第36話 そんなイベントは望んでいない
「デレク将軍。出発の準備が整いました。殿下の御召し物をご用意致しております」
男泣きしているデュッセンさんを、てっぴちゃんの安定クールヴォイスが止めました。
あ、俺が旅立つ用意をしててくれたのか。
どうも、展開のはやさについて行けてないよね。
「殿下、夜の内に王都を離れようと思います。道中、我とフィレーネ・サラスという者が御身を御守り致す。詳しくは後程お話しいたしますが、サラスは殿下の守護騎士。クレイツァーは専従騎士となります」
いやだからね、展開がはやすぎて付いていけてないんだって。
俺が此処から出ていくのは、もう決定なんですね。
別の場所に家を用意されてるなら、ここに居たいといっても無理か……。
死亡ルートを回避したいんだけどなぁ。それに、炎王とルフナードを助けなきゃだし……って、んん?
「るふなーどもいっしょに来るの?」
「モチロンですよ、王子さま。俺は王子さまの専従騎士ですから」
「せんじゅうきし?えっと、ずっと一緒ってこと?」
「はい。王子さまが俺を要らないと仰るまでは、ずっとお側におります」
お、おお!もしかして、これでルフナードの死亡フラグは打破出来たりすんの?
本の中のルフナードの死は疫病が原因だった。それは王都だけじゃなく、国中で流行ったハズだから、危険度は変わらないかも知らないけど、俺の側にはミソラがいる。
浄化は得意だっていってたよな!じゃあ病気も治せんじゃね?なんて都合の良いはなしは……ありませんかね、ミソラさん?
「(ミソラ。ひょっとして毒を浄化したみたいに、ヒトの病気も治せる?)」
『(さて、程度にも寄るが、我が君の為なら死力を尽くそうかの)』
程度によるけど不可能じゃないんだな!ちょっと希望が見えた。あ、でもね。
「(ミソラが犠牲になるとか、そーゆーのはダメだからね?)」
『ふふ、我が君は
ちょっ!今まで内緒話していたのに、なんでそこは大きな声で言うんですかね!
あと、ほっぺを合わせてすりすりしない!
「精霊様と仲がいーんですね」
と、ルフナードが言って、ミソラさんはご機嫌です。
「殿下、申し訳ありませんが、此方に着替えて頂きます」
安定クールフェイスのてっぴちゃんが服を手に近づいてきて、頭を下げた。
えっと……いま着ているラフな感じの服じゃなくて、随分と布面積が多いですね。
そして、俺の目がおかしくなっているのでなければ、布の色がピンクに見えるんですけど?あっれぇ?
こしこしと目を擦ってみて、再びてっぴちゃんの差し出す服を凝視した。
「えっと……りぼんがついてる気がする」
「はい、左様です殿下」
「なんか、ひらひらしている」
「はい、膝丈ですので移動に然程の影響は無いかと思います」
「なんでお花のかざりがあるの?」
「小さな淑女に相応しく、愛らしいからてす、殿下」
「えっと……てっぴ……おねーさんの持ってるのは女の子が着るものだと思ってた」
「はい、左様です。ご聡明な殿下には全てをご説明しなくとも既にお分かりかと思いますが、敵を欺くために、殿下には変装して頂きます」
大変です、ナジィカさん。
女装イベントが発動しました。
きっとナジィカさんならバッチリ似合って、美少女コンテストがあればぶっちぎりの一位なんでしょうね。
それはさておきQ&Aです。
Q・平凡男子坂谷くんの精神が『女装は嫌だ!』と叫んでいるのですが、これってどうにもならないですよね?
A・なりません。
俺はとことん運命に嫌われているらしいデス。
◆◇◆◇◆◇◆
ガラガラと車輪の音を響かせて、馬車は薄暗くなった空の下を走る。
まもなく見えてきたのは王都の門の一つだ。
門番が手にしたランタンを振って、馬車に制止を呼び掛けた。
馬車は緩やかに速度を落として、門の前で止まった。
「こんばんわ。お疲れ~」
「失礼ですが、このような時間にどちらへ?」
御者の男が軽い口調で声をかけると門番は訝しみ、僅に眉間に皺を寄せながら尋ねた。
御者の雰囲気は変わらず、寧ろ面白そうに声を弾ませた。
「あっれー。連絡が行き違ったのかな?カッツェくんは居ないのー?」
上司の名前を出され、門番の纏う雰囲気が若干緊張したものへと変わった。
ランタンを掲げていた手を、僅に移動させながら「失礼ですが貴殿は」と質問を重ねる。
「王国騎士団第四部隊、隊長フィレーネ・サラスだ。旧知の友の母君が御危篤でね、友の頼みで護衛がてら彼の御子息と御息女を水の都カナン・グランまでお連れするのさ」
御者は懐から掌サイズのメダリオンを取り出して、門番に手渡した。
光にかざして確認すると、メダリオンには国章でもある二羽の鳥と王国騎士団第四部隊の文字がレリーフされていた。
「了解いたしました。申し訳ありませんが、上司に確認を致しますので、暫くお待ち下さい」
「えー、急いでいるだけどなぁ。愛する家族の死に目に何とか会わせてあげたいんだけどね?」
「……サラス様。まだ時間がかかりますか?」
馬車の中から若い女の声が聞こえた。
門番が馬車の中へと視線を移すと、いま声を掛けてきたメイドと思わしき女が一人と、従者がひとり、そして、幼い少年と少女の姿が見えた。
少女は祖母のことがよほど心配なのか俯いて震えていて、兄であろう少年が『大丈夫。きっと神様がおばあさまをお救いくださるからね』と少女の肩を抱き寄せ励ましていた。
年端もゆかぬ少女であるのに、現状を把握しているようだ。少女自身が聡明であることも確かだろうが、幼い頃より厳しい教育を受けている貴族の子は、庶民の子よりも大人びているものだ。
ちらりと顔をあげた少女と目があった。
銀色の澄んだ瞳を潤ませ、不安そうな顔をしている。
特に珍しくもない色であるのに、その目を見ると何故か胸の奥の方がざわめく気がした。
そして、そのざわめきは罪悪感へと姿を変える。
少女の頬を一粒の涙が、伝い落ちるのを見た後、頭で考えるよりも先に体が動いていた。
「お通り下さい」
ランタンを掲げていた手を下げて、逆の手を胸に当てた門番は、御者台に座る男に向けて敬礼をした。
「ありがとうー、助かるよ。では、カッツェくんによろしくねー」
ひらりと手を振った御者は、軽やかに馬車を走らせた。
走っていく馬車見送りながら門番は願った。
あの少女に涙させるよう悲劇が、どうか起こりませんように、と。
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