第10章 ケーレス独立記念日
第10章1話 パーティー会場
アプシント山での戦いから8日。ケーレスの夕空は多種多様で色彩豊かな花火に飾られ、ダイスの街は花やリボンによってカラフルに彩られている。今日はケーレス独立記念日、ケーレス島全体がお祭り一色となる日だ。
普段は飾り気のないダイス城も、独立記念日となれば特別仕様。ケーレスの旗にちなんだ赤白青の3色のリボンが、ダイス城の廊下を賑やかにしている。
そんな、冷たい石壁とリボンが不思議と合わさる廊下を、相も変わらず真っ黒なマントをひるがえし歩く魔王。魔王が階段に差し掛かると、彼の目の前に、白いワンピースのドレスに身を包んだ、頭に花飾りをつけるラミーが現れた。
「魔王様魔王様! 独立記念日、おめでとうございます!」
邪気のない笑顔で記念日を祝うラミー。対して魔王は、ニコリともせず、階段を下りながら言った。
「生まれ故郷でもない国の独立記念日など、よく祝えるな。そもそも、独立とは名ばかり、ケーレス自治領領主が共和国の人間でなくなっただけの日であろう」
「お忘れかもしれませんけど、魔王様は一応ケーレスの領主様なんですよ? せっかくせっかく、自分の統治する国の記念日なんですから、楽しみましょうよ!」
興ざめも甚だしい魔王の言葉に、ラミーは苦笑い。魔王は、自分がケーレスの裏の領主であり、本来は記念日を喜ばなければならないことぐらい自覚していた。ただ少し、魔王はラミーに本音を漏らしただけである。
廊下を歩いていると、外からは花火の音が響き渡り、どこからか人々の声が聞こえきた。記念日を喜び、パーティーを楽しむ、ケーレスの人々の声だ。
「賑わっているな。歓喜の声と悲鳴が、ここでも聞こえる」
ダイスの街全体がパーティー会場と化しているのだ。人々はどこでも楽しみ、暴れ、犯罪が横行する。実にダイスらしいことだ。
廊下をしばらく歩くと、魔王たちの視線に、アイギス隊長のカウザが入り込む。彼は独立記念日のパーティーのため、腕には可愛らしい腕章をつけているが、その表情は鬼のようであった。すれ違いざま、ラミーはカウザに挨拶する。
「カウザさん! 独立記念日、おめでとうございます!」
「魔王様にラミーさんか。おめでとう」
鬼のような表情をわずかに綻ばせたカウザ。魔王も手を掲げ、簡単に挨拶をする。ラミーは辺りを見渡し、カウザに聞いた。
「あれあれ? ムーニャさんはいないんですか?」
ラミーの質問に対し、カウザは葉巻をくわえ、自分で火をつけながら答える。
「仕事だ。この日は毎年そう。独立記念日のダイスの街での事件発生数は――」
「隊長、3番街で殺人事件発生。犯人は逃走中」
「そうか。見ての通り、事件発生数が普段の――」
「4番街で乱闘発生。付近の隊員から救援要請が届いております」
「1番街の警護隊を救援に寄越してやれ」
カウザが答えようとするたび、部下たちが事件の報告をし、カウザの言葉を遮る。それでもカウザは、質問に答えようとした。
「独立記念日の事件発生数は普段の3倍近く――」
「4番街で火災発生。住民の避難が必要だそうです」
「それは地元民に任せろ。俺たちに余力はない」
まさしく、余力などなさそうなカウザ。魔王は再び廊下を歩きはじめ、ラミーに言う。
「カウザは忙しそうだ。ラミー、我らは邪魔であろう」
「そうですねそうですね。カウザさん、お仕事頑張って下さい!」
普段の3倍の数の事件に追われ、普段の3倍以上に働くカウザとは別れた魔王とラミー。魔王は忠実な僕の行方を気にした。
「ダートはどこに?」
「パーティー会場にいましたよ。飾り付けの手伝いをしていたみたいです」
「フン、魔族四天王の1人が、飾り付けの手伝いとはな」
可笑しそうに笑う魔王。奇妙な話である。ダートといえば、魔界ではその名を知らぬ者はいないほどの将軍。それが、ケーレスで飾り付けの手伝いだ。
「さてさて、パーティ会場到着です」
目的の場所、城の大広間に到着した魔王とラミー。大広間は独立記念日パーティーのメイン会場。華やかに飾り付けられた部屋には、ケーレスの実力者、マフィアや商人ギルド、資本家などが集まっている。なんとも華々しい空間だ。
魔王とラミーは、華々しい空間にも気後れしない。2人は堂々と、大広間に敷かれた赤のカーペットを踏みしめた。
「独立記念日、おめでとうございます。到着をお待ちしておりました」
マントをひるがえす男の登場に大広間がざわつく中、キリアンが魔王に挨拶をする。彼に続き、お姫様のように可憐な青いドレスを着たシンシアが駆け寄ってきた。
