第4話 冒険者ギルド
「ルイス! 突っ立っていないで早く行くぞ」
「う、うん……」
正門を抜けるとそこは別世界。
二階建てのカラフルな石造りの建物が立ち並ぶ。その中央を石畳の大通りが走っていた。闊歩する人の数が半端ない。そして何より――。
「レオン! すごい! 凄いよ!」
「ああ、大通りの突き当りに見えるデカい円柱の建物。あれがコロセウムと呼ばれる闘技場だ」
「違うそうじゃない! あれ獣人だよね!」
「ああそうか。そういえばルイスは見るのは初めてだったか。だからって指を指すのはやめよーな。失礼だぞ」
コスプレじゃない。本物だ。兎や猫や犬、狐などなど。見た目は人族とそう変わらないが耳と尻尾がその特徴を示していた。うおー、モフモフしてえ。人間嫌いだが動物は好きなのだ。でも、その間の獣人はどうなんだろう……。よくわからん。
「おい、レオン。皆を連れて宿にチェックインしておけ」
「父さんは?」
「俺は冒険者ギルドで魔結晶を売ってくる」
「父さん! 僕も一緒に行っていい?」
「なんだルイスはギルドに興味があるのか?」
「うん!」
登録するにも下調べは重要だからな。
「ここがギルドだ」
「うわー! すっごいね!」
子供らしく大げさに振る舞ってみた。まあ、確かに大きい。横幅は他の店の数倍。高さもここら辺で唯一の三階建てだ。日本と比べたら大したことないが、石造りなのは新鮮だ。
「なかは騒々しいからはぐれるなよ」
「これはまた……」
ギルド内はあまりにも想像通りだった。右手にはカウンターが幾つか並んでいる。所狭しと壁に張られたクエストと思われる張り紙。そして左手は食堂というか酒場? まだ日は沈んでいないのに、すでにギルド内はアルコール臭い。うむ、定番だ。
「おい、あれって……」
「獄炎じゃないか!」
「最近見かけなかったけど生きていたんだな」
酒場に座る連中がこちらを見て、ざわめていていた。おー、いろんな格好の連中がいるな。種族も様々だ。
「父さん、獄炎ってなに?」
「ん? さあな」
そんな周囲を気にせず、父はスタスタとカウンターへと歩み寄る。
「なあ、これを売りたいのだが」
皮袋を取り出し、机に中身を出す。おお、結構な数の魔結晶だ。サイズも大小様々。大きいものはペットボトルのキャップくらいのサイズはあった。どうやらゴブリン以外にもいろいろと仕留めていたようだ。
「それではギルドカードを提示してください」
「ああ、これだ」
「Bランク!? 獄炎のエンリケ様じゃないですか!?」
「もうその名で呼ぶのは止めてくれ。昔の話だ……」
頬を掻いて恥ずかしそうにしていた。厨二病みたいな通り名は我が父でした。若い頃は随分とはっちゃけていたのかもしれない。
「父さん、冒険者登録って何歳からできるの?」
「ん? 冒険者に年齢制限なんてないぞ」
「じゃあ、僕も登録できる?」
「勿論だ。なんだルイスは冒険者になりたいのか?」
「うん。できるならいま登録したいな」
「さすがに未だ早すぎるのではないでしょうか」
ギルドの受付嬢が顔を顰める。おい、余計なこというな。
「ふむ……。早いと十歳から登録する奴もいたよな」
「ええ。ただ、ご子息はそれよりもずっと若いかと」
「なら大丈夫だ。こいつはこう見えてもそこらの十歳なんか目じゃないからな」
「獄炎さまはそう仰いますが……」
「だからその名で呼ばないでくれ。エンリケで頼む」
「失礼ですが、お子様は属性をお持ちじゃないのでは……」
俺を一目みて、言い難そうに口を開く。街中で無暗に絡まれないように帽子を被ってはいる。が、面と向かって話すと瞳の色でバレるのだ。この世界にもカラーコンタクトレンズってあるのかな。あれば絶対に買うんだけど。
あれ? そういえば今、可哀想な目で見られはしたけど、侮蔑は感じなかった。もしかしたら街には何人か同じような人がいるのかもしれない。
「問題ない。そんなものに頼らなくてもこいつの強さは本物だ。俺が保障する」
「そうですか……。でしたら、あちらの登録専用カウンターにて手続きをしてください」
ギルド登録に必要な情報は大したことがなかった。名前、人種、性別、年齢、出身地、属性、得意な戦闘スタイルくらいだ。申請書にさっと記入して受付嬢に渡す。
「では、こちらをどうぞ。無くすと再発行に費用がかかりますのでお気をつけください」
