第5話 予選
「この無能め! 覚悟しろ!」
「あははは! 怖くて足が竦んでるみたいよ」
「竦むってどういう意味?」
「ママ助けてって泣いても許さないぞ」
「うーん。なんだこの状況は……」
カラフルな少年少女に取り囲まれていた。ごめん、俺、どうしても高三の記憶があるから違和感しか覚えない。日本では逆だったし。子供達に取り囲まれるどころか、近づくだけで逃げ出していたからな。見た目で変質者扱いしないで欲しい。
「食らえ! 『ウォーターボール!』」
「おお!?」
魔法を初めて見た。うちの連中は全員近接スタイルで誰も使えないのだ。まあ、魔法といっても小さな子供が出すものなので、ちょっと大きい水風船だ。首を傾けてそれを躱す。
「無能の癖によけるなんて生意気!」
バチバチバチと電気のようなものを纏った剣が俺の顔の前を通りすぎる。これって当たるとやっぱり痺れるのかな。
「この! ちょこまかと! 貫けシャイニングアロー!」
凄いな。弓にも属性を乗せれるのか。まあ、へなへなに飛んできて俺の手前で落ちたけどね。
「なあ、僕よりも周りの奴らの方が弱いと思うぞ」
「ふざけるな! 無能が強いわけあるか!」
「無能なんて生きてる価値がないって父さんが言ってた!」
「神に見放された人種なのよね!」
なんか腹が立ってきた。この子らにというよりも、それを教育している大人連中に。
「はあ、世界が変わっても大人は腐っているということか」
武闘大会予選はバトルロワイヤル形式。児童の部の参加者は三百人超。結構多いよな。まあ、半分くらいは俺のようにこの街の外から参加しているようだが。これが十六グループに分けられて予選が行われている。本選出場枠はグループにつき一つ。最後までステージに残った者に与えられる。
「こら逃げるな!」
「自分からステージの外に落ちる気か!」
「敵前逃亡は死刑よ!」
逃げは常套手段だろ。敵わない相手ならさっさと身を隠す。それを選択できるかどうかが生死を決める。俺はVRゲームでそれを思い知った。ただ、今回はそういうわけじゃない。俺はステージの端で立ち止まる。
「食らえ! うわぁぁああ」
「これならどうだ! あっ――」
斬りかかってきたのを躱して軽く背中を押す。それだけで場外失格。体当たりしてきた子供は跳び箱の要領で飛び越した。それだけで勝手に外へと落ちていく。
さて、問題は遠距離に離れて攻撃する奴らだな。どうしようか。
「あれれ?」
すでにステージには誰も残っていなかった。いや――。
「随分とまどろっこしいことするんだね」
ステージの中央で口角を吊り上げるローブ姿の小さな少年。俺と同じか、もしくは歳下かもしれない。
「いやいや、この程度の実力しかないからさ」
「何いってるの? ぼく驚いたよ。属性なしでもそんなに強くなれるんだね」
素直に感心していた。あ、こいつやばいな。髪が真っ白だよ。混じりっ気が一切ない。
「お前さ、この一瞬でどうやって他の奴らを仕留めたんだ? みなバラバラに距離をとっていただろ」
「簡単だよ。こうしたのさ」
少年が両手を開いた状態で静止する。柏手をパンと打つ前の姿といえばいいだろうか。掌の五十センチほど上空、そこに左右それぞれ三本の氷の杭を浮かべていた。まじかよ……。
「無詠唱で同時発動かよ」
「ふふふふ、杭一つから制御できるんだ。これで一瞬だったよ」
まさか児童の部にこんな使い手がいるとは……。まずいな。まともに戦っても勝てる気がしない。
「降参してくれないかな?」
「ふふふふ、きみ面白い。降参するじゃなくて、僕に降参してくれっていうなんて」
「いやまあ、お前にアレが防げるのかと思ってさ……」
そう言って俺は少年の頭上を見上げる。
「なんだと言うの? ぼくにはなにも――。あっ!?」
少年が上を見た瞬間に距離を詰める。純粋な少年を騙すような戦法でごめん。でも俺は本選出場の祝い金が欲しいのだ。綺麗ごと言ってる場合じゃない。
慌ててアイスニードルを放つ少年。だが冷静さに欠けていた。大人だって奇襲されると焦るんだから当然だろう。
ジグザグに走るだけで、氷の杭が俺の脇を通り抜けていく。よし、全部躱したぞ。あとはあいつを蹴り飛ばせば――。
「嘘だろ!」
思わず驚きが口を突いた。なぜなら、少年の体が白い光に包まれていたのだ。いつのまにか両手に細長い剣を持っていた。無論、剣にも氷属性が付与されていた。まじかよ。その歳で肉体強化使えるのかよ。ていうか魔法と剣のダブルかよ!?
