第10章2話 ダイス城会談 I
ケーレス独立記念日の式典が行われる大広間。そのすぐ隣にある、決して広いとは言えぬ部屋で、魔王とケーレス自治領、北部派閥、騎士団の会談がはじまった。魔王にとっては、独立記念日よりも大事な事柄である。
部屋の中央に置かれた円卓を囲むのは、魔王、ラミー、シンシア、キリアン、ヤカモト、ユースー、ルッチャイ、ホワイト、エクスリーだ。簡素な部屋に集まるにしては、錚々たる顔ぶれである。
「この部屋ニャら、誰からも邪魔されニャいから安心するニャ」
椅子にゆったりと座りながら、尻尾を揺らし、ほんわかとして口調でそう言ったシンシア。彼女に続いたのは、議長という役割が板についてしまったヤカモトであった。
「今日はケーレスの記念日だ。対立ではなく、私たち北部派閥と、魔王ルドラ殿やシンシア様のケーレスとの、協調の日としよう」
「うむ。我もヤカモトと同じ考えだ」
顔を綻ばせたままのヤカモトに、魔王は同調した。これで、敵対心がないことを少しでも示さなければ、と魔王は思うのである。それでもユースーやルッチャイ、ホワイト、エクスリーは、魔王への警戒を隠そうとしない。
わずかな沈黙に切り込んだのが、キリアンである。彼の表情は穏やかだが、口調は厳しい。
「先日の会談のように、実りある話し合いができることを望みます」
「俺たちもだ」
キリアンの言葉に、大木のような腕を組み、妙な熱気と圧力を持って反応したホワイト。エクスリーは背筋を伸ばしたまま動かない。
部屋には緊張感が漂い、あまり和やかな感はなかった。しかしスーダーエを抱きかかえたシンシアは気にせず、高い声を部屋に響かせる。
「ヤカモト陛下はすごい人ニャ。共和国で1番の実力者ニャ!」
「スラスラ~北部派閥は~強くなるよ~イムイム~」
これは親睦会だ。議論をぶつけるような場所ではない。だからこそ、シンシアはヤカモトを褒め称えるような話題を円卓に投げ入れた。
シンシアの投げ入れた話題には、魔王も食いつく。ヤカモトの話題であれば、ユースーやルッチャイ、騎士団の2人でも参加しやすいと考えたのである。魔王はヤカモトに右手を掲げ、口を開いた。
「ラミーから聞いている。ヤカモトよ、お主、共和国でも大きな力を持つようになったそうだな」
「いえいえ。南部派閥が組み上げた軍事作戦が失敗し、共和国軍が大敗、南部派閥の王たちの力が弱まった結果。喜ばしいことではありません」
南部派閥の方針により、南部地峡で大規模な攻勢に出た共和国軍は大敗、1万を超す兵士を失った。その責任を厳しく追及したのがヤカモトである。結果、南部派閥から3つの国が離脱、南部派閥の力は弱まり、北部派閥が共和国最大の派閥となった。
これは全て、1週間の出来事である。元々、南部派閥内での権力争いがあったとはいえ、急激な権力構成の変化。この変化に、ヤカモトは冷静さを崩さぬが、ユースーやルッチャイははしゃいでしまったようだ。
「共和国の事実上の支配者はヤカモト陛下、つまり北部派閥だ。魔王よ、北部派閥にあまり逆らわない方が良いぞ」
「まさしくそうだ! ユースー陛下の仰る通り!」
手にした権力を嬉しそうに振り回し、魔王への優越感に浸るユースーとルッチャイ。ヤカモトは微笑んだまま、これといった反応を示さない。
この程度の王たち、いっそ殺して見せしめにしようかとも考えた魔王。だが、それをすれば盟約の崩壊は目に見えている。盟約が崩壊すれば、魔王に待つのは、魔界と人間界への二正面作戦だ。
彼らに足を引っ張られてはたまったものではない。魔王はユースーとルッチャイに苛立ちを感じながら、心の底で2人の王を鼻で笑い、彼らを適当にあしらった。
「気をつけよう」
魔王がそう言うと、2人の王はさらなる優越感に浸り、満足そうに笑う。これにはさすがのヤカモトも苦笑いだ。
ユースーとルッチャイはしばらくご機嫌である。一方で、騎士団団長ホワイトとエクスリーの表情は厳しい。
ホワイトとエクスリーが魔王に向ける目には、明確な警戒心が宿っている。なぜ彼らは、これほどまでに魔王を警戒するのか。その理由を口にしたのは、ホワイト自身であった。
