優先順位の問題 2

「何にやにやしてんの?」


 イミナの声に、レイナの意識が現実に戻る。

 観覧車は、ようやく頂上に達しようとしていた。


「イミナに会った日のこと思い出してた」

「……思い出して気分のいいものじゃないと思うけど」

「まあね」

「裸に剥かれてたし」

「解説しないでよ!」


 イミナの言葉の通り、レイナは裸に剥かれていた。男が何故レイナを裸にしたのか当時のレイナには知る由もなかったが、あの時イミナが間に合わなかったらと思うと身の毛がよだつ。


「まあ、最悪の日であったんだけどさ。でもあの日がなかったら、イミナに会えてなかった」

「……それさ」

「ん?」

「会わない方が良かったんじゃない?」

「そんなわけ――」


 反射的に否定しようとして、レイナは自分を落ち着ける。

 イミナは別に今の自分たちの関係を悪いものだなんて考えていないはずだ。それならばイミナの問いに否定することは間違っていない。

 でもイミナが訊いていることは、今の自分たちの関係の良し悪しではない。大事なのは過去から現在までの関係を差し引きして、今プラスにできているかどうかだろう。

 まあ、だからといって。

 過去のマイナスがいくら大きかろうと、イミナとの今がマイナスになるわけがないのだけれど。


「全部ひっくるめて差し引きして、まあ、ちょっとプラスってことにしておいてあげるわ」


 過去のどんな事件でさえ、イミナとの出会えた時点で、レイナの人生はプラスに振り切れている。そんなことは、少なくともレイナの中では、当然で当たり前だったが、あえてちょっとプラスということにしておいた。

 その方がもっと幸せにしてくれると思うので。


「ん。ありがと」

「何に対してのお礼よ、それ」


 当たり前のようにお礼を言ったイミナに、レイナは思わず笑った。

 イミナからしてみれば、レイナが「会わない方がよかった」と言わなかったことが嬉しかったのだろうか。

 レイナからしてみれば、そんな風に思われることの方が心外なのだけれど。


「あと二回」

「うん」

「あと二回で、終わり」


 レイナが呟くように言った言葉を、イミナは聞き逃さなかったし、たったそれだけの言葉で全部を理解してくれていた。

 それはつまり、イミナもそのことを心配していたに他ならない。


「そしたら、一緒に居られる」

「あと二回、勝てれば、ね」


 年に一回の祭典――フライデー。そのメイン種目であるフライキャリアの優勝には、競技者としての栄光の外にもう一つ大きな意味がある。

 フライキャリアの優勝チームには、一つの貴族と同等の地位が与えられる。

 それは貴族の家系に生まれる多くの選手にとって意味のないことではあるが、一定数の選手はこの副賞を求めてフライデーに参加している。

 フライデーの優勝者が得るのは世界最速の翼の称号。それに伴う地位は、決して低いものではない。フライデーに優勝すれば、多くの天翼人は自身の貴族としての位を上げられる。そういった意味で、フライデーに参戦し優勝を目指すことは多くの貴族にとっても決して無駄ではない。


 だがそれはの場合である。

 レイナ=カータレットは、それに該当しない。

 レイナの家――カータレットの家柄は、ただの貴族ではない。『最速』の異名を持つ世界最上位の翼を持つ家柄だ。その地位は当然高く、フライデーの優勝者であってもカータレットの家には頭を下げる。だからこの意味で、レイナがフライデーに参加することは、名実ともに無駄なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る