「ふふふふ、残念だったね」
相手が構えている所に突撃していく格好だ。しかも相手は二刀流だ。剣一つを弾いたとしても、その間にもう一方で斬られそうだ。なんてこった。追いつめられた状況に俺は唇を強く噛む。
「ふふふふ、ここは特別だから死なないけど、痛みは変わらないよー」
「糞がっ! ガキの癖に生意気なんだよ!」
走りながら剣を斜め左下へと引き絞る。全速で斬り上げるしかない。それを迎え撃つ少年は片手は上段、もう一方は下段に構えていた。一つ一つの動作が流れるようで、俺よりも格段に速い。
「子供なのは、きみも同じ――。ああっ!?」
相手が目を瞑っている隙に俺は剣を振り上げた。それは無防備な少年に見事に命中、ステージ外にまで吹っ飛んでいった。
「ふう、なんとか勝ったな」
「第五グループ、勝者ルイス=ファイゴス!」
その瞬間、コロセウムが揺れた。大盤狂わせに大歓声? いや違うな。これは完全にブーイングだ。
「きみ! 卑怯じゃないか!?」
先ほどの少年が目を擦りながら俺に詰め寄ってきた。おお、タフだな。ダメージないのかよ。
「なにがだ?」
「なにがじゃない! 目つぶしに血反吐なんて最低な屑のすることだ」
そう、唇を切った血を唾に混ぜ、相手が剣を振りかぶった瞬間に目へと吐き出したのだ。前世でよく飛ばしてたからね。高三で痰が良く絡むってどうなんだ、と自分でも思ってたけど。
「これが野外での戦闘だったら、お前は文句を言わなかっただろう」
「は!? なんでだ!」
「いまごろ、出血多量で死んでるからさ」
「うっ――」
少年は首を押さえてだまってしまった。そこにはハッキリと赤いミミズ腫れができていた。
「ふ、ふふふふ、いつかこの借りを返してやる……」
「そんなもんいらん」
「ふふふふ、本選でぼくの兄弟子たちにボコボコにされたらいい……」
えっ!? 嘘でしょ。こいつよりも強いのが本選ではゴロゴロと出て来るのか? あー、本選で勝ち抜くことは到底無理そうだ。卑怯な手は一度きりしか使えないからな。ま、本選に出ることが目的だったし、そこは諦めるか。
俺が闘技場のステージから消えるまで野次は止まらなかった。卑怯者とか無能はわかるが、金返せとはどういうことだ。もしかして、賭けでも行われているのか。
そして午後は観客席から兄たちの戦いを観戦した。
「糞っ! あともう少しだったのに。男なら剣で勝負しやがれってんだ」
「近接スタイル相手に魔法使いが魔法使うのは当然だけどな」
「煩い!」
むしゃむしゃと肉をがっつくボッシュにレオンが突っ込んでいた。今日もテーブルの上には肉が並ぶ。本選出場を祝ってのご馳走だ。ボッシュの場合は違うけどね。開始早々、ファイアボールを顔面に受けて一発ノックアウトされていた。
「レオンは危なげなく本選出場だったね」
「当たりがよかったんだな」
「ルイスもおめでとう」
「あ、うん……」
「おめーは卑怯な手を使いやがって! うちの家名に泥を塗るつもりか。だから無能は――」
「「ボッシュ!」」
「確かに手としては褒められるものではない。だが、ルイスはああでもしないと勝てなかっただろう」
「そうだね。カラード相手だったし」
「逆によく勝てたと感心したぞ」
父とレオンは真剣な表情で頷きあっていた。
「カラード?」
「ああ、ルイスは知らないか」
「原色至上主義集団とでもいえばいいのか」
「混じってる奴らは自分達の奴隷になるべきだと思ってるイカれた連中だな」
なんだその白人至上主義みたいなのは。
「だが強いのは確かだ」
「俺が昨年負けた相手もカラードだった」
うちの長兄でも勝てない相手って相当なもんだな。
「連中は力が高いので国の中枢に入り込んでいる」
「それが各国での差別を助長しているんだ」
「獣人に対しては?」
「人とすらカウントしていない。人目を忍んで狩ってるという噂が絶えない」
カラード、許せん……。モフモフさんを虐めやがって。
「ルイス、明日はこれで武具でも新調してこい」
「え? こんなに……」
父から手渡された布袋には硬貨がぎっしりと詰まっていた。銅貨だけでなく銀貨も数枚入っているようだ。こんな大金どうしたんだ? この前の魔結晶を売ってもここまではいかないだろ。
「好きにしろ。それはお前の稼いだ金だ」
「え……。あ、父さんまさか」
「ぼろ儲けだ。半分は父さんの取り分な」
夕食の間、父はずっと上機嫌だった。もしかして子供達が本選に進んだからではなく金が儲かったからなのか?
「でも、僕なんかに賭けたの?」
「僅かにでも勝つ可能性があれば息子に賭けるのは当然だろ」
「父さん、わりーな。期待に応えられなくて。損した金は来年返すわ」
「いや、ボッシュには賭けてないから問題ない」
「なんでだよ!?」
「俺は勝つ可能性があればと言ったんだ。自分の実力がわかっただろ。村に戻ったらたっぷりとしごいてやるからな」
「ぐっ……」
「父さん、俺は?」
「レオン、お前は倍率悪すぎだぞ。賭けても一割しか金が増えないんだ。面白味が足りん」
「面白味って……」
「まあ、レオンは優勝候補筆頭だから仕方ないよ」
「本選の賭けになればもう少し倍率も上がるだろう。楽しみだな」
うちが貧乏なのって父さんが賭けで大金をすったとかじゃないだろうな。少し心配になってきた。
「いずれにしろ、明日の成人の部を見てから買い物に行った方がいいぞ。大人の闘い方をみてよく学ぶといい」
「うん、わかった」
もしかしたら、カラードに一矢報いる手が見つかるかもしれない。本選も一回位は勝ちたいしな。
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