第12章 ミュールンの戦い
第12章1話 ヤクモの行方
魔王が2つ目の魔力を取り戻して6日。ダイス城は静かだ。この6日間、笑顔を浮かべた者はほとんどいなかったのである。
そんなダイス城、シンシアの執務室にて、魔王は苛立ちを募らせていた。魔王の隣にいるラミーも戸惑いを隠せず、ダイス城で唯一笑顔を絶やさないシンシアに向かって、珍しく声を荒げている。
「5日です5日です! ヤクモさんとルファールさん、パンプキンさんの3人がいなくなって、もう5日ですよ!」
アルイム神殿の戦いの翌日、マットの葬式が執り行われてから数時間後、ヤクモとルファール、パンプキンの姿が消えた。それから5日、未だに3人は帰らない。
魔王が苛立ち、ラミーが戸惑うのはこれだけが理由ではない。現在、怒り狂ったヴァダルは魔界軍を結集させ、ケーレスに攻めこもうと準備をしているという。そのようなタイミングでのヤクモたちの失踪は、魔王にとって迷惑であったのだ。
だが、かような状況でありながらも、シンシアは笑みを浮かべていた。笑みを浮かべ、猫じゃらしをいじり、スーダーエを抱きかかえていた。
「そうだニャ~心配だニャ~」
「スラスラ~誰だって~旅をしたい~イムイム~」
耳を前に傾け、余裕の表情を浮かべたシンシア。同じく執務室にいるキリアンも、冷静な面持ちであった。魔王は眉を寄せ、ドスの利いた声を執務室に響かせる。
「シンシアよ、お主は何か知っているはずだ」
もし、ヤクモたちの失踪に理由があるのであれば、シンシアはそれを知っているはずだ。知っているからこそ、シンシアは余裕の表情を浮かべていられるのだ。シンシアは何かを隠している、と魔王は確信している。
魔王に疑いの視線を向けられ、低い声に鼓膜を震わせられながらも、ドーニャ・ウォレスであるシンシアは動じない。彼女は尻尾を揺らして答えた。
「それは過大評価ニャ。いくらシンシアでも、ヤクモさんたちがどこに行ったかニャんて知らニャいニャ」
「どこに行ったかは知らぬが、なぜ消えたかは知っているはずだ」
畳み掛ける魔王。まだ、ヤクモという戦力を手放すわけにはいかないのだ。せめて全ての魔力を取り戻すまで、魔王はヤクモを野放しにできないのだ。だからこそ、シンシアを問い詰める魔王の言葉は厳しい。
「ヤクモたちが消えた理由、教えてもらおう。でなければ、無理矢理にでも聞きだす」
このような言葉を、魔王がシンシアに浴びせかけたのははじめてだ。想像以上の厳しい言葉に、ラミーすらも驚き、シンシアの笑みは引きつり、キリアンはすぐさま抗議した。
「魔王様、聞き捨てなりません。我々を脅しているのですか?」
「どう捉えてもらっても結構だ」
猫耳少女とはいえ、マフィアのボスであるシンシアは、脅すだけでは逆効果。そう考えた魔王の曖昧な返答。キリアンは納得せず、さらに抗議をしようと息を吸ったが、少し早くシンシアが口を開く。
「今日の魔王さんは手荒いニャ~」
「ごめんなさい。でもでも、どうしてもヤクモさんがいなくなった理由を知りたいんです」
「……仕方ニャい。魔王さんにはお世話になったし、教えてあげるニャよ」
困ったように笑うシンシアにラミーがフォローを入れると、ついにシンシアが折れた。シンシアは小さな口で説明をはじめる。
「5日前、マットさんのお葬式の時だったニャ。ヒノン国王ヤカモトからヤクモさんに直接、書簡が届いたニャ。シンシアは中身を読んでニャいけど、書簡を読んだヤクモさんは、シンシアにこう言ったニャ。怒らニャいで聞いてほしいニャ」
ある程度、魔王は想像していたのだが、やはりヤクモたちの失踪にはヤカモトが関係していたようだ。ただ、なぜヤクモたちはヤカモトの書簡の存在を魔王たちに伝えず、消えてしまったのか。この疑問への答えを、ヤクモはシンシアに語っていた。
「『ちょっと出かけてくる。今回はルファさんとパンプキンと私の3人だけ。魔王と一緒にいると、仲間の死が当たり前になっちゃう。それだけはイヤだから』。ヤクモさんはそう言っていたニャ」
魔王の顔をじっと見つめ、ヤクモの言葉を魔王に伝えたシンシア。魔王はつい、ため息をついてしまう。
「彼奴、マットのことを引きずっているのか? マットは名誉の死を遂げたのだ。なぜ喜ばぬ……」
