本物と偽物と

Zumi

第1話 変わらぬ日々に

「なぁ、今日はどこ行くんだ」

今時流行りのツーブロックに少し明る目の茶髪、まさに゛大学デビューしちゃいました゛と言わんばかりの青年、永坂 太一は食堂の長テーブルの向かいに座る城山 正義に向かって質問を投げ掛けている。

「飲みは昨日行った所だし、明日菜がビリヤード行きたいって言ってたからルームでいいだろ」

「オッケー、その方向でグループに送信しとくわ」

 そう話始めると同時にスマホを操作して、メッセンジャーアプリ「メッセ」のグループ掲示板に書き込んでいる。

 グループとは芦咲大学に在籍している1~4回生で形成されたサークルのようなものだ。

 今や芦咲最大のコミュニティ、千五百近い生徒の内、三割超が所属する「SNS会」

 桜井明日菜が発案して、永坂が立ち上げた、城山を中心に集まる会、の頭文字から取ったものだ。

 彼らが1回生の夏に作られ、3回になった今も続いている。彼らが卒業した後まで残るかは定かでは無いが。

 城山のスマホが震え、メッセから知らせが届く。参加者は18時にルーム集合と。

「よーし、それじゃあまた18時にな」

 空いたどんぶりが乗ったトレーを持って永坂は立ち上がる。城山はブラック珈琲を飲みながら手挙げて見送る。いつもの光景だ。

 その後ろ姿が見えなくなると同時に大きなため息を吐き読みかけの小説を取り出す。

 彼にとって一番落ち着く時間はこうして始まり、そうして侵食されていく。それを可笑しそう眺める女子生徒と彼の接点はまだない。


 廃校した学校の跡地を丸々使って11階のビルを建てたアミューズメント施設゛ルーム゛

 18時丁度に入口に着くと、40人ぐらいの見知ったメンバーが集まっている。いち早く城山の存在に気付いた活発そうな女子が手を振る。

「せいぎーおつかれー」

 ぱっちりした目に高い鼻、口角の上がった少し厚めの唇がバランス良く配置された顔はハーフのようだ。しかし、両親は共に日本人だと言う。

 彼女の周りにはいつも多くの人が集まる。それも、男女問わず。その集団から離れて、俺の所まで駆け寄ってくる。

「せいぎは今日何行くの?」

「まだ決めて無いけど、この前はビリヤードだったから、それ以外にしようとは思ってる」

 それを聞いた瞬間、明日菜は頬を膨らませる。

「えー、じゃあカラオケとダーツは駄目だからね」

それじゃボウリングとゲーセンしか残らない

「なんでだよ」

「カラオケは一緒にデュエットするって約束したし、ダーツも教えてくれるって言った。それよりも今日はマッセ教えてくれるって言った」

 カラオケもダーツも城山は約束した記憶などなかったが、彼女が言うなら間違いないのかも知れない。それにマッセの件は覚えていた。

「また今度、とは確かに言ったけど、次なんて約束はしてない」

「またそうやって逃げる。ずるいなぁ」

「それじゃ、罪滅ぼしとして今日はボウリングかゲーセンにしとくよ。本当はダーツの予定だったから。それじゃ太一の所行くわ」

 むくれる明日菜を無視して城山は永坂と合流する。

「どんな感じだ」

「ビリヤード10、ボウリング12、カラオケ16、ダーツ7だ。後はお前だけど――」

「それじゃ、俺はゲーセン行っとくわ」

ゲーセンのゲを口にした辺りで、太一の表情が曇った。

「さすがにそれは――」

 太一が言いかけた所で、正義は片手を顔の前に持って来て制す。

「いや、大丈夫だよ。金はちゃんと出すから」

 そう言って、財布から高額紙幣を五枚取り出す。

「とりあえず渡しとく。足りなかったら後で言ってくれ、精算するから」

 太一はそれを渋々と受け取りながらも、ぶちぶち言っている。

「別にお前の好きにして良いんだけどよ。一人別行動っていうのはどうかと思うぜ」

 城山からすれば、予想通りの反応だった。

「それは偶然の結果だろ。俺はゲーセンに行きたかったけど、他の奴らは別の遊びを選んだ。それだけだろ。皆は気にせず楽しめば良いんだよ」

 太一はまだ何か言いたそうだったが、焦れた奴らが早く行こうと声をあげ始めたので、話はそこまでだった。

 各グループがそれぞれ目的のフロアに向かうのを見送ってから、城山は二階にあるアミューズメントフロアに向かう。

 明日菜が城山に向かって舌を出したぐらいで、他に彼を気にする奴はいない。

゛城山を中心に集まる゛とは名前だけだなと自嘲するが、そんなに気にした様子は無い。

 むしろ表情はいつもより明るいぐらいだ。アミューズメントフロアは彼のお気に入りだからだろう。

 その最大の理由として、カフェが併設されている事。

 広さを生かして休憩処として作ったらしいのだが、予想以上に好評なようだ。

 やたら爆音だったり、目潰しかと言わんばかりの光を放つ機械等を近くに置いていないのと、入口以外を天井まできっちりはめられたアクリルで仕切られている上に空間が広いのと、豆を擦りフィルターで落としている本格的な珈琲が二百円、というのが勝利の要因だろうと、城山は分析している。

