8話 妹、倒れる
翌朝、リビングへ降りてみると朝食が……無い。
おいおいマジでどうするんだよこれ。僕は朝食をしっかり食べる派なんだぞ。
智羽のやつもいない。まだ寝ているのか? 今日は智羽が当番だというのに、これじゃ決めた意味がない。
これは文句を言ってやらないといけない。階段を登り、智羽の部屋へ。着替え中だったとしても知ったことじゃない。ノックもせず扉を開けると、そこには────
「……お……お兄ちゃん……? 助け……」
智羽が床に倒れ、吐いていた。
顔色は真っ青だし、吐いたものを拭おうともしない。見るからに危険だとわかる。
「ま……待ってろ!」
僕は慌てて部屋へ戻り、スマホで110番へかける。
『はい、事件ですか? 事故ですか?』
……間違えた。119番へかけ直す。
「妹が大変なんです!」
『どのような症状でしょうか?』
「わかりません! 床に倒れてもどしてて……」
『呼吸はどうですか? 熱などはありませんか? あと──』
「んなもんわかるかよ! こっちは急いでんだ! とっとと来い!」
なんでこっちの気持ちがわかってもらえないんだ! これだからお役所仕事は嫌いなんだ! 淡々と喋りやがって! もし遅れたせいで智羽になにかあったらどう責任取るつもりなんだ!
住所だけ告げるとスマホを放り投げ、すぐ智羽のもとへ駆ける。良くなっている兆しはない。むしろ悪化していそうだ。呼吸が荒くなっている。
ティッシュを大量に引っ張り出し、智羽の顔の汚れを拭き取りつつ上半身を抱き上げる。
「智羽! 大丈夫か!?」
「わ……わからない……。くらくらして、気持ち悪い……」
「苦しいか? 今救急車呼んだから、ちょっとだけ耐えてくれ!」
「うん……」
智羽がまたぐったりしてしまった。
ええと、どうすりゃいいんだ? 母さん……に言ってもどうにもならない。帰ってこれるわけじゃないし、余計な心配をさせるだけかもしれない。だけど命に関わることだったら言わないと駄目だ。これは病院で医者の判断が出てからだな。
あと他にどうするんだ? ああそうだ学校に連絡しないと。智羽の学校の連絡先ってどこにあるんだ? 生徒手帳に書いてあるかもしれない。
それと僕の学校にも連絡だ。こんな状態の妹をひとりにしておけるはずがない。ええっと、スマホどこ置いたっけ? やばいさっき放り投げたんだ。
バタバタしていたら救急車の音が近付いてきた。以外に早かった。戸締まりをしっかりしたのを確認し、僕は智羽と共に救急車へ乗り込んだ。
病院の待合室での時間はとても長く、そして時間の感覚が全くない。待合室で祈るように座る。智羽、せめて生きていてくれ。頼む────
「……すみません、もう一度お願いします」
医者から言われた病名に、全く覚えがなかったせいで聞き直してしまった。
「良性発作性頭位めまい症です。耳の奥にある耳石というものがずれてしまった状態ですね。こうなるとじっとしていても海でボートに乗っているくらい揺れているように感じるんです。吐いたのも言うなれば船酔いみたいなものです」
「じゃあ助かるんですか?」
「助かるもなにも、命に別状ないですからね。ただ三半規管がおかしいからまともに歩くことはできないし、気持ち悪いせいで食事もできないかもしれないです。といっても酷いのは数日で、1週間もすれば治りますよ」
よかった、命に関わることはないみたいだ。緊張が解け、椅子へ溶けるように体を任せる。
だけど医者の話はまだ終わっていなかった。
「あと、これは過度なストレスとかが原因の場合があります。もし心当たりがあれば、それを除いてあげたほうがいいでしょう」
ずきりと胸に刺さるものがあった。
……僕のせいだ。
僕自身も色々考えてしまっているし、智羽はもっと考えている可能性がある。
僕がもっと強く志郎を突っぱねていればこんなことにならなかった。ムキになってしまったのが原因だ。
罪滅ぼしみたいなものだが、とにかく暫くは智羽につきっきりで看病しないと。
入院は必要ないということで、僕は帰りがけに薬局で酔い止めを受け取り智羽とタクシーで帰った。
階段なんて昇り降りできるはずがなく、背負って智羽の部屋へ連れて行き寝かせる。
「なにか欲しいものあるか?」
「うん……お水」
あれだけ吐いたんだから喉が痛いだろう。薬も飲まないといけないから据え置きのほうがいいだろう。紙コップと一緒に2リッターのペットボトルをベッドの傍に置いた。
「智羽、水だ。起きれるか?」
「ありがとう……うー、ダメ。起きれない」
上半身を起こすことすらまともにできないようだ。智羽を持ち上げ、後ろから抱きつくように体を固定してやる。すると頭をふらふらとさせながらだけどようやく飲むことができた。
これはかなり大変だ。だけど僕が思っている以上に智羽のほうが大変なことになっているはずだ。助けないと。
「お兄ちゃん……」
「どうした?」
「……お手洗い、行きたい。その前に着替え」
「わかった。この引き出しでいいのか?」
「うん。あ、セパレートのじゃなくてネグリジェ……ワンピースのほうがいいな」
「了解。下着は?」
「あ……立ってられないからつけなくていいや。どうせ脱げないし」
「わ、わかった」
少し動揺してしまった。だけど誰かが来るわけでもなく、僕と智羽だけなんだから問題はない。
……問題ない……よね?
駄目だ、気にしたら。こんなにも弱っている妹を前に何を考えているんだ。
「……お兄ちゃん」
「どうした?」
「……ごめんね」
そもそもの発端は僕のせいなんだから、そんな申し訳なさそうに言われると辛い。
「気にするな。兄妹だろ」
「うん。あーお兄ちゃん、便器のふたってよっかかったら汚いよね」
「そうだな……ゴミ袋をかぶせるから大丈夫」
先にトイレへ行き、ふたにゴミ袋を被せてから智羽を背負って連れて行く。僕が支えている間に智羽は裾を捲り上げ、便座に座った。
「ドア閉めて」
「ごめん」
トイレから出てドアを閉め、呼ばれるのを待つ。これは色々と厳しい。
こうして僕と智羽だけの留守番は波乱の幕開けとなった。
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