マットの死の直後から、ヤクモはマットの死について魔王を責め立てている。それがついには、失踪の理由にまでなった。魔王には理解ができない。
理解はできぬが、理由は分かったのだ。シンシアの説明を聞いた魔王は、少しだけ考え込み、ラミーに話しかける。
「まあ良い。話は分かった。おそらく書簡の内容は、勇者の最後の魔力の在り処であろう」
「ヤカモトさん、本気で勇者の力をヤクモさんに取り戻させるつもりですね。どうしますどうします?」
ラミーの心配事は、ヤカモトだ。魔界の玉座に座るため、ヤカモトを利用していた魔王たちだが、ラミーはどうにも、魔王たちこそヤカモトに利用されているように感じていたのである。ヤカモトの狙いは、おそらく勇者の奪還。
もしこのままヤクモたちを放っておけば、ヤクモが共和国に協力しだす可能性も否めない。魔王はヤクモの行方を知っていそうな人物を思い浮かべ、決めた。
「共和国の王たちに、直接聞くとしよう」
魔力の在り処ならば、共和国の国王全員が知っているはず。都合良く、今日は共和国会議の日でもある。魔王の決定に、ラミーは胸を躍らせ、シンシアは笑った。
「おお! それは楽しそうですね! 私も行きたいです!」
「2つ目の魔力を取り戻してからの魔王さんは、ホントに怖いニャ~」
「スラスラ~魔王様の風格~イムイム~」
相変わらず、スーダーエの口調は独特だ。だが、魔王はスーダーエを見て、疑問を口にする。
「前々から気になっていたのだが、どうにも我らの情報がヤカモトに漏れている気がしてならない。もしや、ここに内通者がいるとは思いたくないのだが……」
魔王がそう言うと、ラミーは魔王の前に立ち、自慢するかのような表情で人差し指を立てた。
「私は、内通者の見当がついてますよ!」
「さすがラミーさんだニャ。で、内通者は誰ニャ?」
内通者の正体に興味津々のシンシア。ラミーは人指し指を立てたまま、執務室を見渡し、内通者を指差す。
「内通者は……スーダーエさんスーダーエさん、あなたです!」
「スラスラ~」
ラミーに内通者と呼ばれたスーダーエは、スライム状の体を動かしとぼけた様子。シンシアは思わず叫んだ。
「ど、どいうことニャ!?」
驚きに彩られながら、スーダーエを強く抱くシンシアを見て、ラミーはキリアンに視線を向ける。
「キリアンさんも気づいていたんじゃないですか?」
「……気づいておりました」
ぽつりと答えたキリアンに、シンシアは開いた口がふさがらない。キリアンは淡々と、スーダーエについて語りはじめた。
「魔王様と勇者様がウォレス・ファミリーに協力すると決めた直後、唐突に現れたスライム。怪しいと思い、何度かスーダーエのいる場所で情報を流しました。すると、次の日には、ヤカモト陛下が必ず、動き出していたのです」
確かに、シンシアに情報が伝えられた直後、ヤカモトは動き出していた。シンシアかキリアンか、どちらかが内通者と疑っていた魔王だが、スーダーエが内通者とは驚きである。
ずっとスーダーエを抱きかかえ、可愛がっていたシンシアは、スーダーエに直接、確認した。
「スーちゃん、ホントかニャ?」
「スラスラ~世の中は~知らないことでいっぱい~イムイム~」
「よく分かんニャいけど、ホントっぽいニャ……」
スーダーエが内通者と知りながら、それでもシンシアはスーダーエを離さない。魔王はキリアンに質問する。
「キリアンよ、スーダーエの正体に気づいていたのなら、なぜ言わなかった」
「はっきりとした答えはありません。ただ、これだけは言える。私は人間界の住人です」
いくら協力し合う間柄とはいえ、人間のキリアンからすれば、魔王は魔界の王なのだ。迷いのないキリアンの答えに、魔王は小さく笑う。小さく笑って、今すべきことのため、踵を返した。
「フン、まあ良い、行くぞラミー」
「分かりました分かりました!」
失踪したヤクモ、ルファール、パンプキン。3人の目的地は、おそらく最後の魔力の在り処であろう。最後の魔力の在り処を知るため、魔王たちは共和国会議会議場へと向かった。
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