ルイーザ=レンフィールド 1
ルイーザ=レンフィールド。
浮島で生きる人間なら、誰もが知っている名だ。
一昨年のフライデーでフライキャリアに出場。エドナ=シューカーとリンジー=ウォーカーの二人とともに、チーム名『ビーフステーキ』などというふざけた名前でエントリーした。
そしてビーフステーキは、その年のフライキャリアを蹂躙した。
ビーフステーキはトーナメントで当たる全チーム、全選手を撃ち落として優勝した。
逃げる敵も、向かってくる敵も、逃げる敵も、撃つ敵も、速い敵も、硬い敵も。
十把一絡げに、蹂躙した。
それはさながら闘牛のような豪快な戦いぶりで、勝ち負けよりも敵を落とすことに執着したその戦いぶりは、ファンを熱狂させた。
ステーキなら大人しく食われていて欲しいものだが、その圧倒的な力技で一昨年のフライデーを優勝。そして昨年のフライデーで連覇を果たした。
つまるところ、ルイーザは二連覇中の現チャンピオンであり、来週のフライデーでレイナたちローズガーデンが倒さなければならない対戦相手なのだ。
「おっちゃーん! お替り頂戴! あと串! 肉食べたい! 肉!!」
――それがどうしてこうなった。
その最終決戦の宿敵であるはずの牛肉が、何故か同じ卓で肉を喰らい酒を呷っている。
「レンフィールドさん、その……他のお二人はどうしたんですの?」
当然のように席を移動し、目の前に座っているルイーザに、リリアンが慎重に尋ねる。リリアンからしてみれば、ルイーザは天翼人としての地位も高い相手だ。レイナやシルヴィアが同席しているとはいえ、様子を窺いたかったのだろう。
「ルイーザでいいよ」
「えっと、それは……」
「レンフィールドって長いでしょう? 気軽にルイーザって呼んで」
リリアンが横目でレイナを窺うが、正直レイナも対応に戸惑っている。その様子を見かねたシルヴィアが「あたしもシルヴィアで」と言ってくれたのを皮切りに二人も名乗った。
「それで、ルイーザさん。他のお二人は」
「二人って……ああ、ステーキの?」
ステーキの二人って酷い表現だなと呆れながら、三人は黙って頷く。
「潰れたよ」
「潰れた?」
「一軒目で」
そこまで聞いて、ローズガーデンの三人はルイーザが既に酒を飲み始めて二軒目のほろ酔い(泥酔)状態であることと、彼女のお守をしてくれそうな助っ人がこの場に現れることはないということに気付いた。
「一人で飲むのも飽きてきたところだったんだよ。みんなが来てくれてよかった!」
ルイーザはそう言って、運ばれてきた酒を自分のグラスに注ぎ入れる。
フライキャリアの映像で見るルイーザ=レンフィールドは、美しい選手だった。長い金髪を振りながら、スタイルのいい長身で空を駆ける姿をレイナは何度も憧れた。
だが今目の前にいるビーフステーキは、そんな彼女とは似ても似つかない。
ぼさぼさの金髪をキャップで強引に押し留め、襟のない丸首のラフなシャツに足を大胆に出したショートパンツ。何を食ったらそんなに育つのかわからないほど豊満な胸は、上品さからかけ離れている。
正直に言えば、貴族としての貫録もなければ上品さも優雅さもない。
勝手に憧れていたとはいえ、レイナは少なからず幻滅していた。
「私さ、あなたたちと話してみたかったのよ」
「私たち、ですか?」
「正確には、あなた。――レイナさん」
自分の酒を注ぎ終えると、今度はその酒をレイナに向けてくる。レイナも酒に強い方ではないが、誘われた酒を断るほど弱くもない。
「それは私が、カータレットだからですか?」
カータレットは天翼人の中でも上位に位置する家系だ。それはレイナの主観ではなく、客観的な事実として、カータレットは貴族の家柄といえるだろう。
カータレットとの縁が欲しいものは翼有無にかかわらず、浮島中にいる。逆に他の貴族が、ましてやレイナと話してみたい理由など、他に思い当たる節がない。
「カータレットだから……ってどういう意味よ?」
「と、とぼけないでください! 私がカータレットの家の者だから、その――」
「ああ、そういう意味か。なるほどなるほど」
そう答えながらルイーザは、隣で見ているレイナが唖然とするほどの早さで、こくこくとグラスの酒を飲み干す。
「んなわけあるかぁ!」
そして、そのままテーブルに叩きつけた。
グラスが割れるほどの力ではなかったようだが、その音と仕草にレイナは少なからず驚いた。
「まったくもう! 私はカータレットの家になんて興味はないわよ。失礼しちゃうわ」
「すみません、ルイーザさん。うちの姫は堅物なんで」
不満を漏らすルイーザになんと声をかけていいのか迷っていると、レイナの向かいに座るシルヴィアが瓶を傾けて差し出してきた。
「あら、シルヴィアさんありがとう。……っと。それじゃあ教えてあげる。レイナさん、私があなたと話したかったのはね」
「はい」
「あなたが駆け落ちのために、飛んでいるって聞いたからよ!」
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