わたしは、伊和奈。作蔵の『仕事』を補佐しながら身の回りの世話もしているよ。

 わたしは怒りっぽい。作蔵には悪いと思っている。それでも作蔵は怒り返さない。でも『仕事』の真っ最中の作蔵は凄い。わたしだって圧倒される。


 本気で『仕事』をする作蔵は真面目。

 真面目だから、わたしは作蔵がーー。


 作蔵に、わたしが出来ることはとことんすると、決めている。


 ***


 わたしに目覚まし時計は要らない。だって、外が明るくなれば朝、暗くなれば夜を知ってるから。

 四季だってちゃんと感じてる。

 春一番の風、夏の暑くて強い日差し、秋を彩る朱や黄色の樹木。冬は炬燵で丸くなる作蔵。


 食べ物の味、藁の匂い、水の感触。作蔵が脱ぎっぱなしにしたままの服をひろって洗濯機に放り込むーー。


「伊和奈、新しい『語り』が決まったぞ。お披露目をしたいから此方に来てくれ」


 ……。

 作蔵の嬉々とした呼びかけに拍子抜けた。


 二層式の洗濯機の脱水層に洗い上げた洗濯物を詰め込んで蓋をして5分後に脱水が終わようにタイマーをセットすると、作蔵の傍に行った。


 ーーべらべらべらべら……。


「作蔵、わたしは訊きたい」

「落ち着くのだ、伊和奈」


 喧嘩をするほど仲がよい。と、いうのだろう。伊和奈は作蔵に今にも拳を振り上げそうな態度を示していた。


 作蔵に『語り』を頼まれたのだよ。

 明かせるのはそれだけだ。伊和奈、止すのだ。どっちみち作蔵に拳は効かないだろう。


「わかってるわよ。わたしは、作蔵と違う“体質”だからね。例えば、耳を指先で摘まむとしてもすり抜けてしまう。そのかわりーー」


 伊和奈は作蔵の襟首を掴んで引きずって去っていった。


 さてと、気を取り直して『語り』をする。


 騒々しいと、いうのだろう。

 作蔵と伊和奈はご覧の通り、相変わらずな日常だった。

 勿論、季節だって普通に移り変わっていた。

 黄金色に彩る稲の穂は垂れて、刈られる。藁の匂いが堪らなく最高だ。

 果実は、石榴ざくろが割れて中の紅い小さな実の歯応えが面白い。


 まわりを見渡せば、当たり前。暮らしがあれば、気にしない。


 しかし、作蔵には当てはまらないことだらけだった。

 何故ならば『仕事』が普通ではないからだ。

 どんな小さな依頼でも請け負い、収入を得る。見かえりは、必要以上に催促をしない。はずしてもしつこくうことはしない。


 まるで、掟。いや、呪縛。


 作蔵のつられて、取りつかれる『仕事』が、本日も舞い込むのであったーー。



 ***



霜月しもつき

 竹で組まれる垣根から低樹木の葉がはみ出している、木の門構えに備えてある表札を、作蔵が見据えた。


 作蔵の右手には、メモ用紙を破いて手描きされた地図が掴まれていた。


 遡ること、1日前。1通の郵便物が作蔵の家に配達された。しかも、速達便の封書。受取人欄に判子を押して、配達員から受け取ると即、開封して中身を確認した。入っていたのはーー。


 立ち込めた茶褐色の煙に混ざって日時と場所を指定した“声”そのもの。


 ーー作蔵。明日に来てなんて、無茶苦茶な内容だよ。


 ーー心配するな。今回の『依頼』は、俺だけで行ってくる。


 渋渋と、伊和奈は聴いた“声”から地図を書き記して作蔵に渡したのであった。


 と、作蔵が昨日のことを思い出していたときだった。


「ようこそ『蓋閉め』さん。お入りください」

 門の呼鈴を鳴らしていないのに、呼びに来たのが誰だと、作蔵は訊ねなかった。


「すいませんね、突然の『依頼』でさぞかし慌てられたことでしょう。お茶を用意いたしますので、しばらくお待ちください」


 門を潜り抜け石畳が敷き詰められる道を歩いて横開き戸の玄関に辿り着く前、作蔵は辺り一面の景色が気になった。

 今朝、朝食を取りながら視たテレビの気象予報だと、季節に合った平年並みの気候。ところが『依頼』を郵便物で差し出した送り主が住んでいるだろうの敷地内に足を踏み入れた途端、しかも歩く度に気候が移り変わるように感じたのだった。

 見上げると牡丹桜が咲いているとおもえば今度は植木鉢に植わる鳳仙花。そして、極め付きはラッパ水仙が地面に直植えされていた。


 伊和奈をつかわせなくてよかった。

 伊和奈の“体質”の免疫力は『今を刻む時』はあるが『曖昧な時』は、備わってない。


 つまり、伊和奈そのものが消えてなくなる。を、意味していたーー。


「お待たせしました。屋敷で栽培して摘んだ新茶と家主手作りの茶菓子でございます」


 案内された応接間の上座にいる作蔵は、思いに更けていた。

 座卓に緑茶と薩摩芋さつまいもの茶巾絞りを置いたのが誰だと、我にかえった作蔵はやっぱり訊かなかった。


“新茶”と、いうことはーー。

 作蔵は、屋敷内での今の季節を表す品を目で追ってさがした。


「摘むと、いっても我が家で楽しむ分ほどですよ。でも、毎年の茶摘みはご近所さんもお祭りのように楽しまれております。加工も勿論、ご近所さんにお願いしてお手当てを支払ってですけどね」


 なかなか茶に手をつけない作蔵に、味わってほしいと催促しているかのような話し方だった。

 作蔵は、季節をさがすことをあきらめて新茶が注がれている湯呑みを掴んでひと口つける。


 味が妙だった。だとすれば、茶菓子も同じくーー。


「『蓋閉め』さん、気になっているのですね。お出ししたお茶は正真正銘“新茶”です。ただし『我が家の時間』では、ですけどね」


 作蔵は、言われたことに呼吸をととのえた。

 相手が誰であろうが、うかつに下手なことはできない。だが、情況を打破する手立てを考えないわけにもいかない。


「自己紹介がまだでした。俺、もとい、私はあなたがおっしゃった通り『依頼』の元に“蓋を閉める”を生業なりわいにしている作蔵と、申します。唐突ですが『依頼主』と詳しく『依頼』の目的をお話し合いをしたい。勿論、代理でも構いません。まずは『依頼』と、なった経緯を訊きたいと申し上げます」

 単刀直入で話題に踏み込むのを避けた作蔵だった。


「そうですね、火急な申し出をしたのは此方ですからね。失礼致しました、私は霜月家で従事を務めている秋名井あきない紅葉もみじと、申します。口を開くのが取り柄で“能弁婆”と、渾名あだなで呼ばれております。いき過ぎた言葉で相手を傷付けた不祥事を何度もしてはその度に霜月家の主に尻拭いをさせてしまいましたのでございます。他にもーー」


 時間の経過がわからない。いや、時の刻みとは無関係と思えるほど、作蔵は漸く知ることができた相手である“能弁婆”の『熱弁』を根気よく聴いた。


「おかわりをお願いします」

 作蔵は、出された緑茶を無理矢理飲み干した。


「あら、あら。喉を乾かせてごめんなさいね、直ぐに淹れますからお待ちください。そう、そう。ポットと急須と茶筒もお持ち致します。あ、お茶菓子も沢山ありますから、どんどん召し上がってください」


「『お茶を湯呑一杯だけ』で、良いです」


 作蔵は“能弁婆”が離れた隙に、正座していた痺れから解放されたーー。













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