A6-4

 葵は落ち着きなく、ぴょこぴょことびして鋭一を見ている。これがアバターだったらねこみみがピコピコ動いていたことだろう。


「おっと、どうやらカノジョも限界のようだよ?」


 美羽が葵の頭をポンポンとたたく。

 葵は意にかいさず、鋭一たちのほうから目を離さない。


「よーし。ならば、本命がだれか、そろそろ教えてやらないとね」


 珠姫は葵の背中に手を置いた。


「むー。鋭一、たのしそう……」

「葵ちゃん。あそこに行きたいのかい?」

「うん」


 葵はそくとうした。だが彼女もまた、思うところがあるらしく。


「でも、じやにならないかな……」

「あはははは。なるワケないじゃーん」


 声を落とした葵の心配を、珠姫は笑い飛ばした。彼女は葵の頭をわしわしとで、


「葵ちゃん、あなたは鋭ちゃんの、何だっけ?」

「…………こいびと」


「だったら、葵ちゃんの行っちゃいけないタイミングなんて、ありませーん。……と、いうわけで」

「?」

「──行けっ」


 どん、と珠姫は葵の背中を押した。バルコニーの入り口に小さな体が飛び出す。それがきっかけとなって、葵もかくを決めた。


「じゃあ……行く!」


 葵の目が、するどく光った。入り口から鋭一たちのいるスペースへ、するりと階段を上がる。その身のこなしはばやく、足音はない。まさしく暗殺者!


「だから、このタイミングでのスキル使用なら──」


 解説を続けていた鋭一は、その気配に気づくのがコンマ一秒おくれた。


「…………っ、葵!?」


 鋭一は頭を後ろにたおし、きんきゆうかい。ついさっきまで彼の両目があったしよを、二本の指が通過していった。


 久しぶりに出た。つぶし!


「ちょっ……今のはマジあぶなかったぞ!?」

「鋭一、やっぱりけてくれる」


 葵は少しうれしそうにはにかみ、避けられたついでに鋭一のみぎうでき着いた。試合だったらこれで折られているところだが、これは彼女的にはじゃれついているだけだ。


「は、はは……。やっぱアンタら、すごいわ」


 そのこうぼうを目の前で見たアカリは、少し引きつつ笑う。そのアカリに、葵は「む」と顔を向けた。


「…………ずるい」


 すこし不満そうに、ほおふくらませて。


「あかりちゃん、ずるい」

「へ?」


 アカリは何が何やらわからずたじろぐ。葵はぷくーっと膨れたまま、こうした。


「鋭一と仲良くして、ずるい!」

「あ、葵? 落ち着けって。別にこれは、そういうわけじゃ──」


 鋭一はあわてて葵を止めに入る。もしや誤解されたか? うわわくでもあったら大変だ。弁解しようとする鋭一だが、葵はそちらにも膨れた顔を向けた。


「鋭一も!」

「……なに?」


「あかりちゃんと仲良くして、ずるい!」

「ええっ、そっちも!?」


 葵はびしり、と人差し指を向けた。


 葵はひとみらし、素直に気持ちを伝える。仲良く遊んだ、思い出の三人。そのうちの二人だけが、楽しそうに話している。それは彼女にとって……「ずるい」のだ。


「は……ははははは」


 その様子に。アカリは、思わず笑いがこぼれた。

 葵はもう完全に、アカリを身内に数えていてくれる。これは、そういうことじゃないか。


「ごめんね、葵ちゃん。だいじようだよ。私は鋭一を取ったりしないし、別に葵ちゃんと仲良くなくなったワケじゃない」


 彼女は二人からはなれるように歩き、


「ありがと、鋭一。おかげで勉強になったよ。明日はまた『敵』だけど、それが終わったら、また──」


 別れを告げるように言いかける。が──


「……なあ」


 鋭一は、そこに口をはさんだ。どうにも気になっていることがあった。

 だから、せっかくなので今、言ってみることにした。


「その『敵』っていうのさあ……やめない?」


 それが今の鋭一には不思議だった。今日、この場だけでもアカリは何度かその言葉を使っていたが、鋭一にはずっとかんがあった。


「え。だって、明日は──」

「わかるけどさ。どっちか勝ったら、どっちか負けるし。でも……敵なのかな? なんていうか、そこまでとげとげしい言い方しなくていいじゃん。いつしよに遊んだんだぜ? 俺たち。そんな関係じゃないだろう」


「う……」

「別に俺たち、にくんでなんかないだろ? だからもっとちがう言い方っていうか──あ」


 そこまで言って。鋭一はあることに気が付いて言葉を止めた。

 がりの時からアカリが持っていた、美容グッズ入れのミニバッグ。


 そのはしで、キラリと光を反射したのは──


「なんだ。それってるってことは、やっぱ敵じゃないよな? 俺たち」


 鋭一が笑って指さしたのは、あの日、三人でさつえいしたプリントシールだった。


「あッ!? こ、こここれは……!!」


 そのしゆんかん! アカリは目をぐるぐるさせ、一瞬で顔を赤くした。よほどずかしかったのだろう。混乱のあまりまゆり上げ、おこり気味にさけぶ。


「違うのよ! これはね、アンタらの顔で戦意を高めるためっていうか! そ、そう! 私は理想のアイドルになるには勝たなきゃいけないんだから! 敵だから貼ってるの、だから──!」


「あ……アカリ!? そっちは」


 それが不幸だった。夜。うすぐらいバルコニー。とつぜんの混乱。入り口には、階段が……


「──あっ!?」


 アカリが段差に足を取られる。葵も反応するが位置が遠い。これは……間に合わない? コンクリートのしようげきを覚悟する。目を閉じる。


 だが──


 何秒待っても、その衝撃はやってこなかった。彼女を受け止めたのは、サドンデス王者の、二本の腕だった。


「つッ…………!」


 鋭一はアカリをかばうように受け止めた。アカリは、無事だ。

 痛みに顔をしかめているのは、鋭一のほう。


「いてぇー……足か? ちょっとひねったかも」

「あ……ご、ごめんなさい……」


 混乱の冷めたアカリがしゅんとして謝る。


「いやいや、いいって。これで分かっただろ? 敵にこんなこと、してやるもんか」


 鋭一は笑った。アカリもその言葉に、いて笑う。


「そう……だよね」


「明日どうなるか、わかんないけどさ。やっぱゲームだし、楽しくやろうぜ。俺は、プラネットは、しんけん勝負で……同時に、ちよう楽しい遊びだと思うから」

「……うん……」


 アカリはどうが高鳴るのを感じつつ、頷いた。

 彼女の胸には、新たな感情が去来していた。


 明日戦うかもしれない鋭一、葵。もう「敵」ではない彼ら。

 その彼らと。私はプラネットの戦場で、どう向き合えばいいんだろうか──?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る