「付喪神(つくもがみ)の章」

〇五六 良 薬

「まあ威勢がいいのは結構だけど、牛鬼うしおにとの戦いでだいぶ消耗してるんじゃない? 僕にとっては好都合だけどね」


 悔しいけど、目の前の敵、魔少年ディクスン・ドゥーガルの言うとおりだ。

 今の私だけじゃない。火車も御滝水虎おんたきすいこも、鬼力を使い切って疲労困憊ひろうこんぱいだ。

 なんとか妖具化ぐるかはできても、夜叉戦舞やしゃせんぶはおろか、斬術を一回撃つだけでも、相当時間を稼がないと駄目みたい。


 ましてや、今魔少年がびだした虚兵は、そうさせないための布石だ。

 私が今まで戦ってきたウツロの総数よりも、明らかに数が多い。

 質より量で押し切ったあと、大型の虚兵を呼び出せばそれで事足りる。

 この可能性を考えてないわけじゃなかったけど……。


「どうするか、少しだけ待ってあげるよ。

 僕としては黙って牛鬼を差し出してくれてもいいし、精一杯抵抗してもらってもOKだから。

 どっちを選ぶか、楽しみだなーー」


 魔少年は嬉しそうに両手を広げている。完全に余裕だ。


「涼子さま、ご心配なく。

 こんなこともあろうかと、夜叉姫様が処方箋レシピを用意してくれたお薬があります。

 現役ビオトープ管理士、超ぐったり@人間になろうさんこと、はくたくさんが書いたネット展開の食エッセイ、

 『きゃっち☆あんど☆いーと』

 にも載っている、朝鮮五味子チョウセンゴミシもたっぷり入ってます。

 これを飲むだけで、体力や鬼力がスカッと一発回復します!」


 猫又がどこからか小さな壺を取り出した。紫色で、謎生物みたいなデザインに一瞬引く。


「……あの、これ、ツボのデザインが禍々まがまがしいんだけど。

 そもそもなんに効くの?」


「身体にいいやつです!」


「……………………」


 そこまで断言されると返す言葉も無くなる。無言で壺を受け取って、鼻呼吸を止めて中身を一息に飲み干す。


 ――――うっぷ。戻しそうになったけど、なんとか飲み込んだ。


 ドクダミとかヨモギなんかを、可能な限り煮詰めたらこんな味になるのかな?

