第4話 賢者・ポイントレス

ざざーん、ざざーん。


「う……」

 カニ的な物が顔の上を歩くのを歩くのを感じて、ジョンは目を覚ました。

「!」

 はっとして身を起こす。

「やった!生きてる!!」

 ペタペタとジョンは自分の身体を触った。五体満足、問題なし。やばい!さすが俺!強運ありまくり!

「はははは!やったぞ!俺は生きてるぞ!!」

 ジョンは思わずジャンプしたが、

「おい!見たか!ニクキュウ!」

 その喜びに対して、返事をする者は特にいなかった。

「ニクキュウ?」

 あたりを見回してもあの憎たらしい、黒猫の姿はいない。ざざーんざざーんと波の音だけがやけに悲しく耳に響いた。

 チッとジョンは舌打ちをした。

 あのまま風に飛ばされ、自分と同じように吹き飛ばされてしまったか、はたまたクラーケンに船を沈没させられて、そのまま溺れ死んだか……。

 あぷあぷと溺れるニクキュウの姿が目に浮かび、ジョンは眉をひそめた。

 別に知ったっちゃない。前のパーティーが、自分以外が全員猫アレルギーで無理やり押し付けられた猫なのだ。どうせ生き延びてどこかでうまいことやっているだろう。

 ふうっとジョンはため息をついた。

 別にどうってことないさ。

 最初から一人だったんだから。

 ジョンは空を見上げた。日は沈んでおらず、ここがどこだか全くわからないが、夜になり星が出れば星図からわかることだろう。

 悲しいことだとジョンは思った。自殺志願者の癖に、どうやってこの状況から生き延びれるか知っている。ぐんっとジョンは心が重くなるのを感じた。

 ニクキュウが言っていた通りだ。自分は自分で死ぬ勇気もないのだ。

 それでも、喉が渇けば苦しいし、狼なんかに食われるのはまっぴらごめんだ。

 じっとりと濡れた身体のまま、ジョンは幸いにもすぐに木の実がなっている木を見つけることができた。大きな丸いその実を固い石でかち割ればジューシーな果実がドバっと出て、ジョンはのどを潤す。二、三個食べたら流木で日差しよけを作り、火を焚き、服を乾かす。

 そんなことをしていたら、日が暮れて、ゆっくりと空に星が浮かんだ。

 流されなかったウェストポーチからホビット七つ道具の一つ星図版を取り出した。ちなみにジョンが腰に巻いているのはウエストポーチであり、ウエストポーチ以外になんと表現すればいいのかわからないほどウエストポーチなのである。

 空を見上げ大体の方角から、ここは次の街まで30キロほど離れた孤島の様であった。

「微妙に遠い」

 ジョンは顔をしかめて、ごろんと砂浜に横に転がった。こりゃあ街までたどりつくのに時間がかかるぞ。ジョンはそんなことをも思った。

 頭の上で腕を組み、夜空を見上げる。

 広がる夜空の深さに畏敬の年を感じないものはいない。空は無限で、この大地につながる命をずっと見守り続けてきた。すべてのものはやがて死に絶え、そして終わる。だったらいつ死んでも同じなのだ。明日死んでも、明後日死んでも、今死んでも、10年後死んでも……。

 そんなことを考えていたらうつらうつらとして、ジョンは眠りにおちようとしていた。だがその前に、ざっざっと砂を蹴る誰かの足跡に、嫌がおうでも目が覚まされることになる。


 人……?

 身を起こし、ジョンはウエストポーチから唯一持っていた小さなナイフを取り出して、握りしめた。

 人?こんなところに?

 ジョンは困惑した。それは向こうも同じようだった。

「誰だ?」

 少し遠くに離れたところに立った男はそう言った。背の高い人間の男で、焚き木の炎にぼうっと姿が照らし出される。髪の長いきれいな顔をした男だった。白いローブに身を包み、裸足の彼は目を閉じたまま続けた。

「こんなところに、人が来るなんて珍しい。この賢者、ポイントレスに会いに来てのことか」

「け、け、賢者?!」

 ぽっかーんとジョンは口を開けた。 なんてことだ!こんなに簡単に探していた賢者にあえてしまうなんて、この連載もこの回で終了じゃないか!

「あんたか、海を渡ってちょっと行ったところにいるっていう賢者は!」

「えっ。何、その初対面なのに、あんた呼ばわり。距離感?」

 困惑しながら賢者ポイントレスはジョンの横にどかっと座った。

「いかにも私が、海を渡ってちょっと行ったところにいるっていう“達成”の賢者ポイントレスである。あいにく私は目が見えんでな。どれ、ちょっと失礼する」

 ポイントレスはわしわしとジョンの頭をつかみ、むにむにとジョンの顔を引っ張った。

「いったっ!いったっひゃにすんだよ!」

「ふむ?子供のようななりだが、その魂はひねている……そうか、君はホビットか。すごいな、ホビットがこの島に来るなんて初めてだ」

 ははっとポイントレスに笑われて、ジョンは少しむっとした。

「ホビットだって海を渡るぐらいできるんだ。なんだ、あんた、ここに一人で住んでるのか」

「また、あんた呼ばわり?距離感?そうだ、私はこの島に一人で住んでいる」

「いいな、こんなところなら家賃も水道光熱費も発生しなくて」

「よせ、人を不法占拠者呼ばわりするんじゃない。この島は私の所有物だ。どんな世界にも家賃は発生するものだ。逆に言えば、君の方こそ私の私有地に勝手に入り込んだ不届きものだぞ」

「悪かったよ。勝手に入り込むつもりはなかったんだ。船から落ちちゃってさ」

「ふむ?」

 賢者は首を傾げた。

「それは妙だな。普通だったらこの島にはたどり着けないようになっているんだ。そうか、君には何かあるのかもしれないな」

「何かって?」

「さあ」

 それだけ言って、ポイントレスは微笑んだ。

「さて、七聖賢の私に会いに来たということは、何か知りたいことがあってのことだろう。何が知りたい?」

「七聖賢?なんだそれは?」

「なんだ、そんなことも知らないのか。この世界に7人いるという偉大な魔導士であり賢者のことだ。ちなみにこの七聖賢は自己申告制だ」

「自己申告制!」

「割と人気あるんで来年あたりには九聖賢ぐらいになってるかもしれない」

「いいかげんだなぁ……」

 こんな奴に死に方なんて聞いてもいいものかジョンは頭を抱えたくなった。

「それで何が知りたい?富を得る方法か?歴史に名を残す方法か?」

「えっそんなことも知ってるのか」

 ジョンは目を輝かせた。

「いや知らん。そんなこと知ってたら賢者とかやってない」

「なんなんだよ!そんなに期待させるなよ!」

「怒鳴るな。人間には職業選択の自由がある。私が大富豪を選ばず、賢者を選んだのも選択の結果だ。それで何が知りたいんだ?」

「実は……」

 ちょっとジョンはもじもじしながら答えた。

「楽な死に方が知りたいんだ」

「楽な死に方」

 今度はぽかーんとポイントレスが口を開ける番だった。

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