 その珈琲を注文して、空いている席に座った。ルームが完全分煙なのも彼がここを気に入っている要因だ。

 この会社の社長はヘビースモーカーらしいのだが

「日本人は考え方がおかしい。何故、外なら煙草を吸って良いと考えているのだろう。人に害を与えるものを何故わざわざ外に撒き散らす。隔離された空間でこそ、喫煙が許されるべきだろ」

 そう言って、自分の社長室にも外にはつながっていない換気扇だけが付いている密室の喫煙室があるという。

 さらに、歩き煙草をした社員は即刻馘というのが契約書に書かれていて、実際に馘にされた人もいるとの噂だ。

 そうしてルームは完全分煙されたのだ。

 煙草を吸わない城山からすれば本当に有難い。

 読みかけの本を取り出してから珈琲を持ち上げようと視線わ下げた瞬間、向かいに人が座った。

 城山はSNS会の誰かが遊び場所をゲーセンに変えたんだろうと予想したが、目を持ち上げた先には見たことのある気はするが、記憶には無い同い年くらいの女が座っていた。

 その女性は、マグマさえ凍りそうな冷たい目で城山を見つめたが、しばらくの無言に耐えかね、城山が口を開く。

「何か用かな。たぶん自分は君の事を知らないはずだけど」

「ふーん、結構つまらない事言うんだ。いつも本読んでるし、人気者だから面白い事言うと思った」

 その言葉でやはりどこかであったことがあるのだろうと確信する。本を読んでいるのを知っているという事は大学だと予想出来る。

「同じ大学だったのか。同い年だったかな」

「やっぱり頭いいよね。話が飛んでもすぐに理解してる」

 城山は理解する。これはわざとだと。そして、この女性も頭がいい事を。

「法学部、経済学部の三回生って所だろ。俺の頭なんてしれてるよ」

「それ、嫌味にしか聞こえないから。頭悪い大学生がお金持ってるっていうのは創造しにくいけど、逆は簡単かもね。しかも、株式で稼いだとなると余計にね」

 妬みで絡んで来たのか、たかりに来たのか。城山の頭上に靄がかかる。無視すればいいだけ話だが、何故か彼女との会話を続けたい気持ちが勝っていた。

 そして、この女性が何者なのか、その答えを一番望んでいる。

「なるほど、もっともだ。それを実現した奴が近くにいると、より想像しやすいだろうね。もう一度聞くんだけど、君は一体どこの誰なんだ」

「誰にでも知られてるとは思って無いけど、あなたが知らなかったのは意外。多分 あの組織内だったら、あなたと同じくらい有名だと思う」

城山は自分が大学内では有名だと分かっているつもりだ。大学生ごときが何億と言う金を持っているとその枠の中だけなら、かなり有名になるのは自然な事だろう。

「そうか……申し訳ないけど俺は知らないな」

 女性の目が一瞬暗くなったのを城山は感じた。

「知らなくていい。私はあなたとは違う意味で有名だから」

「そうだろうね。俺みたいな名声の手の入れ方はあんまり無いだろうな」

「そういう意味じゃ無いって分かってる癖に。でも、あなたが手にいれたのも、私と同じモノなのはわかった」

「それ意味分かって言ってるよね」

「もちろん、あなたも望んで有名になった訳じゃ無いって事でしょ」

「俺の場合は事故だったんだよ。たまたま欲しい時計を買ってるのを見られてね」

 その後に銀行の引き落とし明細まで見られたのが決定打だったのだが、時計を買ってなければそれも見られて無かっただろうに。

「まあ、他に使うことも無いから別にいいんだけど」

知られてしまってからの対応を明日菜と永坂が対処して「SNS会」が生まれた。

「そんなものなのね。てっきり弱みでも握らてるのかと思った」

「同じ用なモノだよ。嫉妬とかいわれのない憎悪とか色々な感情を緩和する為の出費だから」

「お金を出してる間は恨まれる筋合いは無いって事ね」

「そういう事」

「くだらないね」

「ああ、俺もそう思う。こんな事やる必要無いって思ってるんだろ」

「それも含めて全部が。お金を出してる貴方もそうだけど、それに群がる人達もくだらない。一番はくだらないのは、それに気付いてるのに知らないふりをしている貴方」

「王様になるのは気持ちがいいんだよ」

「それも嘘でしょ。だって本当の貴方は――」

 そこから先の言葉がその口から出ることはなかった。代わりにため息が一つあり、別の言葉が発せられた。

「貴方にお客さんみたいよ。お邪魔のようだし、この辺りで撤退するわ」

 立ち去ろうとする女性を引き留めようと立ち上がるが、その前に背中から聞こえた声に阻まれる。

「今の人、三瀬さんだよね。知り合いだったんだ」

どこか刺のある声は明日菜だった。

「いや、珈琲を飲もうとしたら急に話しかけてきたんだ」嘘では無い

「だよね。てっきり、知り合いかと思ちゃった。正義と絡むのはあり得ないよね」

 妙に意味深な言葉に疑問を感じるがスルーする。

「それで、三瀬さん? あの人は何者なんだ」

「なんか変な事言われたの?」

「まあ、そうかな。決して普通の会話では無かったよ」

明日菜はつまらなそうに相槌を打ってから、呟くように言う。

「三瀬 瞳さん。お父さんは陣内 宏太。7年前のあの通り魔事件の犯人。あの子は殺人鬼の娘だよ」



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