怪盗天使Project

お伽話し

第1話『もしもしポリスメン?』



 4月17日。その日は雨が降っていた。僕には金がなかった。

 仕事帰りの17時13分。自宅アパートの駐輪場。僕が自転車を止めた隣に、黄色のチャイルドシート付き自転車があった。

 そんなこと、普段なら気にもとめない。

 今日は普段通りではなかった。その自転車の前カゴに、黒い高級そうな長財布を見つけたのだ。

 僕は辺りを見回した。人の気配はない。そっと財布に手を伸ばした。持つと、ずっしり重たかった。チャックを開け、中身を改める。カード類がぎっしり詰まっていた。クレジットカードの悪用はすぐに捕まる。ニュースをあまり見ない僕でもそれくらい知っている。


(お札、お札……)


 祈るように財布の中身を漁る。すると、1万円札が3枚、千円札が4枚出てきた。


「……っ!」


 僥倖。僕は光の速さでお札を抜き取りズボンのポケットにねじ込み、普段通りの『良い人』を演じ、近所の交番に財布を届けたのだった。



***



 翌日から、豪遊生活が始まった。

 朝は地元駅の自販機でレッドブルーを買って飲み、翼を授けられた。

 昼は巡回先(僕は駐輪場の巡回員の仕事をしている)のヒダカヤで中華そば半チャーハンのセットに餃子をつけた。

 夜は地元の同人ショップで同人誌やセクシーDVDを購入し、自宅でハッスルした。


「ふう……」


 ハッスルした後は賢者モードに突入する。

 現在の自分の状況を冷静に分析する。

 年齢36歳。派遣社員。現在の仕事に至るまで10社ほど務めたが、どこも長続きしなかった。今度こそ、今度こそはと頑張るのだが、ブラック、パワハラ、それに拍車をかけてしまうのが生来の不器用さだった。せめてもう少し人とのコミュニケーションが得意だったなら、もっとうまくやれたはずだった。月給15万円。借金400万円(職場の先輩に連れられ行ったパチンコでフィーバーしてからというもの、ハマッてしまった。他にも競輪、競馬、麻雀、カード、なんでもござれだ)。

 両親は今年70歳。隣駅に住んでいる。僕は借金がバレて親父に自宅を追い出されて以来、このアパートに住んでいる。ちょくちょくママが僕を心配し様子を見に来てくれる。その度に、「何かの足しにしなさい」と1万円を置いていってくれる。年金暮らしで苦しい生活のはずなのに。


「くそ、何で僕は……」


 悔しくて、申し訳なくて、涙が出る。

 いつの間にか眠り、朝になる。

 早朝、僕は地元の神社に足を運ぶ。

 お賽銭を放り、ひたすらに願う。


(ママの安心安全健康無事人生百年時代到来!)


 そう神様に願ってから、神社をあとにする。

 帰宅してから仕事着に着替え、朝9時頃に出発する。

 そんな生活がずっと続くと思っていた。



***



 6月5日。快晴。8時57分。

 自宅アパートのインターホンが鳴った。


(誰だよ、これから仕事だってのに)


 僕は仕事道具を入れたリュックを背負い、セールスだったらこのまま断って仕事に行こうとドアを開けた。


「おはようございます。金町警察です」

「え」


 警察手帳を見せるYシャツ姿の男4人組に僕はたじろいだ。


「神無月カズキさんですね。これからお仕事?」

「はい、そうですけど。何かあったんですか?」


 小柄だが警察独特の鋭い目つきをした男は、大柄の僕を見据えたまま言った。


「4月17日に、あなた財布を警察に届けてるよね。そのことで来たんだけど、心当たりある?」


 心臓が跳ね上がった。それでもなんとか平静を繕い言った。


「いえ、ないですけど……」

「あ、そう。まあいいや。話は署で聞くから。今日は会社いけないからね?」

「………はい」


 アパートを出て、道路脇に停めてあった白いワゴン車に乗らされた。左右をサンドイッチのように男二人に挟まれた。


 何だ、一体何なのだ、この状況は。


「取り調べ室では携帯使えないから、いま会社に連絡して。あー、理由は適当でいいから」

「……はい」


 身体が震えている。

 僕は震える指先でスマホを操作し、上司に連絡したが繋がらなかった。仕方ないのでメールを打つ。


『ご報告。

本日父が急病で倒れ、病院に搬送されました。

付き添わなくてはならないため、申し訳ないのですが

本日はお休みを頂きたく思います。よろしく尾根が致します』


 誤字にも気付かず僕はメールを発信した。

 いつの間にかワゴン車は警察署に着いていた。


「じゃ、いこうか。今日は夜まで帰れないからねー」

「……はひ」


 その日、僕の人生は終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る