第27話 俺の思いと僕の憎しみと


 君自信でもある俺の想いもわかってはくれませんか?

 そうもうひとつの心に語りかけると、返ってきたのは『絶対無理』だった。

 実際に声が聞こえたんじゃなくて、なんとなくそんな気がしただけなんだけどね。


 はぁ、こればかりは仕方ない……。

 長期戦を覚悟しよう。

 ナジィカさんの傷を癒すには時間が掛かりそうだ。


 でも、炎……アイツをこのまま放ってはおけないよなぁ。

 

「ミソラごめん。アイツが心配だから様子を見に行って貰える?」


 ナジィカがアイツを受け入れられないままだと、また昨日みたいな事が起きる可能性があるんだよな。

 だめだ、解決法方が全く思い浮かばない。

 やっぱ、長期戦しかないんですかね。


『我が君……なにやらよく分からぬが、雰囲気が変わったかの?』


「……き、気のせいです。たぶん昨日は、色々あってストレス性のなんちゃらかんちゃらでちょっと変だったんだと思います」


 やーべぇー。

 俺っ、結構素で喋ってたぁぁ。

 この場合の素が坂谷一葉であるかどうかはさておき、5歳児の幽閉された王子さまっぽくは全くなかったよな、と内心ドキドキです。

 そーいえば、俺は今までどんな感じで喋ってましたでしょうか。


 ミソラはことりと頭を傾けて『すとれすせいのナンチャラかんちゃら?よう分からぬが、我が君は難しい言葉を知っておるの』と言った。

 それから片手を顔の近くまで上げて、空気を掴む仕草をする。


『我が眷属よ、これに』


 ミソラが短く呼び掛けると、彼の掌の上に渦を巻く水の玉が出現し、それはゆっくりと細長い形に変化した。


『きゅぃー』


 水色の小さなベビ……いや、龍だ。

 小さな前足?に光沢のある鱗。それから、ちっちゃいけど角まである。

 

 きゅぃきゅぃ鳴く龍は、俺のほっぺにすりすりした後、左手首に巻き付き、尻尾の部分を手の甲に這わせ中指にくるりんと引っ付いた。


「ぅわ……!」


 さっきまで生きて動いていた龍は、固まってまるで金属のバングルのようになった。

 仄かにあたたかいような気がするが……見た目はアクセサリーそのものです。

 ちょっちかっけぇーな、これ。


『我が君をひとり残して行くのは、心配でこの身が引き裂かれる。我の眷属を側に添わせるよ』


 そっと頭を撫でる手に、ありがとうと礼を言った。

 ふふ、と笑ったミソラが『暫し離れるが其方の声ならば何処に居ても我に届くだろう』と言い残して姿を消した。


 そうして俺は広い部屋でひとりっきりになった。

 夜が明けて間もないせいか、小鳥の鳴き声すらも聞こえない。

 薄暗い部屋の中。

 しんっとした静けさが、孤独の波を連れてくる。


「あ……お前がいたね。じゃあひとりじゃないか……」


 左手首と中指にくっついた龍を撫でる。

 この小さな龍がいるから、まだひとりぼっちではない。


「な、お前、名前はなんていうの?」


 話しかけたけど、バングルになりきっているそれは、かわいい鳴き声を聞かせてはくれなかった。



◇◆◇◆◇◆◇



 炎の精霊王の気配を辿り、水の精霊王……氷王が辿りついた先は、国境くにざかいの森の中だった。

 鬱蒼うっそうとした木々の合間を抜けて飛ぶ。

 

 氷王が、あのわっぱはこんなところで何をしているのだろうと疑問を抱く頃、開けた場所で途方にくれた顔をして立ち尽くす(実際には僅かに浮いているが)炎王を見つけた。


わっぱこんなところでなにをしておる』


『……水の、か』


 氷王が近づいても、炎王の視線は変わらず空へと向けられていた。


『守護精霊が主の側を離れるとは……双子神にそむく気かえ?』


 まさかそんなはずはないだろう、と氷王が若干挑発的な口調で言うと、炎王は眉間に皺を寄せた。


『弾かれた……主の元に戻れん』


『ほぅ?』


『沙漠の真ん中に放り出された。そこから主の元に飛ぼうとしたが、その度に弾かれて地に落とされる』


『それは、難儀だったねぇ……』


『訳がわからん』


 どんよりと重い空気を発する炎王をみやり、氷王はふぅと息を吐き出した。


『我が君がおぬしを案じておったゆえこうして様子を見に来たが……半べそをかいておったよと伝えても良いかのぉ』


『……精霊は泣けぬだろう』


 主が心配していると知って、炎王は僅かに気持ちが浮上したのか、空の彼方に向けていた目をようやく氷王に移動させた。


『こうしていても埒があかん。双子神に助言を請うてくる』


『ふふふ、ならばおぬしが戻るまでは、我が君とふたりっきりというわけか……ゆるりと里帰りしておいで』


『俺の主であることを忘れるなよ』


 実に不服だが、他に解決策も思い浮かばず、炎王は創造主に助けを求めることにした。

 いつか、神の国からこの箱庭に渡って来た日のように、仮初めの姿から本来の姿へとカタチを変化させる。

 こちらとあちらの僅かな繋がりの隙間に炎王の姿が消えようとしたとき、氷王は『そうそう、少ぅし気になったのだがね』と話しかけた。

 このタイミングでなんだ一体と、箱庭から存在が消え去る僅かな時間、炎王は氷王に意識を移動させた。


『アレは本当に、おぬしが神の園から連れてきた魂かぇ?どうにも何やら混じり物があるように感じるのだが、器の元の魂はちゃんと処理しておるのかのぉ』


 にっこりと、とんでも無いことを口にする氷王に答える声は既に此方の世には無く、彼はひとり『やれやれほんに難儀よのぉ』と愉しげに呟いたのだった。



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