第11章11話 部下と仲間
戦いを終え、地上を見下ろしながら空を飛ぶ魔王。途中、エッダの残骸から立ち上る黒煙を眺め、魔王に気がつき、何やら喚くヴァダルとアイレーの姿が見えた。実に〝お労しい〟姿である。
豪雨を切り裂き、翼をはためかせ、魔王はスタリオンに追いつく。彼はスタリオンのエンジンから放たれる青い輝きに照らされながら、後部ハッチが開かれるのを待った。
ベンが魔王の存在に気がつき、スタリオンの後部ハッチが開かれると、疲労感に沈むヤクモたちが姿を現す。魔王はスタリオン機内に着陸、背中に集めた魔力を分散させ翼を消した。
「おかえり」
魔王に対し、傷の治療をしながら興味なさげにそう言ったヤクモ。魔王も何も言わず、席に座った。パンプキンは窓の外を見て、魔王に質問する。
「あの、マットさんはどこッスか? オーカサーバーは?」
帰ってきたのは魔王だけ。どこにもオーカサーバーの姿はなく、マットの声も聞こえない。パンプキンの疑問は当然であろう。魔王は特に表情を変えることもなく、淡々と答えを口にした。
「マットは我の命令に従い、我を守るためエッダに自爆攻撃を仕掛け、エッダと刺し違えた。オーカサーバーも異界の技術ごとこの世から消えた」
ここまで言って、勝利を祝いニタリと笑う魔王。ダートもエッダの破壊を讃え喜んだが、ルファールは黙りきり、ヤクモとベン、パンプキンは胸が張り裂けそうな思いであった。それでも魔王は、勝利を祝い続ける。
「追ってくる者はいない。我は2つ目の魔力を取り戻し、我らは勝利を――」
「刺し違えたって……マットさんは死んだってこと?」
「その通り。マットは魔界のため、名誉の死を遂げたのだ」
魔王を守る、それ即ち魔界を守る。番犬として敵を通さず、マットは魔王を守りきり、魔王は勝利したのだ。マットを思えば思うほど、ますます笑顔を浮かべる魔王だが、ヤクモの表情はますます曇っていった。
「……あんたの命令に従って、マットさんは死んだの?」
「そうだと言っている。それがどうしたのだ?」
一体、ヤクモはどうしたというのか。彼女の感情が理解できぬ魔王であったが、ヤクモは声を荒げ、魔王に掴みかかる。
「じゃあ……なんであんたは笑ってるの!? なんでニタニタしていられるの!?」
治療中の傷から血が垂れているのも構わず、そう叫んだヤクモ。魔王はヤクモを振り払い、困惑しながらヤクモに言い聞かせた。
「何を言い出す。我らは勝利したのだ。マットも魔界の幸福のため、我の命令に自ら従い、己が野望を叶え死んだのだ。喜ばしいことではないか」
「仲間が死んだんだよ!? 悲しさとか、そういう感情はあんたにはないの!?」
目に涙を浮かべてまで、なおもヤクモは魔王を責め立てる。魔王にはヤクモの言っていることが分からない。自分の命令に
ヤクモは完全に冷静さを失っているように見える。そんな彼女の肩に手を置いて、ルファールは言った。
「勇者、落ち着け」
「ルファさんだって冷たすぎるよ! どうして……!」
ヤクモのそんな言葉に、ルファールは冷たい視線のまま、しかし少しだけ沈痛な面持ちを見せた。以降、沈黙に包まれるスタリオン。沈黙を破ったのは、前を見続けるベンだ。
「そうか、マットは死んだか。あいつ、長生きできないとは思っておったが、わしより先に死ぬとはな」
「ベンさん……」
「いつかはこうなること、覚悟しておった。勇者さんよ、悲しんでくれてありがとうな」
無理矢理な笑みを浮かべて、ヤクモに感謝したベン。彼は続けて、魔王に聞いた。
「魔王様よ、マットはわしになんか言っとらんかったか?」
マットからの伝言ならばある。魔王はすぐさま答えた。
「俺のスタリオンを壊せば呪い殺す。そう言っていた」
「おっかないのう。だいたい、スタリオンはわしら2人の機体じゃろ……」
伝言を聞いたベンは、前を見たまま、操縦桿を強く握った。どうにも、空席ができてしまったスタリオンの操縦室は、ベンには広すぎる。
「ダート、魔力回復薬を」
「はい」
まだ、魔王にはやることがあった。魔王の指示に、ダートは素直に従って、魔力回復薬を魔王に手渡す。魔王は後部ハッチを開け、再び翼を広げた。風に吹かれながら、ルファールは質問を投げかける。
