第30話 深層世界での対話・記憶をめぐる


 ぱらりと、本をめくる音が聞こえた。


 本を手に真っ黒な空間に立つ少年が「乳母による扼殺やくさつ」と記されたページを読むと、空中の一部に女に首を絞められる少年の姿が映し出された。


 少年をはそれをじっと見たあと、視線を再び本へと戻した。


「異母、および異母兄弟姉妹きょうだいによる毒殺」


 別のページを読み上げると、先程と真逆の場所に、胸を掻きむしり血を吐く少年の姿が映された。


 今度は映像を見ることなく、次のページ、そのまた次のページと開き、そこに記された言葉を読み上げていく。


「官僚、大臣による殴殺おうさつ


 また別の場所に、新たな映像が現れる。


「従者による刺殺、自国の兵に弓矢で射殺、戦地での斬殺や撲殺、そして、自殺」


 黒い空間を埋め尽くすように、悲惨な姿になった少年をが映し出された。

 幼い姿のものから、十代後半くらいの姿まで様々な場面が映し出され、どの彼も、死の苦しみの中にいた。

 彼の流す血で、黒だった空間は、真っ赤に染まっていた。


「ちょっ……どーゆー状況ですか、これ」


 俺が……いや俺たちがいるのは空間の真ん中で、まわりはホラー映画も真っ青なグロ映像で埋め尽くされておりました。

 寝起きになんだこれ。どんなプレイか苦行ですかよこれ。

 あのさ、いつかどこかで言わなかったか?

 坂谷くんはホラー映画が苦手なんだよぉ!


「やぁ、僕。おはよう」


「やぁ、おはようナジィカさん……って、呑気に挨拶してる場合じゃねーだろ、なにやってんのさ」


 俺の隣に立つナジィカにそう尋ねた。

 映画館みたいな暗闇で放映されているモノが、自分が死ぬシーンオンリー動画のオンパレードって、マジでどーしたよナジィカさん。

 一体どんな危ない趣味をお持ちなんでしょう、このお子さまは。


 若干引いてしまいましたよ。

 ナジィカさんは俺の一部で、坂谷くんはナジィカさんの一部なのに、何でしょうかこの越えられない心の壁のような隔たりは……。


「ただ君の記憶を見ていただけだよ」


 実に不思議そうな顔をして、お子さまは首を傾げて見せた。

 いやん。ナジィカさんマジ天使……って違うだろ俺!落ち着くんだっ。い、言っとくけど、そんな可愛いらしい真似をしても俺は騙されたりしないんだからねっ!


「い、いやいやいや、それにしてもチョイスがおかしくないですか?なんで自分が死ぬシーンばっか見てるのさ、ナジィカさん。おにーさんビックリだよ。もっと健全で楽しい記憶は無かったのかな」


 子どものジョウチョ教育ってやつに多大な影響を与えそうじゃないですか?

 そーいやナジィカさん、メアリーの記憶と一緒に眠るって言ってなかったっけ?

 引きこもりもどーかと思いますけど、グロ映像垂れ流しより、乳母ときゃっきゃうふふ映像の方がまだマシだと思います。


「メアリーならそこにいるじゃない」


 あたしメリーさん、いまあなたの背ろにいるの……ってか?

 ちょっとナジィカさん、それってホラー展開の前振りとかじゃないよね?なんて思った俺は悪くない。あとビビりでもない。

 嘘です、ビビってます。

 ビビるだろう。

 幽霊は恐怖の代名詞じゃん。「幽霊は怖くないよ?あたしは幽霊さん大好きっ!」なんていうヤツが現実にいたら、俺はソイツがどんなにいいヤツでも、可愛くても、美人でおっぱいがでかい天然ちゃんでも、全力で関係を断ちます。

 あと、俺は血とか無理です。血とか本当無理なんです。

 夏休みにぶっとい布団針でピアス穴を開けた、クラスの女子の度胸にマジで引くくらい無理。

 思ったより血がたくさん出ちゃった(てへぺろ~)とか可愛くいっても、此方はドン引きだからね?