「ルドラさん。騎士団団長として、言わなきゃならないことがある」
「なんだ?」
激情を抑えたような口調で話しはじめるホワイト。魔王が首を傾げると、ホワイトは円卓を石のような拳で叩きつけ、円卓に乗り出し叫んだ。
「8日前のアプシント教会襲撃、ルドラさんも知ってるだろ! 我々騎士団は大きな衝撃を受け、魔界軍への報復を誓っている! 魔界軍の襲撃、ルドラさんはどう考えているんだ!?」
唾を飛ばし、円卓がなければ魔王に掴みかかっていたような勢いのホワイト。誇りと信仰心を傷つけられた男の、怒りと悲しみに突き動かされた叫びだ。
心に抱くものは同じであろうが、エクスリーは冷静である。彼はホワイトの肩に手を乗せ、親睦の場を打ち壊した上司をなだめた。
「団長、あまり興奮なさらずに」
「おいエクスリー! 魔界軍にケシエバ教の聖地を、よりにもよって祭日に踏みにじられたんだぞ! なんでお前はもっと怒らないんだ!」
「ですから、今日は魔王殿との――」
エクスリーの手を振りほどき、怒りをあらわにするホワイト。ホワイトの言い分には納得しながらも、エクスリーは困り顔をして、ホワイトを必死になだめる。魔王はそんな2人を見て、騎士団のトップ2人が随分と醜い姿をさらすものだと思っていた。
場を収めたのは、ヤカモトである。彼の綻んだ顔は、頭に血が上り真っ赤になるホワイトとは対照的。
「良い。アプシント教会襲撃については、私も大変、心を痛めている。是非とも、魔王ルドラ殿の言葉を聞きたい」
事前に魔界軍の襲撃を知り、第3魔導中隊を通じ、アプシント教会で何があったかを知っているはずのヤカモト。彼の言葉の真意は、この場をうまく切り抜けろ、ということか。
アプシント教会襲撃から初の会談。こうなることを予想していた魔王は、答えを用意してある。魔王は目を瞑り、神妙な顔をした。
「我は……人間界にとって、騎士団にとって、アプシント山がどれだけの存在か、祭日がどれだけの行事か、心得ているつもりだ。だからこそ、ヴァダルには怒りを感じる」
アプシント教会がどうなろうと、魔王にとってはどうでもよい。いくら襲撃を痛ましく思うと口にしたところで、薄っぺらな言葉になるだけ。だがそれも、ヴァダルへの怒りに変換すれば、魔王の正直な言葉となる。
「ヴァダルは、戦の正道を踏み外した。あの男は、愚かにも、騎士団を激怒させ、騎士団の団結を強めた。魔界の王として、アプシント山の襲撃を命令したヴァダルは、断じて許せぬ」
大方、ヴァダルは騎士団の聖地を攻撃することで、騎士団の士気を落とそうと考えたのだろう。聖地への攻撃が、ケシエバ教への信仰心を軸とした騎士団を激怒させ、その士気をさらに高めるとは、思いもしなかったのだろう。
今のホワイトを見れば分かる通り、騎士団は怒りに震えている。エクスリーのように、怒りを抱きながら冷静な者も騎士団にはいる。怒りと信仰心を強めた騎士団は、その力をも強めたはず。これが分からぬヴァダルへの魔王の憤りは、本物だ。
魔王の言葉を補強するため、ラミーとシンシアが魔王に続いた。
「私も私も、魔王様と同じく、アプシント山の襲撃には怒っています。ヴァダルはすぐに、処刑すべきです」
「アプシント山襲撃の報を聞いた時、魔王さんはすっごく怒ってたもんニャ~。ちょっと怖かったニャ」
公然とヴァダルを否定してみせた魔王たちに、ユースーやルッチャイは、魔王の言葉が意外だったのか驚いた様子。ヤカモトは笑みを浮かべて、魔王を褒め称えた。
「さすがは魔王ルドラ殿、我らの盟友だ。人間界に精通し、人間を理解する素晴らしい方ですな」
アプシント山で起きたことの真実を、ヤカモトは知っているのだ。にもかかわらず、卑屈とも思えるほど魔王に協力し、魔王を持ち上げる。よくも平然とそんなことができるものだと、魔王は感心すらしてしまった。
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