「おめでとニャ! 魔王さんの衣装はパーティーでも目立つニャ!」
「スラスラ~マントひらひら~イムイム~」
尻尾を揺らし、耳を立てたシンシア。ラミーは笑顔で挨拶を返す。
「シンシアさん、おめでとうございます」
「おお! ラミーさんの花飾り、すっごくかわいいニャ!」
「ありがとうございます。シンシアさんのドレス姿も、すごくすごくお似合いです!」
「ニャ! 褒められたニャ! 嬉しいニャ!」
見た目だけならば、少女同士の和気藹々とした会話。この会話に、魔王の居場所はない。魔王の会話相手は、シンシアのすぐ側に立っていた男である。
「これはこれは、魔王ルドラ殿。お久しぶりですな」
そう言って頭を下げるのは、ヒノン国王ヤカモトだ。魔王は笑顔を作り、親しみを込めた口調でヤカモトとの会話に臨む。
「ヤカモトか。北部派閥が、ケーレスの独立記念日を祝いに来るとはな」
「盟友シンシア様からご招待があったのですよ。いやはや、楽しいパーティーだ」
「他に、北部派閥の王は来ているのか?」
これから北部派閥の王たちと会談する予定の魔王は、しかし誰と会談するのかは知らない。魔王の質問に答えたのは、ヤカモトではなく、2人の話を
「ユースー陛下とルッチャイ陛下が来てるニャよ!」
シンシアの口から飛び出した2人の国王の名。未だ、魔王との盟約に慎重な2人の国王の名である。
ヤカモトはなぜこの2人を選んだのか。本心では盟約に慎重であると伝えるためだろうか。いや、違う。
「魔王ルドラ殿と親睦を深める、良い機会だと思いましてな」
「なるほど。では、共にパーティーを楽しむとしよう」
おそらくヤカモトは、魔王が彼らと
魔王とヤカモトが会話をしていると、白銀の鎧を星のマークがつく白いマントで覆った、厳しい大男が近づいてきた。共和国騎士団団長のホワイトである。彼は笑うことなく、どこか吐き捨てるように魔王に挨拶した。
「ルドラさん、また会えて光栄ですぞ」
わずか10日での再会。ホワイトの隣には、金髪をかっちりと整え眉間にしわを寄せたエクスリーの姿もある。
「共和国騎士団団長ホワイト、それに副団長のエクスリー。我もお主らに会えて、光栄だ」
騎士団のトップ2人にそう言った魔王。だが2人は、それ以上会話に参加することはなかった。
魔王とホワイトの間に険悪の空気が流れている間、シンシアは屈託なく笑う。
「今年のパーティーはとっても豪華ニャ!」
「スラスラ~偉い人いっぱい~イムイム~」
共和国の3人の王、騎士団のトップ2人、そして魔王。シンシアの言う通り、豪華すぎるほどのメンバーが揃っている。ただし、豪華なメンバーがまだ1人、登場していない。
「ところでところで、ヤクモさんはどこに?」
「まだ来てニャいみたいだニャ」
ヤクモの不在に気がついたラミー。シンシアも気になっていたようだ。魔王は興味なく、会場に用意された酒を喉に通す。その時であった。
「あ! 来ました来ました!」
大広間の出入り口を見ていたラミーが叫び、同時に唖然とする。ようやく会場に現れたヤクモは、短パンに異界のパーカーという、とてもパーティーには似つかわしくない粗雑な格好をしていたのだ。
ラミーとシンシアを見つけ、歩み寄るヤクモ。彼女は魔王たちに話しかける。
「盛り上がってるね」
ごく普通にそう言ったヤクモ。しかしラミーとシンシアは、ヤクモの格好に唖然として口を閉ざしたまま。代わりに魔王がヤクモに話しかけた。
「貴様は冷めているようだな」
「こういうの苦手だから」
格好を見る限り、ヤクモがこのようなパーティが苦手であるのは一目瞭然。魔王は苦笑いを浮かべるだけ。シンシアはついに我慢の限界に達したようだ。
「も~う、ヤクモさん! パーティーでその格好はまずいニャ! おーい、メイドさんたち! 集まるニャ!」
シンシアの呼びかけに応じ、ヤクモをメイドが囲む。そしてメイドたちは、ヤクモを無理やり会場の外に連れ出した。
「ちょっと!? どこ連れてくの!? ちょっと!」
メイドに連れられ姿を消したヤクモ。呆れる魔王ではあったが、ヤカモトは楽しそうに笑いながら、魔王に再び話しかけた。
「魔王ルドラ殿、少し話をしないかね?」
「よかろう」
「それニャら、部屋を用意するニャ。こっちニャ!」
会談のため、シンシアに案内され城の1室に向かう魔王たち。独立記念パーティーの裏でも、政治は動くのである。
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