第11章7話 アルイム神殿の祭壇

 鍵を無理やり奪う、扉を無理やり開ける。こうした行動をしない限り、親衛像が動くことはない。だが当然、それでは祭壇に入ることもできない。アルイム神殿の祭壇に安全に足を踏み入れる方法は、魔界のごく限られた、数名の神官のみが知るものである。

 ベンは例外だ。生贄としてここに連れ込まれ、魔界の歴史で唯一生き延びたベンは、記憶を手繰り寄せ、安全に祭壇へ入る方法を魔王とパンプキンに教えた。


「あの石像の腰に鍵がぶら下がっておる。わしが前にここに来た時は、神官がなんかしらの魔具を石像に貼り付けてから鍵を取っておった。きっと、そのなんかしらの魔具を使わんと、鍵を取った時に他の石像も動き出し、襲われるんじゃろう」


 14年前、ここを歩いたベンは落ち着いていた。当時のベンは抗う気持ちも起きず、諦め、神官の後を追っていた。ゆえに、ここで神官が何をしていたのかが鮮明に思い出せる。

 神官に代わり、魔王に祭壇への行き方を教えるベン。彼の説明を聞いて、魔王は質問した。


「何かしらの魔具、とやらの正体は分かっているのか?」

「分かっとらん」


 当時から、ベンは魔具の正体が分からない。こればかりは、いくら記憶に頼っても意味がない。ベンのそんな答えに、魔王とパンプキンの表情は苦々しさに覆われた。


「そんな顔するでない。わし、昨日思い出したんじゃ。見た感じ、石像の腰についたレバーから鍵の重さがなくなると、動き出す仕組みじゃった。つまり、鍵と同じ重さの何かを石像のレバーにぶら下げれば、魔具なしでも石像は止まったまま」


 魔王とパンプキンにどのような表情をされようと、ベンの自信は揺るがない。ドワーフとして数多の機械を見てきたベンは、親衛像の仕組みを見破っていたのだ。彼はポケットから、鉄の破片がくくりつけられた小さな工具を手に取る。


「そこで、これを使う。この工具は鍵と同じ重さじゃ」


 親衛像から鍵を取るため、ベンがわざわざ用意した工具。しかしパンプキンは半信半疑のまま。


「鍵の重さなんか分かるんッスか?」

「ドワーフは道具に対する感覚が優れとる。特にわしはな。あの時に鍵を持った、わしの記憶力と感覚を信じろ」


 ここまで言われれば、ベンを信用するしかないとパンプキンは自分を納得させる。魔王はベンの言葉を受け入れながら言った。


「仕組みは理解した。だが、重さを均等にしたまま鍵と工具をすり替えるのは、容易ではないぞ」


 祭壇に入るため、繊細な作業が求められている。親衛像に気づかれることなく鍵を入手するのは、至難の技だ。それでもベンは笑って、パンプキンの背中を強く叩く。


「だから、パンプキンが適任なんじゃ。ほとんど誰にも気づかれず、あの勇者さんからも財布を奪うスリの腕、ここで使わないわけにはいかんじゃろ」

「ほお、パンプキンを連れてきた理由はそれか」


 魔王はようやく理解した。他人に迷惑しかかけないと思われていたパンプキンのは、こういう時に利用価値があるのだ。パンプキンなら確かに、鍵を取る役目にふさわしい。

 ところがパンプキンは、自分の役目を理解した途端に後ずさり、困惑の渦に巻かれていた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいッス! 僕、さっきスリの癖が抜けそうと言ったばっかッスよね!? そんな僕に、スリをしろってことッスか!?」


 もうスリは止めて、これからまともに生きるのだ。そう話してから数分で、スリをしろと言われる。あまりの理不尽さにパンプキンは混乱しているが、魔王は低い声でパンプキンを説得した。


「スリが嫌というのならば、我らの盾としてお前を使うだけだ。スリをして生き延びるか、盾として死ぬか、どちらか選べ」

「選択の余地がないッス! やるしかないッス! 行ってくるッス!」


 説得というよりは脅し。パンプキンは諦め、魔王に従う他なく、彼はベンから工具を受け取り、鍵をぶら下げる石像のもとへと向かった。パンプキンの自由への道は、まだまだ遠そうだ。


「いやはや、わしもパンプキンのスリの能力に頼るとは思いもせんかったわい」

「コソ泥にも使い道はある、ということだ」


 スリもなのだ。技は必ず何かの役に立つ。様々な場所の裏道を知るなど。思いの外、パンプキンは便利な人材なのである。


「ああ……ヤクモさん、母ちゃん父ちゃん、ごめんなさいッス……」


 石像の目の前に立ちながら、許しを請い、鍵に手をかけるパンプキン。ここで失敗しない限り、石像は動くことはない。パンプキンは慎重に、しかし大胆なスピードで、レバーにぶら下がる鍵を工具とすり替えた。

