第9章8話 ダンジョン

 リルの案内に連れられ、教会の奥にあった目立たぬ扉をくぐり、その先にあった階段を降りた魔王たち。彼らは、わずかな篝火に照らされる、むき出しの土壁に包まれた道――ダンジョンを進んでいく。

 魔王を最後尾に歩き続ける魔王たち一行。先頭を歩くリルはルファールの顔を覗き込み、ルファールに質問した。


「もしかして、元騎士のルファール・ノールさん?」


 やや興味津々な風のリル。ルファールは冷たい表情でリルを睨みつけ、なんとも短い言葉で答えた。


「ああ」

「やっぱりそうだ! 騎士団で最も冷酷な女、ルファール・ノールさん! 共和国の掟にもケシエバ教の教えにも縛られない人とは聞いてたけど、魔王の味方をするなんて、縛られなさすぎだよ」


 騎士団で最も冷酷な女、ルファール・ノールは、ある一定の地位にいる者たちの間では、それなりの有名人だ。リルからすれば、暗殺対象予備軍でもあったルファールを知っていて当然。

 冷たく短い答えが、むしろリルの中のルファール像に合致したのだろう。ルファールがあの・・ルファールであると知ったリルは、驚きと苦笑い、そして納得したような表情を浮かべている。対してルファールは、冷たい表情のままリルに言い返した。


「私からすれば、共和国も魔王も同じ。正しい道など存在しない。なら、私は自分が正しいと思う道を行くだけだ」


 自分の考えを当たり前のように口にしたルファール。リルは唖然としながら、半ば呆れた様子。


「平気で、凄いこと言うんだね」

「ルファさんはそういう人なの。いちいち驚いたって意味ないから」


 とんでもないことを言いのけるルファールに、ヤクモは慣れてしまっていた。そんなヤクモの言葉を、ヤクモを盲信するリルは鵜呑みにしたようである。リルはルファールの言葉を簡単に受け流し、案内を再開する。

 

 ヤクモとルファール、そして敵であるはずのリルは、仲の良い女友達のような雰囲気を醸し出している。彼女らを後ろから眺めていたマットとダートは、警戒心を隠さない。


「あの魔法少女、節操ねえな。信用できるのか?」

「リル、何か、命令、されてる」

「命令? どんな命令だ?」

「分から、ない。ただ、ヤカモト、関係、してる、と思う」

「最近、やたらとヤカモトって名前聞くぜ。なんかどこ行ってもいやがるよな」


 未だにヤカモトの狙いを掴みきれていないマットとダート。魔王は彼らの疑問に対する答えを持っている。だが魔王は、リルが近くにいる現状、ヤカモトの狙いをあぶり出すわけにはいかず、口を閉ざしていた。


 しばらくダンジョンを進むと、暗闇の先に行き止まりが浮かび上がってきた。いや、それは行き止まりではない。


「うん? なんか、扉が見えてきたけど」


 ダンジョンの先に目を凝らし、そう言ったヤクモ。ダンジョンは固く閉ざされた鉄の扉によって封鎖され、魔力を取り戻すため先へ進もうとする者たちの行く手を阻んでいるのだ。


「あれだよ! あれがヤクモ姉の魔力が置かれた部屋に通じる、最初の扉!」


 扉を指差すリルの言葉。魔王は彼女の言葉に反応した。


「最初の扉、か。扉はひとつではないということであるな」

「その通り。扉は3つ。しかも、いちいち謎解きをしなきゃいけない、急いでる人をイラッとさせる扉なんだよ」


 大雑把なリルの解説を聞いて、魔王は鉄の扉の前に立ち、扉を凝視した。謎解きというが、具体的には何をして、どのように扉を開けるのだろうか。


「して、この扉はどう開ければ良いのだ?」

「実は……知らないんだ」


 率直な魔王の質問に、リルは頭をかきながらはにかみ、素直な答えを口にした。リルの答えに、魔王は思わず鼻で笑い、ヤクモは眉を寄せ、リルに詰め寄る。


「え!? 案内役なんだから、そのくらい知っててよ」

「あたし、騎士団じゃないから分からないんだ。ヤクモ姉、ごめんなさい」


 想い人・・・に残念がられ、今にも泣き出してしまいそうな顔で謝るリル。さすがのヤクモも、しょんぼりとしたリルに強いことは言えず、近くにいたルファールに視線を向けた。


