第47話 やっぱこんなの俺らしくねぇ


 ばしん!と頬を両手で叩いた。


「やめやめ!俺らしく無いことはもうやめだ!」


 空元気ですが、大きな声を出して、自分を奮い立たせた。

 座り込んでめそめそ泣いているなんて、能天気な俺らしくねぇーでしょう。

 唯一の自慢の根性は何処に捨ててきた!

 どーにもなんないのにただ逃げ出すなんて、一葉の名折れだ!名折れの使い方が間違っている自信はある。あれ、これ前にもどっかで……まぁいいや。


 兎に角、俺から先に謝ろう。

 最初にメアリーさんの事でアイツを責めたのは俺だ。謝らなきゃって思ってたのに、結局謝れてねぇです。


「ちゃんと話そう」


 俺はヒトのことも精霊のことも、大事にしたいんだ、と炎王に伝えてみよう。大切に思っているものを貶されたら悲しいのだと、そう言おう。

 精霊がヒトを愛せないのなら、仕方がない。それを責めるのは間違ってる。

 だけど、俺の心は俺のモノだ。

 たとえ、神様に創られた人形モノでも、心は自由でありたい思う。炎王の心もそうあって欲しいと願う。


 あふれてくる涙を、ごしごしと腕で拭った。

 頑張れ、と自分を励ました。

 やれる、と自分に言い聞かせた。

 俺は『坂の先の谷底に立つ一本の木の枝の最後の葉っぱ』です。根性なら誰にも負けない!それが俺の両親の願いだからね。


「うしっ!頑張れ一葉!ファイト!」


 ぐっと握りこぶしをつくって、水面を覗き込み、そこに映る自分にエールを送って……んん?

 あれ、なんか変じゃない?


 ことり、と首を傾げると、鏡の中の姿もことりと、首を傾げた。


 水に映る姿は、白銀……ではなく白い髪だった。目はくりっと大きくて、ふわりと微笑む頬は僅かに朱をさしている。

 美少女だ。

 前世でいうところの【ロリータファッション】に身を包んだカワイイ女の子が、鏡のような水面に映っていた。

 ナジィカさんも可愛いけれど、どっちかってゆーと【美麗】だよね。うーん、目の保養だわー……って、ぼんやり見つめ返している場合か。


「だれ?……って、あれ?」


 後ろを振り返って水に映る相手を探したが、背後には誰もいない。

 あれ、変だな、見間違えた?と、再び、川へと視線を戻す。

 水音だけが聞こえる川の水面は、波紋ひとつなく、反射する光が鏡のようにハッキリと姿を映す。

 白い髪の、小さな女の子。

 ナジィカとはまったく別の、見知らぬ誰かが此方を見て笑っていた。


 も、もももしかして、これって、ゆ、ゆゆゆゆ幽霊っ!!


「坂谷くんはホラーが苦手だって言ったでしょぉぉぉ!!」


 ぞわりとする感覚に俺は叫びました。


 テレビの中から女性がこんにちわする映画も、ビデオに呪い殺される映画も、井戸に落ちた超能力者が悪霊になる映画も怖くて見てねぇんだよ!


 慌てて立ち上がろうとして、体が川の方へと傾いた。


「は?」


 目の端に、俺の服を掴む、水面から突き出た白い腕が映り、体が傾いた理由がわかったよ。あれ、これってもしかして詰んだ?


「ぃぎやぁぁぁぁああああ!!!」


 心の底から悲鳴をあげて、俺は呆気なく水の中へと落ちた。



◇◆◇◆◇◆◇

〈炎王視点〉



 主の手首を掴んだ手の甲に、冷たいものが触れた。

 不思議な感覚だ。

 冷たい……ああ、そうだ。冷たいとはこういう感覚だった。

 その感覚を俺は確かに知っているのに、まるで、いま初めて体感したような、そんな何とも言えない違和感を感じて、そっと顔をひそめた。


 そういえば、あたたかいと感じた時も、そんなズレのようなモノが何処かにあった気がする。


 いや、冷静に考えると、それはおかしい。

 俺はいつどこで『冷たさ』や『あたたかさ』を知ったのだろう。炎の化身であるこの身が、冷たさを感じることなどないだろう。あたたかさを知ることもまた同じだ。


 けれど、主の小さなカラダを抱き締めるとあたたかく、手の甲へと落ちてきた水は冷たかった。


 それではまるで、俺が……。


「神さまが望んだら、俺を殺すんだね」


 俺を見上げる白銀の目は、透明な水の奥で揺れていた。

 ひとつぶの雫が、目尻から零れて落ちた。

 その雫が、俺の手を濡らす。


 主の紡ぐ言葉の意味を、直ぐに理解することは出来なかった。僅かな違和感など掻き消すほどの衝動に、思考が停止した。


 なにを言った、この主は……?

 誰が誰を殺すと言ったんだ?

 俺が、主を、殺すとそう言ったのか?何のためだ。可笑しなことを言う。俺は主を守るために創られたのだ。神がそう定めたのだから、それが覆ることはない。俺の意志に関わらず、その定めが覆ることは……。


【……友よ】


 その時、幻影をみた。

 主の背後に幻影を見た。

 赤く染まった大地と、折り重なるヒトの亡骸を見た。


 多くの命が息絶えたその場所で、片膝を付き剣にすがりながらも前だけを見据える、主の横顔が見えた。

 悲しみに塗り潰されたような戦場にあっても、俺の主はこの世の何よりも美しく孤高だった。

 励ますために、主の細い肩に触れた。

 すると青の混じる白銀が、俺を見上げた。


【友よ……唯一にして、最愛の我が友よ】


 気高く、美しく、弱々しくてちっぽけな……そこにあったのは、無力さと悲しみと恐怖に堪え震えながら、それても必死に前を見据える、ひとつの儚い命の姿だった。


【私が狂いしその時は、お前の手で眠らせてくれ】


「主……?」


「答えるな!」


 主の声に、幻影は掻き消され、赤い戦場から青い石で覆われた世界に意識が戻ってくる。

 振り払われた手の指が空を掴み、己の手の中に確かにあった存在を探して彷徨った。

 いま、何が起きたのかと、混乱する。もしや、未来さきを垣間見たのだろうか?

 頭の中が掻き回されたようにバラバラで、思考が纏まらない。

 けれど、乱れた思考それの中で、行かせてはならない、と、そう強く思った。

 たったひとり、行かせてはならない、と。


 俺が、最期まで俺が守らなければ。

 今度こそ、守らなければ。


「追ってくるな!命令だ」


 主の言葉に、足は大地に縫い付けられたように重くなった。

 言葉ひとつ、発することが出来ない。

 指先ひとつ儘ならない。

 背を向けて遠ざかっていく姿を、ただ見ている事しか出来なかった。


 声にならない声で、呼び続ける事しか出来なかった。

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