どうして 1

 ――なんで? どうして!?


 暗い路地をレイナは一人で走っていた。

 シルヴィアたちと別れた後、レイナが見たのはイミナとカズサの姿だった。

 二人が幼馴染兼同僚であることはレイナももちろん知っている。二人の間に特別な関係性がないことだって知っている。


 それなのに。

 それなのに、どうして。


 ――どうして、私は逃げ出したんだろう。


 今日はこの後イミナと会うつもりだった。

 二人でご飯を食べて、ささやかな祝杯を挙げて、幸せな夜を迎えるはずだった。

 でも多分、今イミナに会っても、綺麗に笑うことができないだろうと思う。


 ――なんて……なんて醜い。


 自分の中に蠢く感情がなんと呼ばれるものかを、レイナは知っている。でもこれは行き過ぎた劣情だ。抱くべきではない、汚い感情だ。

 きっとそんなものに惑わされていたから、レイナは気づくのが遅れてしまった。


「――誰ッ!?」


 暗い路地を突き進むうちに、自分に向けられた視線にレイナは気が付いた。

 フライキャリアではランナーとして、避ける・躱す・逃げるという戦い方を選んできたレイナは、人の視線に敏感だ。いつでも俊敏に反応できるわけではないものの、誰かの視線に気づくことは少なくなかった。


「そこにいるのはわかっているのよ? 来ないのならこっちから――」

「あー! ごめんごめん! 俺だよ!!」


 暗い路地から両手を上げて出てきたのは、見知った男だった。


「ソウジ……くん?」

「決勝進出おめでとう、レイナさん」


 ソウジはイミナの幼馴染にして同僚。レイナはイミナの交友関係をほとんど知らないが、ソウジのことは何度か顔を合わせており見知っている。


「なんだ……脅かさないでよ」

「ごめんごめん。レイナさんこそ、こんなスラム街で何してるのさ。イミナとご飯行くんじゃなかったの?」

「えっと……」


 目を凝らして周囲を見渡すと、レイナは自分が今まで来たこともない道に立っていることに気付いた。


「あー、うん、なんか、ぼーっとしてたみたい」

「はは。レイナさんもそんなことあるんだね」


 爽やかに笑うソウジにつられたのか、レイナの口からも、乾いた笑いが漏れた。


 試合に勝って。


 イミナに会って。


 褒めてもらって。


 最高な一日になるはずだったのに。


 どうして自分が今ここにいるのかが理解できなかった。


「ダメだよ、こんなところ一人で歩いてちゃ」


「そうだよね。気を――」

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