 パンプキンはスリの能力を活かし、鍵を手に入れた。レバーにぶら下がるのは工具。石像は動かない。


「取ってきたッスよ」


 余裕の表情で魔王に鍵を手渡すパンプキン。魔王とベンは素直にパンプキンを賞賛する。


「よくやった」

「助かったわい。さて、行くとするか」


 部屋を歩き、祭壇の間へと通じる扉の前に立った魔王たち3人。魔王はパンプキンが盗んだ鍵を、扉の鍵穴に差し込んだ。


「開けるぞ」


 そう言って、鍵を回す魔王。扉からは鍵の開いたような重い音が響き渡る。同時に、背後の石像たちが一斉に動き出し、魔王たちへ向けて口から炎を吐き出した。


「攻撃してきたッス! どいうことッスか!?」


 炎を避けるため、咄嗟に側の柱の陰に隠れた魔王たち。突然の攻撃に腰を抜かしたパンプキンは、服を焦がす炎を必死で消しながら叫ぶ。ベンは申し訳なさそうに言った。


「すまん、鍵を開ける前に扉に魔具をはめ込むの、忘れとった」

「記憶力を信じろって言ったの誰ッスか!?」


 死にかけたことへの怒りをぶちまけるパンプキン。こればかりはベンも責任を感じ、パンプキンに頭を下げていた。

 2人の会話など、魔王の耳には届かない。魔王はこの状況を打破するため、ベンとパンプキンに指示を下す。


「ベン、パンプキン、しばらく息を止めろ」

「は? どういうことじゃ?」

「息を止めろと言っている」


 強い口調での指示に、ベンとパンプキンは黙って息を止める。すると魔王は、大気魔法を発動し、親衛像を包んでいた空気を消滅させた。

 空気がなくなり、親衛像の吐く炎は酸素を失い消え失せる。この隙に、魔王は柱の影から飛び出し、石像に次々と大量の氷柱を突き刺していく。数十秒後には、数多の親衛像は部屋から駆逐されていた。


「ああ……助かった」

「さすがは魔王じゃの。これなら、最初から石像を壊せば良かったかもしれん」


 安心感に浸るパンプキン、可笑しげに笑うベン。魔王はそそくさと祭壇の間の扉を開けた。扉の先には、魔力に歪められ、焼けただれたような石壁に包まれる、生贄たちと神官たちの骨に覆われた、異様な空間が広がっていた。


「おお、ここじゃここ。儀式で死にかけてたわしを、マットにここで助けられたんじゃ。今思えば、今のワシはここからはじまったんじゃなぁ」


 良い思い出なのか悪い思い出なのか分からぬベンの感想を聞きながら、祭壇に置かれた箱の前に立つ魔王。箱に鍵はかけられていない。魔王は箱を開いた。

 箱の中身は茶色と赤の玉。魔王の封印された2つ目の魔力だ。魔王は早速、玉を握りつぶし、魔力を取り戻す。


「土属性と炎属性か。もしや、これだけの魔力があれば――」


 体内を巡る豊富な魔力。魔王が背中に魔力を込めると、魔王の背中からは、マントをひるがえし、ドラゴンのそれにも似た漆黒の翼が姿を現した。ベンとパンプキンが魔王の翼に目を奪われる中、魔王は翼をはためかせ、地面から足を離す。


「おお! おおお! すごいッス!」

「魔王様が飛ぶところ、はじめて見たわい……」


 口をあんぐりと開けながら、空を飛ぶ魔王を眺めるベンとパンプキン。1年と10ヶ月ぶりの飛行能力の奪還に、体を満たす魔力と合わせて、魔王は歓喜の海に飛び込んだような気分であった。

 アルイム神殿に隠された魔力は奪還したのである。あとは、無事にケーレスに帰還するのみ。魔王は祭壇の間の天井を確認すると、ベンに手を差し出し指示した。


「ベン、我に掴まれ。お主をスタリオンの元まで連れて行く」

「分かったわい」


 魔王に従い、魔王の手を取るベン。魔王は片手を天井に掲げた。何も指示されなかったパンプキンは、魔王に聞く。


「僕は?」

「パンプキンは徒歩で神殿を出ろ」

「つ、連れて行ってくれないんスか?」

「お主にはヤクモたちの盾になってもらわねばならん」


 実際のところ、魔王は2人を担いで空を飛びたくないだけ。かような理由で置いていかれるとは知る由もなく、パンプキンはまたも盾と呼ばれたことに肩を落としていた。

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