「ありがとう!」
渡されたのは白いカード。大きさはクレジットカードくらい。カードの左上にF-の文字。おそらくこれがギルドランクなのだろう。ギルドカードは身分証明書やキャッシュカードの代わりにもなるようだ。審査に数日を要すこともあるそうだが、身元保証人がBランクの父だから即時発行された。
ちなみに父のカードの左上にはB+の文字。カード色は赤。
「ねえ、ギルドランクって何が最高なの?」
「父さんの記憶が確かならSSSランクだな。でも過去に一人しかいないって聞いてるぞ」
「そうですね。現在生存する冒険者の最高ランクはSSです。それもただ一人です。Sランクですらこの世界全体で二十人に満たないです」
「じゃあ、父さんって結構強いんだね」
「まあ、そこそこだ」
「何をいってるんですか! 獄炎といえばこの辺りでは超有名人だったんですよ。望めばAランクにだって上がれる実力もあったのですから」
やはりそうか。B+ってことはランクアップ直前なのだろう。おそらくギルドカードの色を変えたくなかったのだ。なぜそう思ったか。父の髪と瞳が赤いから? 否、それだけじゃない。父は全身が赤いのだ。皮鎧もブーツも剣の柄も鞘も深紅一色で固めているのだ。なので街に入ってからも目立ちまくりだ。まるで真田の赤備えのようだ。
「まあ……過去の話だ。いまはしがない小領主だからな」
いや、おかしいと思っていたんだ。長兄のレオンはかなり強い。それこそいまの俺では全然敵わないほどに。その長兄でさえ父に剣を掠らせることすらできないのだ。ほんとなんであんな辺鄙な村で小領主なんてやっているのだろうか。
俺らは用も済んだのでギルドを後にして宿へと向かう。
ちなみに頭の中では常に俺という一人称なのだが、口に出すときは意識して僕と言っている。記憶が戻るまではずっと僕と言っていたのだ。いきなり変わると不審がられる。どこかで徐々に変えて行こう。
「なんだルイス、随分とご機嫌だな」
「まあね」
まさか初日早々で目的としていた冒険者ギルド登録を果たすとは。ラッキーとしかいえない。ちなみに父もご機嫌だ。思った以上の買い取り額だったらしい。
「おお、すげー! こんなご馳走見たことねー!」
「父さん、こんなに頼んでいいのかい?」
「ああ、大会前の前祝いだ。母さんには内緒だぞ」
目を見開いて驚くボッシュとレオン。父が誇らしげに胸を張っていた。様々な料理の皿でテーブルが埋め尽くされていた。しかもどれも肉料理だ。これはかなりの値段だろう。父よ、そんな使い方しているからうちはいつまでも金が貯まらないのじゃないかね? 後ろめたいから母さんには内緒なんだよな。
「うめぇええ!?」
初めてボッシュと意見があったかもしれない。いやマジで旨い。羊や牛はわかったが、あとは見た事も味わったこともない肉だった。もしかしたら魔物なのかもしれない。旨ければ何の肉だろーが許す。
「ねえ、そういえば試合っていつから?」
「ルイスは児童の部だから明日の午前に予選だ」
「レオンたちは?」
「俺とボッシュは午後からだな。そして明後日は成人の部の予選だ。うまく予選を通過すれば三日後の本選にも出れるぞ」
「はっ! ルイスなんか一瞬で予選落ちだろ」
いやそれどう考えてもお前だから。父もレオンも白い目を向けるが、気づかずに肉を貪りくっていた。こいつマジで本選に進めると思っているのか? 厚顔無恥というかなんというかある意味幸せな奴だな。
「本選に進めば小遣いが貰えるぞ。お前ら頑張ってこいよ」
「そういえば父さんって出ないの? 出たら絶対に活躍できると思うのに」
「出たいのは山々なんだが……。俺も小遣い欲し――」
「ルイス、過去の優勝者は出れないんだよ」
「やっぱり父さんは一番強いんだね!」
「いやいや、王都の武闘大会にも出場したが全然敵わなかったぞ。上には上がいるって痛感させられたぞ」
うちの父でも歯が立たない猛者がいるとは。そういう奴とは会いたくないものだ。なぜか俺ってすぐに目の仇にされるからね。
さて、予選くらいは勝ちたい。旅には何かと金が入用だからな。あとはどうやってこの街を出るかだが。それはおいおい考えよう。
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