第1話 三田会
大きな船体がゴウンと揺れて、船は大海原を走り出す。空は快晴、見晴らしは良し。ざああっと、船首が海を切って白波を立てる様は何度見ても心が躍る。船をこんなに早く走るようにしちまうなんて、人間って奴は何百年生きても本当に面白い奴らだ。ジョンの肩に乗ったニクキュウは、顔に付いた塩っからい水滴を前足で撫でて舐めながらそんなことを思った。それに比べて……。
「おい、クソホビット」
グイッとニクキュウはジョンの頬を前足で小突いた。
「このめっちゃ気持ちいい船出に何浮かない顔してるんだよ」
「……」
ジョン・ホビットは濁った眼でニクキュウをにらみつけた。
「さてはあれか?死ぬって言っておいて、怖気づいたのか?」
「……俺は……たかったんだ……」
「は?」
「俺は特等室を取りたかったんだっ」
聞きとれなかったニクキュウのためにジョンは大きな声で言った。
「でかい声で叫ぶなよ。なんだ?特等室って?船の船室か?」
「そうだ。隣の大陸までの3日間、俺は快適な海の旅をしたかったんだ。どうせ死ぬんだ、最後にラクジュアリーな旅をしてやろうって、そう思ってこの船で一番いい船室を取ろうとしたら、もう特等室は他の奴に取られてたんだよ。だから俺は特等室じゃなくて1等室しか取れなかったんだ。最悪だよ」
「特等室と1等室の何が違うんだ?」
「部屋のデザインとか、えっとまあ色んなクオリティが違うわけだよ」
「つまりは良く知らないわけね」
「それで俺が特等室を取った奴の倍の金額を払うから俺に泊まらせろって船長に言ったらさ、ダメだっていうんだよ。俺はもうすぐ死ぬんだよ!?ひどくない!? 」
「お前が、もうすぐ死ぬとか死なないとか相手には関係ないだろ……。おっ、噂をすればあれが特等席を取った奴らじゃないか?」
そう言って、ニクキュウは船首にやってくる男たちの方に鼻先を向けた。五、六人の男女混合のグループだ。そのうちの一人の男は、白銀の鎧に身を包み、羽織るシルクの赤いマントの鮮やかさが目に染みる。そのきらびやかさから、めっちゃ金を持ってることをうかがわせた。ジョンはその男と目があうと、びくっとして目をそらした。
「あっれぇ?」
男の方は目ざとかった。
「もしかして、ドラゴンスレーヤーさんですか?」
ジョンの肩についている勲章を見て、男はそう言った。飴色に輝くそれはドラゴンを討伐したものだけに王家から与えられる名誉の証でもあった。
「え、まあ」
ジョンはぎこちなく答えた。
「まじでー!!」
その答えに、男たちのグループは何がおかしいのかどっと笑いだした。
「俺、ドラゴンスレーヤーとか初めて見ましたよ。あ、俺の名前、ダイスケって言います。去年、勇者になったばっかりなんですよ」
「あ、はい。勇者さんですか」
なぜか敬語になり、ぐぎぎと頬を無理に釣り上げながらジョンは笑った。勇者とは、冒険者アカデミーを卒業した者に与えられる名称で、いわば冒険者エリートである。
「ドラゴンスレーヤーさんは、どこの冒険者アカデミー出てるんすか?俺たちはスリーフィールド冒険者アカデミーっす」
「あ、あぁスリーフィールドね」
冒険者アカデミーの中でもスリーフィールド冒険者アカデミーは、トップ校である。貴族の子供たちが素養を身に着けるために通うことでも知られており、このアカデミーを出たものは、名誉と栄光が約束されていた。
「ドラゴンスレーヤーさんもスリーフィールドっすか?いや、うれしいなぁ。卒業生でドラゴンスレーヤーが居るとかまじ光栄っすよ」
「あ、その……俺は冒険者アカデミーとか出てなくて」
「えっ……」
ジョンの答えにしんっとその場が静まり返った。
「冒険者アカデミー出てなくて、ドラゴンスレーヤーなんですか」
「えっ、まあ。これはたまたまっていうか。組んだパーティーが良かったっていうか」
「へー……。珍しいっすね」
「……」
「……あっ。じゃあ自分たちこれで。もしよかったら、俺ら特等室取ってるんで遊びにきてくださいよ」
「ど、どうも……」
そう言って、その一行はジョンから離れていった。一人の魔法使いらしい女が去り際にちらりとジョンの方を見ると、ダイスケに何かをささやいた。するとパーティーはどっどまた笑い出した。
お。
お。
おのれ……。
「あー!あー!あー!だから俺は冒険者アカデミーを出た奴らは嫌いなんだよ!!」