 それに、何だか松ヤニの匂いも混じってる。

 少しミントっぽい感じもするけど、とにかくどろっとしててのどに残る感じ。

 聞くと後悔しそうだから、材料は聞かないようにしよう。

 さっきよりは身体が楽になったけど……味が味だからあんまり効いた気がしないなあ。


「涼子さま、あとこれを」


「涼子、さっき薬屋ドラッグストアで買ってきたニャ。備えあればうれいなしだニャー」


 五徳猫は、金色の紙箱に入った栄養ドリンク(確か一番高いやつだ)。

 火車はスッポンドリンク。それに……赤マムシドリンクを差し出してきた。

 私は、五徳猫から箱入りのドリンク剤だけを受け取って、一息に飲み干した。

 鼻に抜けるへんな匂いをなんとかこらえて、改めて中空に浮いたままの魔少年、ディクスン・ドゥーガルを見た。

 小学二年生くらいの、黙っていれば愛らしいだろう顔が邪悪に歪む。喜悦満面といった感じだ。


「やっぱり僕らと闘うやるのかあ。うん、ベストの判断だよ。お互いにとってね。

 それじゃ、行こうか!!」


 ドゥーガルが両手を横に伸ばすと、それまで待機していた蟲たちが耳障りな羽音を立てて一斉に羽ばたきだした。

 私は夜叉の浄眼、右手に着けた篭手こてを横に突き出す。


「じゃあ行くわよ、火車!! 妖具化ぐるか!!」


「イヤニャ」


「へ?」


「大物ならともかく、あんニャ雑魚ザコどもを、ちまちまちくちくやっつけるのは私の性に合わないし、めんどくさいニャ」


「そんなこと言ったって、御滝水虎だってもうへとへとなんだよ?」


 いつの間にか顕現体じゃなく、鬼力の消費を抑えるための、いわゆる省エネモードのトラの子供、みこ と みとらになってる。

 立ってるだけでも辛そうだけど、それでもしっかりドゥーガルを見据えている。

 火車はスッポンドリンクとマムシドリンクを、小指を立てて立て続けに飲んだ。


「んぐんぐんぐ、ぷっはぁーーーー、きっくぅぅううーーーー。涼子、御滝おんたきじゃニャくても、適任はいるニャ」


「誰のこと? 鎌鼬?」


「すぐここニャ。猫又また五徳猫ごと、露払いは任す。雑魚ザコどもを片付けてやれ。

 涼子に、ごはんや家事だけニャなく、戦いでも役に立つことを見せつけるニャ」


「二人とも……戦えるの!?」


「ニャにを言ってる。こないだ、なんのために風呂に浸かって親睦を深めたのニャ? 二人いれば妖具化ぐるかできるニャ」


 ――――あーーそうか。

 思い出したくはないけど、あの阿鼻叫喚の地獄絵図のあと、二人が宝珠になって妖具化ぐるかできるようになったんだった。

 二人はすでに臨戦態勢になってる。


「ああーー、私はもう時間切れニャ」


 火車は、身体が縮んで子猫の姿になった。物陰に素早く隠れる。しばらく妖具化ぐるかはムリみたいね。


「それじゃあ、二人ともお願い!」


「「はい!」」


「妖魅顕現、妖具化ぐるか描妖珠びょうようじゅ!!」


 瞬時に二人が大きな猫に変化した。同時に、一つの宝珠になって夜叉の浄眼に吸い込まれた。

 両方の手のひらから光が放たれて――――


「…………これ、なんだよね……」


 両手には、もっふもふの大きくて長いしっぽ……にも見える鞭、それが二本出現した。

 右手のはキジトラ模様、左手のはサビ色で、鞭の先端部分は20cmくらい二股に分かれている。

 ちなみに、五徳猫のしっぽらしい左のは先がちょっと曲がっキンクしていた。

 名前は『双猫鞭そうびょうべん』。

 属性は、当たり前かもしれないけど無し。

 なんか、頼りない……。


『涼子さま、存分に振るって下さい!』


『私たち、頑張ります!!』


 しゃべれるのね(火車もそうだったけど)、まずはやってみるか。


 ギシャァァァァァァァァッ!!


 黒くて巨大なガガンボにも似た、切り羽虚キリバネウツロが大挙して、弾丸のように襲いかかってきた。

 野球のサイドスローみたいに腕を振るうと、弧を描くような軌道で蟲型のウツロに当たった。


  ザシッ! ザシザシッ!!


 見た目に反して、一撃で数体、鉄錆のように虚が砕ける。

 拳を突き出すように撃ち込むと、鞭の先端も高速で前方に突き出されて、虚を貫くように撃破した。


 バシュッ!


 どうやら見た目以上に威力はあるみたい。鞭を使うのは初めてだけど、腕の振り方次第では打撃武器にもなる。


「涼子さん、海からも虚兵ウツロへいが来ます!!」


 岳臣たけおみ君が、自力で海から上がって来た(そういえば忘れてた)。

 見ると、磯からわらわらと新手のウツロがやって来る。

 その姿は真っ黒い、水死した足軽みたいだ。

 頭には――――陣笠の代わりに大きなフナムシを被ってる。というか、これも身体の一部なんだ。

 手に手に錆びた刀とかなた、斧なんかを持ってる。

 フナムシ部分の触角とかあしがわしゃわしゃうごめいて……気持ち悪いなあ。

 おそらく、夜叉姫が過去に戦ったことがあるみたい、視界に虚兵のデータが喚起される。

 


【種族】:下級虚兵

【名前】:舟蟲兵フナムシへい、リジーゾティカ

【特徴】:虚蟠兵ヴァルゲアーと同種の、節足生物を素体にした虚兵。

 攻撃力や装甲、守備力は低いが、その分機動力に長ける。集団戦を得意とするため、大挙して来た場合は注意が必要――――


 索敵データを読むよりも先に、舟蟲兵リジーゾティカが襲いかかってきた。

 最初に諸手を上げてきたのを、左の鞭で打ち据える。

 二股になった鞭が、虚兵の首をつかんだ。右の鞭を横薙ぎして牽制してから、舟蟲フナムシの虚兵達に上から叩きつけてやる。


「はあっ!!」


 一気に五体ほど吹き飛ばせた。二条の鞭でウツロの群体を蹴散らしていく。

 なるほど、ただの鞭じゃない。ある程度伸縮自在だし軌道も思いのままだ。

 普段以上に、虚の気配が全方位から感じられる。彼らの腕や肢の動きが一挙手一投足わかる。

 一対多数の戦いには、刀や薙刀なぎなたより向いてるのかも。

 二本の鞭を手足の延長のように振るって、切り羽虚や舟蟲虚リジーゾティカぎ倒していく。




         ――――んっ    ――――く ふっ


「――――……え? なに?」


 ……は……ぁっ


        ん  ん……


                   ……や、ぁ…… ぁん……


「ちょっと、二人とも。

 戦ってる時、頭の中でヘンな声出さないで。頭の中に響いて集中できないから。

 ひょっとして痛いの?」


『い、いえ痛くはないんですけど……』


『普段の感覚で言うと……。

 おしりの……しっぽの付け根あたりが、ムズムズするっていうか。

 あ、でも痛くはないから大丈夫です。もうじき慣れるというか、ほんとに痛くはないんで。

 ただムズムズして、たまに……なんていうのか、ほわっとするっていうか』


「ダメじゃん!! そんなのなんか……とにかくなんとかしなさい!」


『は、はい! ええっと……はい、感覚遮断しました! これでだいじょうぶです!』


 まったくもう……。

 でもこれで闘いに専念できる。私は二本の鞭を生かし虚兵を次々とほふっていった。

 ウツロたおすと出現する、オレンジ色に光る珠、オーブを吸収すると心身ともに力がみなぎる。このまま持久戦に持ち込めば――――!


『涼子さま、さすがです!!』


『そのお耳も素敵です!!』




 ――――…………みみ?

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