第45話 そいつが俺を大事だと言う理由


 俺を見下ろしてくる、炎王の目がとっても怖いです。

 でも、俺、前言撤回をするつもりはないからね?お前がなんと言おうが、俺も人間で、俺の大事な家族や友だちもお前が見下してる人族だ。

 大切なものを侮辱されたら、怒ってもいいよね。

 じみっと睨み返しますよ。

 誰かさんの眼光が凄すぎて、思わず後ずさったけど目は逸らしませんでした。坂谷くん頑張った。

 炎王に掴まれた方の手が若干痛い。

 腕を引いても離してはくれない。それどころか、ますます掴む力が強くなった。

 まるで逃がさないと、言葉無く語っているようだ。


「それでも、お前は俺のモノだ」


 ……は?

 ちょっと、いま、こいつ、俺を所有物モノあつかいしなかった?

 ぷっちーん。ちょっと腹が立ったぞ。あったまきた!【足は南】とか、某芸人の一発ギャグを真似っこする余裕は今回マジでねぇーですよ!

 坂谷くんは基本温厚だけど、怒るときは怒るんだからね。


「お前の所有物モノになった覚えはねぇーですけど」


「それでもお前は俺のモノだ。双子神がそう定め我らを創ったのだ。神の意に反することは出来ない」


「はぁ!そんなの知らないし!神さまが勝手に決めたことに従えって?」


「そうだ。全ては双子神の采配だ。神の意に添うことこそ、我らの使命であり誉れだ」


 ぐわぁぁ!意味不明!言葉が通じない!お前はロボットかよ!

 お前が神さまを信仰するのは自由です。だが、俺を巻き込むな。俺をお前のモノ扱いするな。それも『神さまがそう決めたから』だと、ふざけんな。お前の意思ですらねぇのかよ。


「神さまが死ねって言えば死にますってか!」


「当然だ。創造主に与えられたものを返すだけだ。この世も、ヒトの住む箱庭も、俺の命もあらゆるモノは神の所有物モノだ」


 精霊ってそーゆー存在でしたね!

 神さまが一番で神さまの為なら何でもします。嫌いな人間にだって、従ってみせるんだよな。神さまがそう決めたから。

 バカみたいじゃね。

 大事にされてる気がして浮かれてたのか?

【お前が家族になってくれて、良かった】なんて思ってた俺はバカみたいだね。

 全部、神さまがそー決めたからだ。

 頭を撫でるのも、抱き締めるのも、大事だというのも、主と呼ぶのも、側にいるのも、全部神さまがそう決めたから。

 炎王はそれに従っているだけだ。

 うん、知ってた。知ってたけど……認めたくなかった。


 誰もいない塔の部屋で、ひとりで床に座り込むあの寂しい部屋で、傍らの存在に俺がどれほど勇気付けられたかなんて、コイツは知りもしないんだ。

 名前を呼ばれること。呼べば返事があること。そんな当たり前の事に、どれだけ救われていたかなんてコイツは知りもしないんだ。


 俺は15歳の高校生男子ですよ。子どもみたく寂しいと泣きわめくような真似はしませんよ。

 だけど、ひとりっきりにされて平気だなんて嘘だ。嫌われて蔑まされて怖がられて、異母兄弟きょうだいに石を投げられて……なにも感じないで生きるなんて無理だ。

 だって心があるんだ。それは超硬合金でつくられているわけじゃない。ちゃんと、痛みを感じるんだ。


 俺だって怖かった。俺だって悲しかった。俺だって寂しかった。本当は泣きわめいて叫びたかった!

 父上にもっと会いたかった。もっと愛してると言って貰いたかった。母上が生きていたら頭を撫でて抱き締めて貰いたかった。異母兄弟姉妹きょうだいたちとも仲良くしたかった。家族の一員に俺もなりたかった。


 帰りたいと、願ったこともある。坂谷一葉だった頃に戻りたい。家族や友だちと平凡で幸せな日々を過ごしたいと、無理だとわかっていても、祈る夜があった。


 理不尽だと感じる日々と、牢獄のような塔の部屋。だけど俺にはコイツがいた。いつもコイツだけは側にいた。

 文句を言いながらも、守ってくれた。

 誰より近くにいて、呼べば声が返る距離に、伸ばした手が届く距離にいつもいてくれたから、だから……ナジィカの言葉を、知らんぷりした。


【炎の精霊王が大切に思うのは、神様に創られた"ナジィカ"という人形だ】


 うん。知ってたよ。

 どんなに大切にされても、優しくされても、炎王が俺を想っているわけじゃないって。

 ただ、神さまがそうしなさいと、コイツに命令したから。


「炎王は」


 声が震えた。

 見上げる先にある赤い目は、真っ直ぐに俺に向けられる。だけど、その目に本当の俺の姿が映る日は、永遠に訪れない。


「炎王は、神さまが望んだら、俺を殺すんだね」


 真っ直ぐな目を、見ていられなくなって俯いた。

 きっと、俺を大事だと告げる時と同じ目で、守ると誓ったその唇で、炎王は言うだろう。

 当然だと、そう言うんだろ?

 知ってる、わかってるよ。

 聞いた俺が、バカだった。


「主」


 掴まれた腕を振り払う。

 わかりきっている答えを聞きたくなくて「答えるな!」と言葉を遮って命令した。


 ああ、バカだな。

 大事にされてるのは、想われてるからだと、そんなバカみたいな勘違いをするから、こんな目にあうんだ。

 精霊は、人を愛したりしないって、俺は知ってたのに。


 炎王に背を向けて「追ってくるな!命令だ」とだけ吐き捨て、早足で移動する。


 ばたばたと落ちる涙を腕で乱暴に拭いながら、ひたすら歩く。


 くそぅ、ナジィカさんの体、涙腺弱すぎるんだよ。坂谷くん(の体)だったら泣いてないんだからね!と、俺は自分自身に言い訳をした。


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