、身をこわばらせた。大音量で流れていたBGMがとつぜんれれば、コンマ1秒くらいは反応せざるを得ない。

 そのタイミングで、AKARIは動き出していた。ななめ前へ踏み込んでいる。


「…………来るか!」


 アカリは右へ左へどうを変えながら、いなずまのように迫る。まだ多少の距離はある! あわててA1はアカリへ向き直った。


「…………ッ!」


 だがその動きが、わずかに、遅い。


「──鋭一?」


 AKARIはかんを覚えた。A1の表情はやや険しくなり、何かをこらえるようなものに変わりつつあった。


 実際、A1のコンディションは悪かった。


 ズキズキと、足元が痛みをうつたえている。時間がつごとに、それは大きくなる。

 ゲーム上でアバターを動かすのに支障はないが……確実に、痛みは集中力をにぶらせる。だから今、彼の動きはおくれたのだ。


(おかしい。明らかに、調子が悪い……? やっぱり昨日のが……!)


 AKARIはA1の懐にまで接近する。関節技サブミツシヨンの間合いに! だがそくに攻撃に移れない。


(この人は、敵じゃない。敵じゃなくて、怪我のハンデがあって、でも……)


「くそっ……!」


 A1は苦しまぎれに、掌底でげいげきを試みる。AKARIはそれをかいし、ローキック。A1の足にダメージが入る。そして二、三発の打撃を胴体に打ち込むと、AKARIはバックステップしてその場を離れた。


「……ど、どうよ!」


 ダメージをあたえ、彼女はかろうじてほこってみせた。


「い、今のは……?」


 だが。それに対し、A1は。


「え?」


 ハテナを返すAKARIに、A1は言った。


「……おい、何だ、今の……?」

「な、何よ」

「そりゃないだろ。マジでかんべんしろよ。なあ、うそだろ」


 めずらしく、熱くなっている口調だった。彼は自らのみぎうでかかげ、相手に見せる。今の攻防でダメージを受けなかった右腕を。



「今──俺の腕、折れただろうが!!」



 すらもふくんださけびが、戦場にこだました。


「私が手加減したって、言いたいの? そんなつもり──」


 そんなつもりは……ない。AKARIは言いたかった。だが動きの鈍ったA1を見たとき、胸に何か、モヤのようなものが生じたのは事実だ。


 それで気が付けば、適当な打撃わざを出してしまっていた。本来は関節技使いの、AKARIがだ。無意識に後ろめたさがあったのかもしれない。何しろ彼の怪我の原因を作ったのは、自分なのだ。


 そんな彼女の気持ちを、A1はいていた。


「本気で、やろうぜ。俺の全力と、そっちの全力。どっちが強いか。そういう勝負だろ?」


 だが、AKARIもすぐにはなつとくがいかない。気持ちの整理がつかない。


「でも……そっちの本気が『そう』なのは、私のせいだし! それに、私のこと『敵じゃない』って……そんなすぐ割り切れないよ!」


「そりゃそうだ。敵じゃないよ。でも……、全力できてくれ。言っただろ。プラネットはしんけん勝負で……楽しい遊びなんだ。遊びを全力でやらないなんて、ゲーマーとしてまんならねえんだよ」


 A1は再び構えを取る。サドンデスの構えを。


「俺はこんな状態でも、どんな手ェ使ってでも勝ってやる。もしそれでも負けたりしたら……笑って言うさ。『次はお前に勝つぜ』ってな。だって、俺たちは『敵』じゃなくて、『友達』なんだから。一回決着がついたって、何度でも遊べるさ」


「……鋭、一……」

「それが……『友達』だろ! ゲーム仲間だろ!」


 鋭一は、思いのたけをぶつけた。

 その言葉に、AKARIは。


「──わかった」


 強くうなずき、彼女本来の、意志の強いひとみを向けた。


 それは、彼女が認めたということだった。

 A1のことを……『友達』。すなわち、全力でたたきのめすべき相手だと!


「私の本気、『全部』見せてあげる」


 AKARIがけ出す。A1が応じる。最後の交錯が、始まる。


 指をスナップ。再び鳴りだす〈サウンド〉。左右への稲妻のごときフットワーク。AKARIが接近する。

 A1はふところに飛び込ませないよう、熟練の動きでたくみに立ち回る。




「……鋭一。あかりちゃん」


 その様子を、ひかえしつのモニタで葵は見ていた。

 彼女は胸の前で両手を組み、真剣そのものの表情で見守っている。


「二人とも……すごい。とっても、つよい……!」


 葵が、戦いに噓をつくことはない。

 この二人はもう、彼女が手放しで認めるほどに、レベルが高いのだ。




 両手を強く引いて構える。ここから先は、〇・一秒ごとに変化するせんきようつかまなければ生き残れない世界。

 前傾姿勢でAKARIがせまる。またしても顔面のみとつしゆつした構え。


 A1は動かない。


 すすむAKARIがいつしゆん、ピクリと止まる。フェイントか?

 このコンマ一秒の停止すら、A1にとっては二たくきわめねばならないごくぶんすいれい


 A1は──動かない。


 AKARIは少し強めに地をんで真横にんだ。

 ショートワープでは、ない。ちがう角度からさらにアカリが接近する。


 A1は────動かない!


 そしてついにAKARIは接近し。A1の間合いまで残り三歩。二歩。一歩──

 その最後の一歩が踏まれる前に、A1のかたがわずかに脈動した。


「いく……ぞ!」


 A1の上半身がやくどうする。肩から二の腕へ、ひじへ、腕の先へ、手首へ、指の先にまで力が伝導し。最高速で、右手が突き出される!


 さらに。その手の形は、しようていではない。二本指の──つぶし!

 てのひらで叩くよりもわずか数センチ長い射程。この差が相手の見切りをくるわせる。


「────ッ!」


 だが、無。痛みがA1からほんの一瞬だけ、意識をうばう。ねらいがブレる。

 とつげきするAKARIの顔面に目潰しが届く、そのせつ──


「……危なかった、よ」


 AKARIの突進が止まっていた。A1の指はあと一ミリ、届かなかった。

 直後に彼女の姿が、消えた。



 ──〈ショートワープ〉。



 次の瞬間、まつれそうなきよにアカリの瞳があった。


 ああ、そうか。一瞬のこうちよくというショートワープの「制約」を、ごういんなブレーキ代わりに。それでA1の目潰しが当たる前に、彼女は止まった。


 A1は思い出していた。昨晩。夜空の見えるバルコニー。少女と二人の語らい。


『で、あと、〈ショートワープ〉には裏技があって……』

『はー! さっすが鋭一』


「その使い方、ここでするなんて……なあ」

「えへへ。やるでしょ? これが私の……本気」


 AKARIはたどり着いた至近距離で、A1の首をかかえ込む。ぼうぎよは間に合わない。


「くっそー。最後に動きが鈍らなきゃ、俺が速かったか?」

「うん。たぶん……そうだと思う。私の追ってきた『A1』は……やっぱり強かった」


「ああ」

「でも、今日の私の全力と、あなたの全力。今回は」


 AKARIは両腕に力をめた。けいついめいてきなダメージが入る。


「私の──勝ちってことで!」


 そして白い少年のアバター……A1は、ばくはつした。


 [FINISH!!]

 [WINNER AKARI]


***


 敗退者が去り、すっかり人のいなくなった選手控室。

 に一人で座り、鋭一はてんじようあおいでいた。


「はー! まさか、ホントに負けるとはなあ!」


 のどかわきを感じ、手元のペットボトルを摑む。みように軽い。そういえば試合前に飲み切ってしまっていたのだった。仕方なくゆかもどすと、うすっぺらなプラスチックは自らの重心を支えられずにけな音を立ててたおれた。


 それと、ほぼ同時だった。鋭一のほおによく冷えたスポーツドリンクのかんが押し当てられたのは。何事かと思いり向く。明るいかみいろが目に入った。


「……社長」

「よっ。元気?」


「元気なもんかよ。足もいてェし」

「なるほど、口は元気だな? こいつはおごりだ。飲みたまえよ」


 たまは特に許可も取らず、鋭一のとなりこしを下ろした。スラリとしたあしを組む。


「なんだよ、笑いにきたのか?」

「そんなコトないって」


「まあ……いいや。ちょうどいい」

「ん?」


「〈しんしゆく腕〉とかさあ、どう思う?」

「……へ?」


 突然の具体的なスキル名に、珠姫はめんらう。


「いや、やみくもに射程ばせばいいってもんでもないか? さっきは〈フラッシュ〉も読まれたしなあ。動きに意外性つけていくか? 〈くう〉とかか?」


「色々ためしてみるのはイイと思う……よ?」

「まー、それしかないかあ」


 鋭一の検討はとめどなく続く。その様子に珠姫は改めてニヤリと笑った。


「……いやー。鋭ちゃん、やっぱプロだわ」

「えっ。何が?」


「葵ちゃんから技を教わったのも、アカリちゃんに技を教えたのも。どっちも、くいってたでしょ? 『高める』ってことにどんよくなんだよね」

「そりゃ、強くはなりたいからな……」


「で、今も負けてすぐ、自分をどう修正するか検討してるワケだ。それって能力だと思うんだよね。向上する能力」


 言われて、鋭一は自分がアカリに言ったセリフを思い出した。


 ──『俺、勝つための研究とか大好きなんだよね』


「なるほど……なあ」

「だからあたしは、君に出資する気になるわけだよ。別にゲームってさ、一敗したら二度とできないワケじゃないし。これからもよろしくたのむよ? ひらプロ」

「…………おうよ」


 ニッと笑ってこぶしを差し出した珠姫に、鋭一は拳を合わせた。


「俺は葵と、頂点で戦うんだ。一回負けたくらいで、止まってられないさ」

「へえ、それで葵ちゃんも張り切って──」


 ちょうど、その名が出たのと同時だった。

 ガチャリ、と、ドアの開く音がした。


 特定の人物を探しておそる恐る入ってきた少女は、鋭一の姿を見つけると、ぴく! と反応した。


「──鋭一!」

「おお、葵……」


 鋭一が手を上げてこたえるのと同時、珠姫は椅子を立った。


「オッケーオッケー。あたしの用は終わりだ。じやものは去るとするよ」


 彼女は鋭一の隣の椅子をポンポン、と叩いて葵に示した。

 定位置は開けてやったぞ、というサインだ。

 珠姫は葵とすれ違うように、部屋を出て行った。


「じゃーね、平田プロ」

「ああ。……感謝してるよ、社長」


 本当に、良いスポンサーについてもらえたものだと思う。鋭一は手を振って見送った。

 そして、代わって目の前には、葵。


「葵、わざわざ来てくれたのか? 次、決勝だろ? がんって──」


 鋭一が声をかける。しかし葵はそれに言葉では応えず、


 ──ぎゅっ。


 鋭一の頭を、自らのむなもときしめた。


「あ、あああああ葵…………!?」


 あまりのとうとつさに鋭一はこんわくする。唐突ではあるものの、もちろんうれしいのだが、彼女はあたたかく、やわらかく、しかしやっぱり唐突で!


「鋭一……だいじょうぶ? 落ち込んでない?」

「ああ、えっと、そりゃ確かにくやしいけど……」

「やっぱり……!」


 葵はさらに力を籠め、鋭一の頭を自分の体に押し付ける!


「だいじょうぶ。わたし、なぐさめる……」

「そうか……心配、してくれてるんだな」


 確かに──負けたくはなかった。悔しくないといえばうそになる。

 鋭一は葵のやさしさに、甘えることにした。


(はは。負けるのも悪いことばっかじゃない……か?)


 少女のあたたかさに、やわらかさに、そして何より、心から心配してくれる優しさにいやされながら、鋭一はこっそりとそう思った。

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