第14章5話 謁見

 魔王、ディスティールに帰還する。この情報は瞬く間に魔界に広がり、ディスティール帰還から1週間、各地の魔族長が、魔王への謁見にやってきた。

 玉座の間にずらりと並んだ魔族長たち。獣人化をしながらも、それぞれ個性豊かな見た目をした魔族長たちは、しかし皆が同じような服装に身を包み、同じように姿勢を整え、同じように魔王への恐怖心を抱いている。


「ケンタウロス族長、イウォ・シーク! ケンタウロス族は魔王様に絶対の忠誠を誓います!」

「頼もしい限りだ」


 魔王一族の紋章を描いた旗が垂れる中、頭を垂れる魔族長たちに短い言葉をかける魔王。その度に、魔族長たちは声を震わせ、引きつった表情をする。これには魔王も、彼の隣に立つラミーやダートも、退屈していた。


「エルフ族族長シュペレー、馳せ参じました。これよりエルフ族は、魔王様と共に歩んでいきましょう」


 同じような謁見が永遠と続く中、シュペレーの登場には魔族長たちがざわめく。自尊心が強く、選民思想に染まった、2000年間もの永世中立を保ってきたエルフ族が、魔王の側についたのである。驚きざわめくのも当然だ。

 魔王も退屈しのぎの良い機会だと思い、シュペレーの顔をじっと見ながら、彼に話しかける。


「久しぶりであるな、シュペレー。エルフ族が公の場で自らの立場を明確にするとは、珍しい」


 唯一、ケーレスで出会ったことのある族長。おそらくシュペレーは、ヴァダルに対する魔王の怒りを理解しているのだろう。ここで謁見しなければ、エルフ族が滅ぼされかねないと恐れ、永世中立という立場を崩してでも、謁見にやってきたのだろう。

 ところが、シュペレーの表情は強張っていた。彼は不満を抱え、その不満に堪えきれなかったようである。


「……魔王様、ひとつよろしいでしょうか?」

「述べてみよ」


 発言の許可を下す魔王。するとシュペレーは、並んだ魔族長の1人、臆面もなくこの場にやってきた女を指差した。そして、怒りに顔を歪ませ、感情的な言葉を吐き出し、唾を飛ばす。


「なぜ……汚らわしいダークエルフ族を許すのです!? なぜ、アイレー・エルフィンなどという鬼畜女を許すのです!?」


 ヴァダルと共にクーデターを起こした、ダークエルフ族族長アイレー。あまりに苛烈な内政政策により、ヴァダルからも疎まれ左遷されていた彼女は、魔王のディスティール帰還の報を聞くなり、なんと魔王への隷属を宣言したのだ。

 ヴァダル政権の分裂を強調するためにも、魔王はアイレーの隷属を受け入れている。ところが、ダークエルフ族を嫌うエルフ族族長シュペレーは、それが気に入らないらしい。

 

 怒りをぶつけられたアイレーは、嫌味な視線でシュペレーを睨みつけ、彼の怒りを嘲笑う。


「あ~あ、これだからエルフ族は嫌ですわ。頭の固い強情者たち」


 そう言うと、アイレーは一歩踏み出し、目に――偽りの――涙を浮かべ、両腕を広げ、口を開いた。


「あの顔色の悪いナルシスト親父は、おかしな魔術を使ってわたくしを惑わせていたの! わたくしは、ヴァダルに操られて、強引に……!」

「なんだと!? 出任せを言うな! 私たちの街を焼いて悦に入っていた、汚らわしいダークエルフ族め!」

「なんてことを言うの!? 話が通じないのかしら!? わたくしは操られたと言っているじゃないの!」


 あくまで被害者であることを主張するアイレーに、シュペレーは卒倒寸前。よくもここまで堂々と嘘が言えるものだと、魔王も驚いてしまう。アイレーは魔王に顔を向け、笑顔で叫んだ。


「偉大なる魔王様! 素晴らしき魔王様! わたくしは再び魔王様の下僕になることができて、人生最高の喜びを堪能しておりますわ!」


 権力のためならば何もかもを捨てる女。それがアイレーである。魔王は呆れながらも、シュペレーを説得する。


「我に仕えるという魔族は、分け隔てなく受け入れよう。シュペレーよ、分かったな」

「……承知しました」


 拳を握り、悔しがるシュペレー。そんな彼に、魔王は言葉に魔力を乗せ、シュペレーにだけ本音を伝えた。


《安心せよ。アイレーを野放しにするつもりはない》


 魔王の本音を聞いて、シュペレーは半信半疑ではありながらも、魔王に反抗することはできず、心を落ち着かせようと深呼吸をする。

 エルフ族の謁見は終わった。だが、他の魔族の謁見は続く。次に魔王の前にやってきたのは、2人の部下を連れた、サーペント族と親しいバジリスク族族長だ。


「バジリスク族族長、イベウでございます」


 イベウが頭を下げたと同時、イベウの隣にいた彼の部下は、懐からナイフを取り出した。ナイフを手にしたイベウの部下は、ナイフを振り上げ、雄叫びをあげ、魔王に襲いかかる。


「偽の魔王! 覚悟せよ!」


 焦る魔族長たち。それでもダートやラミーは動じず、魔王は退屈そうに右腕を突き出した。魔王が突き出した右腕からはダークネス・レイが放たれ、光線がイベウの部下を消し去ってしまう。

 暗殺の失敗。イベウは真っ青な顔をしながら、魔王の前にひれ伏した。


「こ、これは部下が勝手に――!」

「我に剣を向けた者が誰であろうと、その責任はお主にある」


 裏切り者には処罰を。魔王は闇魔法『ディスピア』を発動した。魔王の腕から放たれた闇のような煙は、イベウを包み込み、イベウという存在そのものをこの世から失わせる。

 静まり返る玉座の間。ただしアイレーは、自分が裏切り者でないことをアピールするため、魔王を褒め称えた。


「裏切り者に容赦しない魔王様、素晴らしいですわ!」


 露出の激しい、きわどい格好を強調してまで魔王に擦り寄るアイレー。彼女のことなど、魔王の眼中にはない。


「クラーケン族族長の――」


 魔族たちは魔王への忠誠心をアピールするのに精一杯。バジリスク族の暗殺未遂などなかったかのように、謁見は続けられた。


    *


 長かった謁見も終わりを迎え、魔族長たちは玉座の間を後にする。静まり返った玉座の間に残ったのは、玉座に腰掛けたままの魔王と、ラミー、ダートの3人だけだ。


「終わりましたね。魔王様に従った魔族は8割ってところでしょうか。でもでも、前線にいる20万の魔界軍は、未だに魔王様の帰還を知らず、ヴァダルに騙され続けています」

「前線、ヴァダルと、サーペント族、いる。真実、伝えるの、難しい」


 現状では、魔王が完全に魔界を取り戻したわけではない。今の魔界は、魔王政権とヴァダル政権という2つの権力で分断されてしまっているのである。

 魔王政権は多くの魔族長を味方につけた。ヴァダル政権は多くの魔界軍兵士を抱えている。有利なのは魔王であるが、ヴァダルはどう動くか。ラミーはそれを推測し、ヴァダルの今後の動きに関して魔王に伝えた。


「きっときっと、ヴァダルは威信回復のため、人間界に総攻撃を仕掛けると思います。魔王様に噛み付いてくる可能性は、低いでしょうね」


 これが、ラミーの出した決断。対して魔王は、大きなため息をつき、言い放つ。


「つまらぬ」


 つい本音を漏らしてしまった魔王は、その勢いのまま話を続けた。


「こうまでして容易に玉座に戻り、魔族の族長たちが我に頭を下げる。ヴァダルは、我の敵としてはあまりに弱い。クーデターによって我を魔王の座から引きずり下ろしたヴァダルの手腕は、まぐれであったのか」


 魔王の吐き捨てたような言葉。これに、ラミーは無邪気な笑みを浮かべ、魔王の前に立つと、人差し指を立てながら言った。


「良いじゃないですか。ヴァダルのクーデターは、ちょっとした試練だったんだと思います」


 そう言って、玉座の間にわずかな光を差し込む窓を見上げるラミー。


「ヴァダルがクーデターを起こさなければ、シンシアさんやルファールさん、パンプキンさん、マットさんやベンさんたちに会うこともできなかったんですよ。ケーレスでいろいろなことがあったから、魔王様は容易に、玉座に戻ってこられたんです!」


 明るく放たれたラミーの言葉は、しかし暗く広い玉座の間に溶けていった。魔王も黙り切ってしまっている。

 しばらくの間、3人の会話が途切れた。会話が途切れると、玉座の間は沈黙に包まれ、ラミーの足音が響くだけ。


「玉座の間、静か」


 虚空を見つめたダートの、何気ない一言。ラミーは数ヶ月前のことを思い浮かべたようだ。


「ここにヤクモさんたちがいたら、賑やかだったんでしょうけど……」


 ケーレスのような騒ぎは、ディスティールにはない。ラミーの寂しい言葉に、魔王は冷淡に答える。


「ラミーよ、我らは魔界に帰ってきたのだ。これが我らの本来の姿であろう」


 父ミトラがこの世を去り、魔王となってから41年、魔王はこの環境に身を置き続けてきた。これこそが、魔王の居場所なのだ。


「そうでしたねそうでしたね」


 魔王の冷淡な返答に、ラミーは可笑しげに笑って、再び窓の外を眺める。空を見つめたラミーは、静かに魔王の側に立ち、魔王から離れようとはしなかった。

 玉座の間に残った魔王、ラミー、ダートの3人に、気安く語りかけるような者は、もう誰もいないのである。

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