「どこへ行く気だ?」
「確かめなければならないことがある。お主らは先にケーレスに帰れ」
それだけ言って、ダートとルファールに見送られ魔王は空を舞う。ヤクモは、パンプキンと何やら話し込み、魔王に背を向けたままであった。
*
空を駆け、魔王はドラゴン族の本拠地であるオルバイドに寄った。だがそこで、ドラゴン族族長ヴュールがヴァダルの部下に囚われたことを知る。魔王は数名のドラゴン族を引き連れ、護送されるヴュールを追った。
しばらく北へ向かうと、檻を引きずり谷を通る魔界軍兵士の一団を発見。迷うことなく、魔王は檻の目の前――魔界軍兵士の中心に勢いよく着陸した。
「ま……魔王様だ!」
「どうして……魔王がここに?!」
着地の衝撃にひび割れた地面に立つ魔王を見て、魔界軍兵士たちは混乱状態。魔王は低い声を谷に響かせる。
「死にたくなければ口を閉じているのだな」
こう言われて、腰を抜かした兵士の命は助かった。そうでない兵士の命は、魔王の炎魔法の前に灰となり、散っていった。
「ヴュール様! ご無事で何よりです!」
魔王と共にやってきたドラゴン族の男たちは、獣人化したまま粗末な服を着せられ、檻に閉じ込められ、鎖で縛られる族長ヴュールを前に、自らも獣人化して跪く。
ヴュールは部下たちが救出に駆けつけたことに喜び、同時に魔王に恐怖した。彼女は魔王を前に跪き、震えた声で謝罪する。
「ああ……敬愛する魔王様……申し訳ございません!」
なぜここに魔王がやってきたのか、ヴュールは分かっているようだ。魔王はマントをひるがえし、腕を組んで口を開いた。
「アルイム神殿近辺の警備が疎かという情報、嘘であったな。魔界軍兵士は我を待ち構え、エッダも修理され我に襲い掛かった」
「不覚にも、わ……私は……ヴァダルに騙されてしまったのです! 私は決して、敬愛する魔王様を――」
「分かっている。そうでなければ、お主が反逆罪で捕まり、こうして檻に入れられ鎖に繋がれているはずがない」
ヴァダルは偽情報をヴュールに流したのだ。そしてヴュールが偽情報を魔王に伝え、魔王がアルイムに現れると、ヴァダルはヴュールを反逆者として逮捕した。つまり、ヴュールはヴァダルの罠にまんまと嵌められたのである。
ただし、おかげでドラゴン族のヴァダルに対する怒りは頂点に達したようだ。
「ヴュール様! 我々はこれ以上、ヴァダルの悪政には耐え切れません! ブレンネ様の仇に従い続けているなんて、頭がおかしくなりそうです!」
「俺もです! 魔王様はこうして生きていらしたのです! 俺たちはこれまで通り、魔王様に隷属すべきです!」
「みんなも、そう思うのか……」
鎖を外され、檻から出たヴュールは、怒りに燃える部下たちに囲まれながら、魔王の前でひれ伏す。
「敬愛する魔王様、この1年と10ヶ月、そして此度の不覚、どうかお許しいただきたい」
「結構だ。アルイムに魔力が隠されていたのは事実。我は2つ目の魔力を取り戻したのだ。今回のことは不問に処すとしよう」
甘い処分ではある。しかし、これはドラゴン族を味方につける、またとないチャンスなのだ。ヴュールは顔を上げ、喜びと恐怖に声を震わせたまま、腹の底から声を出す。
「では魔王様! 我らが敬愛してやまない魔王様! 私ヴュール、ドラゴン族族長として宣言いたします! 我らはヴァダルやアイレーという忘恩の徒を許さず、魔界の幸福を願い、これより再び、敬愛する魔王様に隷属致します!」
ついに、ヴァダルを反逆者と認め魔王に付き従う魔族が現れた。魔王が魔界の玉座に戻る日が、大きく近づいた。
「誉れ高きドラゴン族の協力、頼りになる。我が全ての魔力を取り戻せるかどうかは、お主たち次第だ。
ヴァダルにまんまと騙されたヴュールであったが、ドラゴン族は魔界でも大きな力を持った魔族。彼らを味方につけた魔王は、もはや名ばかりの魔王ではないのである。
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