「ルファさんは……知ってる訳ないし……」


 ケシエバ教徒でありながら祭日の内容を理解していなかったルファールだ。期待するだけ無駄。ヤクモは頭を抱える。

 考え込む魔王と頭を抱えるヤクモを横目に、無理と分かりながら扉を開けようと、扉を押していたマット。彼は何かを見つけたようだ。


「おい、ここ、なんか書いてあるぜ。ええと……『神の右手には杖を、左手には聖杯を。さすれば道は開けよう』だとさ」


 これがリルの言った謎解きの問題であると、魔王は直感する。RPG系のゲーム経験者であるヤクモも、それをすぐに理解し、問題の簡単さに笑った。


「なんだ、簡単じゃん。杖と聖杯見つけてくりゃいいんでしょ?」

「その杖と聖杯の在り処は、誰も知らぬのだぞ」

「……面倒」


 単純に喜ぶヤクモに呆れた魔王。彼の言葉を聞いて、ヤクモは途端に肩を落とし、やる気を失ってしまう。

 ただ魔王は、扉を眺め考え込んだ結果、ある答えを導き出していた。


「この扉、魔法への対策がなされているようには見えぬな」


 そう言って、魔王は鉄の扉を右手で触れる。同時に氷魔法を発動し、一瞬で鉄の扉を凍らせてしまった。


「ダート、扉を殴れ」


 凍った扉を前にした、魔王の指示。ダートは彼の指示に従い、急激に冷やされ湯気の立ち上る鉄の扉を殴りつけた。すると、扉はいとも容易く砕け散り、道が開く。


「ヘッヘ! さすがは魔王様じゃねえか!」


 魔法を駆使し、あっさりと扉の破壊に成功した魔王。マットは素直に喜ぶが、RPG系ゲームの謎解きを思い浮かべていたヤクモは複雑な表情だ。


「なんだろう、なんかやっちゃいけないことやった気がする」

「謎解きをするのが面倒だと言ったのは貴様だ。それとも、杖と聖杯を探したかったのか?」

「いや、そういうことじゃないんだけどさ、なんか……ま、いいか」


 魔力へと続く道が開けたことに変わりはない。ヤクモも複雑な感情を捨てたようだ。魔王たちは砕け散った扉を抜け、先へと進む。

 

 扉を抜け、数分歩くと、暗闇の中に再び、鉄の扉が現れた。これが2つ目の扉である。魔王はやはり扉を眺め、マットは「もう次の扉がおいでなすった」などと言って扉に近づくが、リルはヤクモに向かって宣言した。


「ヤクモ姉! 今度はあたしが扉を壊すね!」

「せめて、どうやって開けるかぐらい確認しない?」

「必要ないよ! どうせ面倒なんだから!」


 リルはそう言って、杖を地面に叩きつけ、杖に魔力を込めた。


「えい!」


 魔力が込められ、杖の先にある青い水晶が光り輝く。そして鉄の扉を囲む土壁には水が染み込み、土壁は泥のように崩れていった。重い鉄の扉は泥と共に沈んで行き、扉の先にある篝火が姿を表す。


「そんな開け方もあるんだ……」

「あたし凄いでしょ!」

「うん、凄い凄い」


 意外な扉の開け方に感心するヤクモだが、リル本人を褒める言葉は棒読みであった。ヤクモのリルに対する興味は、ほぼ無きに等しいのである。

 魔王もリルを見直しながら、これといって発言することもない。彼は今、騎士団の援軍が到着することを危惧しているのだ。だからこそ、魔王は泥を踏み越え先を急ぐ。

 

 さらにダンジョンを進むと、最後の扉がようやく姿を現す。3度目ともなると、扉への感想は淡白だ。


「これが最後か」


 もはや作業。次はどのように扉を破壊するかを考える魔王たち。謎解きをしよう、という考え方は彼らにない。


「じゃあ、私がやる」


 最後の扉の破壊に名乗り出たのは、ヤクモである。謎解きをせず扉を破壊することを快く思っていなかったはずの、ヤクモである。

 ヤクモは扉に向かって、擦り傷だらけの両腕を突き出し、魔力を込めはじめた。彼女の掌には、炎が纏っている。これを見て、魔王は焦りながらダートに指示した。


「まさか……おいダート!」

「……分かり、ました!」


 ダートが魔王の指示の意味を理解したのと同時、ヤクモは扉にドレッドフルフレイムを吹きかける。扉を焦がし、溶かそうとする強烈な炎は、扉にぶつかるなり跳ね返り、ダンジョンの通路を炎の地獄へと変えた。

 炎に包まれる寸前、ダートは土魔法で壁を作り魔王たちを保護。ヤクモも魔力障壁を使い事なきを得た。


「おい勇者さんよ! もうちょっと考えてからやってくれ!」


 ヤクモによる数秒間の炎魔法が終わると、殺されかけたマットの怒号がダンジョンに響いた。魔王も非難の目をヤクモに向ける。


「ごめん。ま、開いたから良いでしょ」


 バツが悪そうにしながらも、ヤクモに反省した様子はない。魔王はヤクモに反省を求めるのを諦め、高熱に溶かされオレンジ色に染まりながら、大穴を開ける扉を眺めた。3つ目の扉は開いたのだ。

 謎解きを要するはずの扉を全て壊してしまった魔王たち。ヤクモの魔力は、もうすぐそこである。

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