「ねぇ、君。大丈夫なの?」


「ナジィカさんが幽霊なんていないって言って、俺の背後にメリーさん、もといメアリーさんはいませんと言ってくれたら大丈夫な気がする」


「亡霊はいるかも知れないけど、メアリーは君の背後にはいないね」


 幽霊より亡霊っていった方が、余計に怖くなったですよ。不思議だね。


「メアリーがいるのは後ろじゃなくて、前だよ」


 そう言って、ナジィカが指差す先にあるのは、宙に浮かぶ数多あまたのホラー映像のひとつ。

 いままさに、幼い命を終わらせようとしている女の姿が映し出されたソレ。

 正気を失った乳母の顔は、余裕で主演女優賞を得られそうなくらい、狂気に満ち満ちておりました。

 まぁ、これ、演技じゃなくてガチなんだけどね。

 取り敢えず、さ、ちょっといい?


「あの夜の記憶が甦って胸が苦しいです。一回吐いてもいいですかね?」


 いや、もちろん冗談なので、そんなゴミを見るみたいな目を向けないで下さい、ホントお願いナジィカさん。



 

「で、なんでまた、こんなモノを見てんですかねー?」


 地面に胡座をかいて座り、残酷映像の数々を見る。

 いや……マジで気持ち悪くなってきた。

 それにしても、もう一人の俺は随分と余裕そーですね。

 ナジィカは本を捲りながら、俺の質問に答えた。


「そうだなぁ……君が死んだから?」


「あれ、俺死んだの?」


「うん、毒殺されたね。覚えてないの?メイドが持ってきた食事を食べて、血を吐いたでしょ?」


「あー……?」


 あー……あー、なんか、うっすらと……そーいやぁー、晩御飯がいつもより早かったよな、てっぴちゃんじゃない、知らない顔のメイドさんがご飯を運んできて……。

 あー、うん。やべ、俺死んだわ。


「マジかー……死亡ルート回避出来てねぇーじゃん。しかも俺、炎王に謝ってねぇー」


「君……そんなに炎の精霊王が好きなの?」


「ちょ、なんでそこで好きとか嫌いとかってハナシになるんですかね」


「じゃあ嫌い?」


「いや、まぁ、どっちか選べって言われたら、好きの分類に入るとは思いますけど……ね」


「へぇ……」


 いま、体感温度が下がりました。

 ナジィカさんの炎王嫌いは筋金入りだからね。


 怒ってる。ものすごく怒ってる。

 わかってはいるが……仕方ないじゃん。俺には炎王が必要みたいなんだから。



 銀色の目でじっと見つめられた。

 よくよく見れば僅かに青色が混ざった銀色だ。だけど彼と対峙したものは何故だかうろのような黒をイメージするらしい。

 底無しの、闇のふちに立たされたような、恐怖を抱くらしい。

 だから、本の中の彼は、自然と黒鷹の名で呼ばれた。

 畏怖を籠めて、そう呼ばれた。

 鳥籠から出て、敵を倒して、玉座に君臨しても、彼は【黒鷹】で【王様】だった。

 誰も、ナジィカの名を呼ばなかった。

 友でさえも【陛下】とそう呼んだ。


 人生の大半を、孤独に生きた王さまが、未来のナジィカだ。

 そうならないために、俺は頑張ってるんですけどね。まぁ、まったく努力の成果が見えませんけど。


「運命を変えるために、炎の精霊王が必要ってこと?それって氷王じゃ駄目なの?」


 氷王……って、ミソラか。


「いや、別にダメって訳じゃねぇけど……」


 もちろん、ミソラだって大事な家族だよ。

 大切に思ってる。

 だけど、炎王は……そう、あいつの事は、本で見て知ってるから。ナジィカを守って、神さまよりナジィカを選んで、死んでしまうアイツを知っているから。


「それは本の中の精霊王で、現実じゃない。メアリーは僕を殺せなかった。氷王は物語に登場しないし、僕たちが塔から出されるのは数年先で、毒殺されるのはもっと先だ。王さまと和解は出来なかったし、弟と会うのは10年も先の出来事だ」


 ナジィカが手を振ると映像は消えた。

 薄暗い空間に俺とナジィカだけが存在していた。



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