ジョンは満足いかない一等室のベットにダイブするとそう叫んだ。一等室のベットはずんぐりむっくりなホビットの彼には、有り余るほど大きい。
「何が嫌なんだよ。部屋に来るように誘ってくれて、いい奴らじゃないか?」
ニクキュウはとんっとジョンの腹の上に乗っかった。
「馬鹿か、お前」
ぱっしっとジョンはニクキュウを腹の上から払い落とす。ニクキュウはにゃーんと言いながらベットの上にゴロゴロと転がった。
「あいつらの目を見ろ。俺のことを完璧に侮蔑した目じゃないか。冒険者アカデミーを出てるからって何が偉いんだか知らないが、ほんとあいつらは上から目線なんだよ」
「えぇ~。まあ若いからしょうがないだろ。俺がこの“キャッツアイ”で見たところ、お前のほうが断然あいつらよりレベルが高いぞ」
キャッツアイとはニクキュウの特技であり、その黄色い目でのぞき込めばどんな冒険者のレベルもわかっていしまうという、スカウターのようなアレであった。
「俺のほうがレベルが高いなんてことは分かってる。俺が言ってるのはあいつらの態度だ!もっと先輩冒険者を敬えっていうの!」
「お前に敬うところなんて一つもあったか?」
「あーあ。俺も冒険者アカデミーさえ出てれば、あんな奴らに馬鹿にされなくて済むのに」
ふうっっとジョンは深いため息をついた。
「そんなに言うなら今からアカデミーに通えばいいじゃないか」
「馬鹿か。今更そんなとこ行ってどうなる。俺が学ぶことなんてない。これは純然な嫉妬だ!恵まれたものに対する嫉妬だ!親が金持ちで、若い頃にアカデミーに通えるだけの余裕があった者に対する純然たる嫉妬だ!」
「み、醜い……」
ニクキュウはジョンの浅ましさにぶるっと震えた。
「冒険者アカデミーなんて出来たのはここ150年ぐらいの話で、そんなにいいものかねぇ」
ニクキュウはようわからんという表情を浮かべてジョンを見た、その時だった。
トントンっとドアがノックされる音がした。
「ドラゴンスレーヤーさん、俺っす。ダイスケっす」
「うっ!?」
ドアの向こうからする声にジョンは息を詰まらせながらも律儀にドアを開けた。
「ど、どうして、俺がこの部屋にいると知った?」
「いや、あれっすよ。船長さんに聞いたんすよ」
「なっ……なんというコミュ力!?」
ジョンは衝撃を受けた。そうである。スターフィールド冒険者アカデミー出の人間は、コミュ力の値が異常に高かったんである。
「へぇ~。1等席ってこうなってるんっすねぇ」
ダイスケは、ずうずうしくもズカズカと部屋に入り込んできた。
「おまっ。勝手に入るなよっ」
「俺らの特等室に比べると狭いっすねぇ」
「特等席……」
ジョンはイラッとせざるを得ない。
俺の死出のクルージングを台無しにしたのは、やはりお前らであったか……。ぎりっとジョンは奥歯をかみしめた。
この才能あふれ、恵まれた若者を傷つけたい……いや、物理的に傷つけるのは犯罪だから、こうえぐるような心の傷を作りたいぃぃぃ。
「邪悪なこと考えるなよ……」
足元のニクキュウがあきれたように言った。
「うわっ!すげ!この猫しゃべんの!?」
「えっ」
ニクキュウがピンと背を伸ばした。
「しゃべれるし、古代語もわかるぞ」
「うわーうわー!!すげえええ!俺、しゃべる猫なんて初めて見ましたよ」
「おいおい、気を付けろよ。こいつは、なりは猫だが中身は世界征服をたくらむ邪悪な魔王だからな。300年前の勇者にこの姿に封印されてたんだ。好物は人の魂だぞ」
「またまた何言ってるんすかぁ」
ジョンが言うことも聞かずに、ダイスケはひょいっとニクキュウを拾いあげた。
「うちのパーティーの女の子たちも猫好きなんすよねー」
「お、女の子……」
「俺たち部屋飲みはじめたんすよ。そしたらやっぱ、みんなでドラゴンスレーヤーさんの話ききたいなぁってことになって。よかったら、俺たちに先輩冒険者の話きかしてくださいよ」
「先輩……冒険者……」
その響きにごほんっとジョンは咳払いをした。
「ま、まあそこまで言うなら、俺もまあ忙しいけど、まあ話してやってもいいかなぁ」
「やったっ。じゃあぜひ部屋来てくださいよ」
「お、おう」
そのままダイスケに促されるまま、ジョンは特等室へと向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます