第12章8話 ミュールンの戦い II

 緊張感と熱狂に包まれる、城の広間。過去の魔王と勇者の戦いが描かれたこの部屋で、魔王とストレングが睨み合う。リルは思わず興奮し、同時に己の無力さを自覚し、広間の角で呟いた。


「伝説の戦士ストレング・ビフレストと魔王の戦いか。すごいものが見られそうだね。あたしはここで見てよっと」


 つい先ほど、本気を出していなかったとはいえ、魔王のヒートピラーに第3魔導中隊を蹂躙されたリルは、魔王とストレングの戦いに手出しする気にならない。加えて、ストレングの決意を邪魔したくもなかったのである。

 魔王からすれば、リルが戦いに参加しないのは好都合だ。相手がストレング単独であれば、負けはしないであろう。


「今のところ、出番はなさそうだな。剣を抜くだけ無駄だ」

「怖いッス……」


 腕を組み冷たく言うルファールと、怯えるパンプキン。15日間、ヤクモと共にここまで旅をした2人は、ヤクモの味方をしているのである。この2人は、ヤクモが動かない限り、動くことはないのだ。

 ルファールとパンプキンは、魔王ではなくヤクモの味方であることがはっきりした。事実上、味方を減らしたのだから、魔王は喜ぶことができない。だが、それを気にしてもいられない。今の魔王の敵は、獣と化したストレングなのである。


 空高く飛ぶミュールンは、空中都市全体が冷たい空気に覆われている。そして広間におけるその冷たい空気は、張り詰めた空気として、魔王とストレングを取り囲む。戦いのはじまりは、唐突であった。

 

 太く分厚い剣を片手に、自称喧嘩最強のならず者の顔に戻ったストレング。彼が地面を踏み込んだのを見て、魔王は魔力を腕に集中させる。

 ところが、ストレングは魔王の予想に反した行動に出た。ストレングは左手に握った魔具を握りつぶし、風魔法で自らの体を強化、窓を突き破り広間を出て行ってしまったのである。広間に残された魔王たちは、辺りを見渡した。


「どっか行っちゃったッスよ?」

「ストレング、どこに?」


 首を傾げるパンプキン、見えぬ敵から魔王の背後を守るダート。3方を窓に囲われたこの広間では、どこからストレングが襲ってくるか分からない。魔王は背後をダートに任せ、ストレングの奇襲を警戒する。

 

 割れた窓から風が吹き込む中、ストレングに備える魔王たち。すると、魔王の前方の窓が砕け散り、剣を振り上げるストレングが現れる。魔王は咄嗟に氷魔法を発動、大量の氷柱でストレングの動きをけん制し、己の身を守った。

 ストレングは舌打ちをしながら、魔具を握りつぶし再び窓の外に消える。魔王は冷静に、ストレングの次の攻撃に備えた。


 数秒後、今度は魔王の右側の窓を突き破り現れたストレング。ガラスの破片を纏い、獣よりも荒々しい雄叫びを上げ、突撃するストレングに、魔王は氷の壁を作り出しストレングの攻撃を止める。

 だが、氷の壁程度では、ストレングを止めることはできない。ストレングの振った剣は氷の壁を突き破り、魔王と紙一重の距離まで剣を突き立てる。


「おい! お嬢ちゃん! 心は決まったか!?」


 一瞬の膠着状態に、ストレングはヤクモに呼びかけた。ヤクモは無反応。ダートはストレングに殴りかかり、ストレングはダートの拳を避け、またも窓の外に飛び出し消えてしまった。


「姑息な。それで我が倒せるとでも思っているのか?」


 相手を混乱させ、虚をついているつもりなのだろうか。それでは魔王は倒せない。魔王の味方は、城の外にもいるのだ。


《魔王様! 南です南です!》


 魔力に乗せられた、ほんわかとしながらもしっかりとしたラミーの言葉。彼女の助言を聞いて、魔王はすぐさま反応。南に向かって腕を突き出した。

 ラミーの言葉通り、南側の窓からストレングが現れる。魔王は不敵な笑みをストレングにぶつけ、ストレングの首を狙い、突き出した腕からアクアカッターを放った。


「うお! 危ないじゃないか!」


 飛びかかる水の刃に驚くストレング。しかしアクアカッターは、ストレングの首を落とすことはできなかった。アクアカッターを避けたストレングは、やはり窓の外に飛び出してしまう。


「逃がしたか……」


 今回は敵を逃した。次も敵を逃すとは限らない。空飛ぶスタリオンから戦場を監視するラミーがいる限り、ストレングの戦法は無意味だ。


「ラミー、敵の位置は?」

《待ってください……東です東です!》


 ストレングの居場所は分かった。今度は魔王が攻める番だ。魔王はブリーズサポートで体を強化し、東を向いてストレングを待つ。少しして、東側の窓に人影が現れた。


「そこか」


 紫色の瞳を鋭く光らせ、低い声を広間に響かせた魔王は、突撃してくるストレングに大量の氷柱を飛ばす。ストレングは氷柱を避けながら、魔王に剣を振り上げるが、彼の動きは魔王に誘導されたものであった。

 あえて氷柱を飛ばさず魔王が作り出した空間を、ストレングは走っているのだ。魔王の目の前に到着したストレングは剣を振り下ろすが、ブリーズサポートに体を強化された魔王は、そんなストレングの左腕を掴み取る。


「やはりただの老人。たわいもない」


 嘲笑し、掴んだストレングの左腕に氷魔法を発動、ストレングを凍らせようとする魔王。ストレングは剣を振り上げ、唾を飛ばし叫んだ。


「老人じゃない! 俺様は人間最強の戦士だ!」


 そう叫んだストレングは、なんと自らの左腕――義手を、自ら切り落とした。そして彼は、返す刀で魔王の顔を切りつけ、窓の外に逃げ出す。


「大丈夫、ですか?」

「フン、たかが人間が、我を傷つけたぐらいで図に乗るな!」


 右の頬から血を流す魔王は、心配するダートを振り払い、ストレングが破壊した窓から外を眺め、マントをひるがえし、声を張り上げた。

 窓の外では、魔具を使って体を強化したストレングが、城のバルコニーを走り回っている。走り回るストレングは、広間に向かって、お得意の大声で呼びかけた。


「お嬢ちゃん! 今だ! 魔王はお嬢ちゃんに対しては無防備だ!」


 なおもヤクモを味方に引き入れようとしているのか。ヤクモは視線を逸らし、風にさらされるだけだ。魔王はストレングを見下ろす。


《魔王様魔王様! 敵は広場に向かっています!》

「分かっている。すばしっこい老人め……」


 ラミーからの報告などなくとも、魔王はストレングの姿が見えている。齢70とは思えぬ老人の動きに、魔王は唇を噛んでいた。ところが、城のすぐ近く、ミュールンの端にある広場に到着したストレングは、途端に走る速度を緩める。


「動き、鈍ってる」

「自分の体を強化する魔具が切れたか。となると――」


 ストレングの性格を考えれば、彼が何をしたいのかなど一目瞭然だ。魔王は翼を生やし、空を駆け、広場で動きを止めたストレングのもとへと向かった。

 魔具の効果が切れ、老人として背中を丸めているストレング。彼の側まで魔王がやってくると、ストレングは全ての力を振り絞り、剣を振った。


「魔王! 俺様の一撃は重いぞ!」

「やはりそう来たか」

「なに……!」


 老人の攻撃など、何ということもない。魔王はストレングが剣を振り上げたと同時に氷柱を飛ばし、ストレングの腹を突き刺した。氷柱に腹を刺されたストレングは、氷柱と共にミュールンの端まで吹き飛ばされる。

 一歩進めば、遥か下にある地上に真っ逆さま。そんな空中都市の端っこで、ストレングは力なく倒れていた。魔王が再びストレングの側にやってくると、ストレングは地面に倒れたまま魔王に言い放つ。


「まだまだ……あんまり油断してると死ぬぞ、魔王」


 剣を握り、魔王を睨みつけ、勇ましく戦おうとするストレング。彼はまだ、魔王を倒すことを諦めていないようだ。


「死ぬ覚悟はできてるか!?」

「その言葉、そのまま返す」


 空中都市でなく大地にストレングを落としてやろうと、魔王は重力魔法を使い、ストレングを持ち上げる。この時点で、ミュールンの戦いは魔王の勝利に終わった。

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