第50話 俺の精霊だ!奪うのは許さない!!


 心を理解できるかだって?そんなのやってみなきゃわかんねぇよ。

 それは精霊だろうが他人ヒトだろうが同じだ。

 

 正直なところ、今は彼らを理解は出来ない。

 力で全部解決しようとする、彼らの考え方は平和な現代日本でぬくぬくと甘く育った、平凡男子の思考回路と常識を持つ俺には受け入れがたいものです。

 ヒトは下等で愚かで救いようもないから、少しでも邪魔になったら焼き尽くす。そんな野蛮で暴力的な考え方だよね、炎王は。

 それを理解しろとか受け入れろって無理難題です。

 でもそこで【出来ないから止めます】って言っちゃうと、俺たちはもう一歩も進めなくなる。

 だって、理解や受け入れる努力をしなきゃ、そんなこと出来ないだろ?そして、叶うならそれは一方通行ではなくて、お互いに努力出来たらいいね。


「俺、あんた達の命を蔑ろにするような考え方とかは、受け入れられないです」


「「それは炎王を拒絶するってことでいいかな?」」


 双子が微笑んだ。

 俺が炎王を要らないと言えば、彼らは本気でアイツを消し去る気だ。

 ごくりっと無意識に喉が鳴った。


「炎王の考え方が変わらなくて、ヒトを安易に傷つけることに何の疑問も抱けないままなら、一緒に生きるのは無理だ。いつか炎王が命を奪う相手は俺の大切なヒトかもしれないし……いや、そうじゃなくても、きっと誰かの大切なヒトで、唯一の命だから。だけど」


 一度、そこで言葉を切ってぎゅっと拳を握った。

 なれない仕草で、頭を撫でる加減の無さや、抱き上げる腕のあたたかさを思い出す。

 俺の背中を撫でる掌を。

 額や頬に落とされた、信愛の証を思い出す。

 それらは双子神の命令を遂行するための手段なのかも知れない。だけど、それだけが理由の全てでは無いと、俺は信じたいんだ。


「俺は、炎王は変われると……そう思う。時間はかかるかもしれないけど、俺が諦めなければきっと変われるんだと、そう信じる」


 だって、炎王は自分が嫌いで見下しているヒトの真似までして、俺を気遣ったり慰めようとしたから。

 子どもの頭を撫でるのも、抱き締めるのも、腕に抱いてあやすのも、背を撫でるのも、口づけるのも、全部、精霊ではなくて、ヒトの振舞いだ。

 俺の身を守るだけなら、俺の周りに炎の壁をつくって、放置すればいいだけだ。だけど、あいつはそうはしなかった。

 ヒトである俺を『軟弱だ』と吐き捨てるだけで、終わることも出来たはずだ。だけど、いつだって抱き締めたり、頭を撫でる。

 どこか誇らしげに、我が子を慈しむような愛情が見え隠れする目で、炎王は俺を見る。

 側にいて、守ろうとしてくれる。

 

「精霊がヒトを愛せなくても、分かち合える気持ちがあると信じたい。そして、それは優しさだとか思いやりだとか、そんな綺麗なものであればいいと、俺は願う」 


 世界に響く炎王の鳴き声の中に、俺を探して呼ぶ声が混じっていた。

 主!とひたすらに繰り返すそれは、血を吐くような慟哭だった。

 心が引き裂かれるようなその叫びに、これ以上あいつを孤独な世界でひとりぼっちにすることは出来なかった。

 俺が堪えられない。


「あいつは俺の、俺だけの精霊だ!たとえ神サマでも勝手に奪っていくのは許さない!!俺の生き方は俺が決める!」


 焼かれて死ぬ?上等だ!!

 俺は炎の精霊王のご主人様だぞ!

 炎の頂点に座す存在の守護を得てるんだぞ!

 そんな俺を簡単に焼き尽くせると思うなよ!


「「ふふふ。君を守るべき炎が君の魂を焼き尽くすかも知れないよ?それでもいいかい?」」


「これ以上なんにも出来ずに突っ立てるだけなら、マグマの中だろうが地獄の底だろうが飛び込んでやるよ!大体、あいつがいなきゃ俺はとっくに死んでるんだよ。だったら俺も命を賭けるね、それでおあいこだ」


 ちなみに今俺が言った『死』は肉体じゃなくて精神の事ですよ。ナジィカさんはある意味、不死だから。

 で、双子神がいう『死』は魂、つまり俺の存在が消えるってことだ。リテイクなしの一発勝負だな!やってやんよ。坂谷くんの根性なめんな!俺はへなちょこな自覚ありですが、ド根性スイッチが入ったら誰にも負けねぇ!

 ギッ!と双子神を睨み付けると、彼女たちは嬉しそうにクスクスと笑った。


「「ああ!【暗き深淵の水面に漂いし青の世の神】の提案に乗って、正解だった。僕らの愛しい魂の君。君は素晴らしいよ」」


 白と黒の少女の姿が掻き消えて、同じ場所に白と黒の青年の姿があった。

 思わず後ずさりした俺は、別に腰抜けではない。

 幼女たちが怪しいヤロー共に変化してみろ。そっこー返品するだろうよ!


 おんなじ顔をした二人の青年は、たった一歩で俺の眼前に迫った。


「うわっ!」


「「君ならばきっと僕たちの知らない結末を見せてくれると信じているよ。なんて、素晴らしい。最高の暇潰しだ!」」


「は?ひ、暇潰し?」


「「永く停滞し、幾度と無く滅びる箱庭せかいの可能性を示して欲しい。そして君が信じる愛だの優しさだの信頼だのが、如何に脆く儚く不安定でとりとめの無い気の迷いのような感傷のひとつぶでしかない事を知った時に、ヒトで在りたいか否かを教えてくれ」」


「は?えっ?もろい?とりとめ?何の話だよ」


「「さて、君の無謀、いやいや勇気を祝福しよう。炎の精霊王との繋がりをより強固に。君の魂の半分は彼のもので、彼の魂の半分は君のものだ」」


 さぁ、と双子の青年は笑って、それぞれの人差し指で俺の額をツンとついた。

 そして。


「ちょっ……!」


 此方に引きずり込まれたときと同じように、突然、空中に放り出された。


「いや、だからね……」


 坂谷くんは高いところが苦手だって言ってんだろぉぉおおおばーかーやーろぉおぉぉ!!


 叫びながら赤い湖に向けて、俺は落下しました。


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