A7-5

 そもそもBGMというものが人間にあたえるえいきようは大きい。飲食店がムード作りに用いるのはもちろん、家電りようはんてんなどではこうばい意欲をあおるように、あからさまに明るい曲調のテーマソングが流れている。


 では戦いの場で、対戦相手の持ち歌が流れているこのじようきようはA1にとってどうだ? おそらく、調子がくるう。


 同時に、自分自身は気分がこうようする。このスキルにはそのような戦略的意図がある。


「いっくよー! いち! にー!」


 そして、何よりも……


「さ」


 戦いのリズムを、コントロールできるようになる。これは大きな利点だ。

 曲のテンポとズレたタイミングで、AKARIは大きく前へみ込んだ。


 その姿勢は……前傾。


 りよううでは後ろにピンとばし、顔面だけを相手の前にさらしている。A1と同じように。

 これが短時間で彼女の出した「答え」だ。


「…………!?」


 A1がほんのいつしゆんだけピクリと止まる。流石さすがに驚いたようだ。AKARIはサブミッションを武器としている。タックルならば両手は前に出るはずだ。


 だが、A1が止まったのは一瞬。


 彼のする事は変わらない。とつげきするAKARIの視界は、すぐにせんこうの白にりつぶされた。〈フラッシュ〉!


 ──だが。


「そう、ここで光る。──読み通り、よ」


 AKARIは宣言した。

 A1のヒットアンドアウェイ戦法は完成されているが、きよくたんにパターン化されている。つまり、次に何をするかが予想しやすいのだ。


 閃光によるつぶしが決まれば、その後は? 考えるまでもない。

 AKARIは顔面に風圧を感じた。A1の掌がせまっている。〈フラッシュ〉の後はしようていだ。これは決まっている。


 そして今の体勢のAKARIをねらおうと思うなら、顔面しかない。これも決まっている。

 では、AKARIはどうすれば良いか? 決まっている!


「ここで……こう!」


 彼女は前進をやめず、首から上を横にたおした。迫る掌が顔面にぶつかる事はなく、風圧がほおの真横を通り過ぎる。

 〈フラッシュ〉を受けてはいたが、このこうげきをかわすのに視力は必要なかった。


「やっと、近づけた♥」


 AKARIはついに、A1のふところに入った。視力が回復するにはもう少しかかるが、この至近きよならば問題はない。

 ここで彼女は腕を前に出す。どうたいき着いてタックルを決め──


 しかし、その両腕は空をいだ。


「──あれ?」

「危なかったよ」


 少年は思ったよりもはなれた位置にいた。


 答えを知ってみれば、何も難しい事はなかった。A1は〈フラッシュ〉でAKARIの視界をうばいながら、見えないうちに一歩退いていたのだ。彼のアバターはスピードに3振っている。きんきゆうかいびんにこなす事が可能だ。


 AKARIがかわした掌底はフェイントにすぎなかった。A1は突き出した左腕をもどしながら身をひねり、今度は右手で、相手を横から打つような掌底をり出した。するとどうなるか。これもまた……決まっていた。


 ゾワッ──と、ふくれ上がる殺気をAKARIははだで感じた。

 AKARIのひだりかたしようげきが走る。三分の一ほどもけずられたHPに驚きながら、彼女はそれでもさらに踏み込もうとする。腕でもあしでもいい。つかまえさえすれば……!


 だが、おそい。


 A1の〈ショートワープ〉が発動した。今度こそ少年は、手の届かない位置へと離れてしまった。彼は構えを取り直しながら、不敵に笑う。


「悪いな。だけは、簡単にやれないよ」

「……ちぇっ。やっぱり、流石ね」


 やはり先制は、A1! 会場がいた。


 AKARIは左肩を押さえる。思った以上に削られたHP。葵から暗殺けんの手ほどきを受けたA1の攻撃力は、今や大きな武器だ。そう何度も受けるわけにはいかない。


 彼女は深く呼吸し、息を整える。A1が構えを取ったまま、じよじよに近づいて来る。

 第二のこうさくが、始まろうとしている。


***


「うおーっ! マジで? 今のは行けると思ったけどな。タイミングも、悪くなかったのに! やっぱうぜーなー、A1」


 じつきよう席の安田は、試合の様子を映すディスプレイに向けて興奮気味に身を乗り出した。予選あたりでは乗り気でなかった彼も、目の前の熱戦につい当てられてしまっている。


「……Z選手、君にはリアクション要員ではなく解説者としてギャラをはらってるんだが」

「ん、ああ」


 すっかりギャラリー目線になっていたのを金谷にとがめられ、安田はかせたこしを落とす。ちょっとくらいいいじゃねえか、と悪態をつきながらだが。


「つまりだな……フラッシュだのショートワープだのはあるけど、そもそもA1の強みは見切りが上手いのと、見てからの反応の速さだ」

「君なら何とかできるのか?」

「まー、初撃取るのは難しいな」


 安田……ランク1位プレイヤー「Z」はそうそくだんした。A1の立ち回りはそれほどのレベルに達しているという事だ。


「でも、アレだなあ。今のは上手くいったけども。A1って、いつももっと速くないか?」

「……ん? 動きの話かね」


「そうそう。調子でも落としてるんなら、付け入るスキはありそうなモンだけどな。行けっかな、アカリちゃんは」

「そういうことなら、心配はいらないだろう」


「──ってーと?」

「彼女は、私が『黒字』と判断して連れてきた覚醒者アウエイクだぞ?」

「なるほど。ただのアイドルってワケじゃねーか」


 安田は目の前のこうぼうに視線を戻した。彼女の逆転はあるだろうか──?


「さて。そろそろ次、いこうか……?」


 りようひじを引き、ぜんけいした構え。姿勢をしたままA1がじりじりと迫る。


 サドンデスかいわいにおけるA1は、間合い取りの名手とされている。ぜつみような距離を保ち、らし、ここぞという時に接近して相手に攻撃を「打たせる」。


 わかっていても、無防備な顔面を目の前にチラつかされると攻撃してしまう覚醒者アウエイクは多い。彼らはそれゆえに、A1のカウンターのじきとなる。


 AKARIはたいこうするように構えをとった。身をかがめ、両手をひざに置く。前かがみに胸を強調するようなポーズだが、身を低くしているのは、タックルが出しやすいからでもある。


「まったく……宣言通りにいかなくて、はじかいちゃったじゃん?」


 会話をけてみる。A1の返事はない。もう簡単にはどうようしてくれないだろう。

 やはりA1は強い。まともにやってはくずせない。だが、もう彼女にできることはないのか? ……そんなことはないだろう。


「責任──取ってよね!」


 AKARIは再度、指をスナップする。

 〈サウンド〉が、消えた!

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