第9章4話 2つの再会

 アプシント山という聖なる土地で再会した、スイルレヴォンのコソ泥パンプキン。なぜ彼がアプシント山にいるのか、魔王はパンプキンに質問する。


「パンプキンよ、なぜこのようなところに?」


 マントをはためかせ、地面に横たわるパンプキンを見下ろした、腹の底から響く低い声での魔王の質問。パンプキンはいかにも悲壮感漂う表情をして、上体を起こし、地面に座ったまま質問に答えた。


「この時期は、スイルレヴォンよりもこっちの方が稼げるんッスよ。特に、魔王さんたちがスイルレヴォン工場吹っ飛ばしちまって、スイルレヴォンは今まで以上にお先真っ暗ッスから、逃げてきたってのもあるんスけどね」


 現在のスイルレヴォンは混乱中である。当然だろう。工場の大部分が破壊され、社長は死に、労働者たちの唯一の希望である安定した生活も消えてしまったのだ。もはやスイルレヴォンには、何もない。

 祭日という行事と、スイルレヴォンの現状を見れば、パンプキンがアプシント山にいる理由も納得できる。だがそれを納得すると、魔王には納得できぬことがあった。


「なるほど。しかしお主、ふんぞり返ったお偉いから金を盗む義賊とか名乗っていたな」

「そうッスよ!」

「今のお主は、カップルから金を盗むコソ泥にしか見えぬが?」

「ち、違うッス! これは……その……愛は金じゃないってのを教えてるだけッス!」


 苦しすぎる言い訳を堂々と言い放ったパンプキン。つまるところ、パンプキンはコソ泥なのだ。そんなコソ泥との再会に、魔王は喜びも憂いもしない。魔王は今、無感情なのである。


「にしても、今日は運が悪いッス。祭日だってのに、教会には騎士がうようよいるし、魔王さんとヤクモさんに見つかるし……」


 魔王とヤクモとの再会に、パンプキンは意気消沈。肩を落とし俯いた彼の呟きは、弱々しい。ところが、彼の呟きを聞いたマットは、体を乗り出しパンプキンに詰め寄る。


「おいコソ泥、騎士がうようよって、どういうこった?」

「義賊ッス! あんた誰ッスか?」

「俺はマット・フォード。腕利きの操縦士だ。で? 騎士がうようよってどういうこった?」


 自己紹介を挟みながら質問するマット。パンプキンを置いて先を急ごうとしていた魔王もマットと同じ疑問を抱き、パンプキンの答えを待つ。パンプキンはどこか投げやりに答えた。


「言葉のまんまッスよ。今日のアプシント教会、妙に殺気立った騎士が集まってるんスよね。教会の入り口も騎士で固められちゃって。祭日どこいった? って感じッス」


 想定外の事態である。騎士団が少ないからこそ、魔王たちは祭日の今日、アプシント山にやってきたのだ。それが、実は多くの騎士が待ち構えているとなると、計画は全て破綻してしまう。

 この程度のことはヤクモにも分かるらしい。ヤクモは困惑した様子で、いつも通り魔王に聞く。


「ねえ、どうすんの?」

「さあな。どうしたものか……」


 魔王にも分からない。計画が破綻するというのは大問題であるが、さらに問題なのが、ヤカモトから送りつけられた書簡の意味だ。ルファールも書簡に疑いの目を向ける。


「やはりあの書簡は、罠だったのでは?」

「かもしれねえな。ま、勇者さんが駄々こねたんだからしょうがねえ」


 誰しもがお手上げ状態。魔王の頭には撤退の文字も浮かんでいる。パンプキンの呟きが、魔王たちに頭を抱えさせたのだ。しかし、パンプキンのさらなる呟きが、解決策を提示した。


「カップルもたくさんいるから、稼ぎのチャンスだってのに……。抜け道使っても、危なくてスリなんかできないッスよ」


 何気ないパンプキンの呟き。悔しさに溢れ、稼げぬことへの不満を吐き散らしただけのネガティブな呟き。これが、魔王たちを救った。

 パンプキンの呟きの中にあった単語に、魔王は即座に反応。再びパンプキンを見下ろし、魔王は言った。


「パンプキン、抜け道、とはなんのことだ?」

「抜け道は抜け道ッス。ほら、アプシント教会って歴史が長いッスよね。だから、昔は使われてたけど、もう使ってないって道が多いんッスよ。抜け道はそのひとつッス」


 まるでスイルレヴォンの再現。魔王はニタリと笑って、マントをひるがえし、パンプキンに命令を下す。


「その抜け道、案内してもらうぞ」

「またッスか? まあ、良いッスけど」


 何が何だか分からぬパンプキンは、魔王への抵抗を諦め、命令に従う。彼はおもむろに立ち上がり、魔王たちの案内を開始した。まさか2度もパンプキンに助けられるとは、魔王も予想外の出来事である。


    *


 山道を進み、アプシント山の頂上付近にアプシント教会の影が見えてきた頃、パンプキンは岩陰を指差し口を開いた。


「この裏ッス。ここから抜け道に行けるッス」


 岩陰に隠れた、人1人がようやく通れそうな狭い横穴。それを見た途端、ヤクモは憂鬱そうな顔をして、口から不安が漏れ出す。


「また狭そうな道……」


 狭いところが苦手・・なヤクモに襲いかかる、狭い通路。そんなこと、魔王の知ったことではない。

 ここから先は別行動をすべき。魔王はそう思い、ヤクモたちに指示を下した。


「ヤクモとルファールは、パンプキンと共に抜け道から教会に潜入しろ」

「魔王は? あんたは来ないの?」

「まずは下調べだ。貴様らが教会内部の状況を、我とマットは教会周辺の状況を探る」


 祭日だというのに、アプシント教会には多くの騎士がいるというのだ。おそらく何かが起きている。となれば、まずは何が起きているのかを知る必要がある。それが魔王の判断だ。『勝者は常に、敵よりも敵を知る』のである。

 魔王の指示に、ルファールとマットは従った。ヤクモも不満そうであったが、魔王に従う。一方で、パンプキンは惚けた様子。


「あの……今日は何をするんッスか? 教会を爆破するんッスか?」

「お主は案内役だ。それを知る必要はない」

「そうッスよね~」


 パンプキンに自主権は存在しない。パンプキンもそれが分かっているのか、魔王に従順だ。パンプキンに案内され、ヤクモとルファールは抜け道に消えていく。

 魔王とマットは、恋人たちの流れに沿ってアプシント教会へと向かっていった。一体アプシント教会に何があったのか、それを知るために。


 しばらく歩くと、魔王の目の前に、山をくり抜き造られた、山の一面を彫刻とステンドグラスで飾る、荘厳な教会が姿を現した。巷の教会とは比べものにならぬほど巨大で、威厳のある教会。これこそがアプシント教会だ。


「いや~、にしても、盛況だなあ。どこ見てもカップルばっかりだぜ」

「ケシエバ教は公序良俗が厳しく、男女の関係には過敏であると聞いていたが、最近はそうでもないようであるな」


 教会は荘厳でも、そこにやってきた恋人たちに変わりはない。恋人たちの熱狂の前では、ケシエバ教の伝統も崩れてしまっている。これに文句を言ったのは、意外にもマットであった。


「アルイム神殿の元番犬として思うんだけどよ。一応、山道から先は聖地なんだろ。神と神の使いが人間界を見下ろしてる場所なんだろ。っつうことはよ、カップル共は、自分たちがいちゃいちゃしてやがんのを、神の目の前で見せつけてるってことだぜ」


 周りはその恋人たちに囲まれているというのに、マットは大胆不敵だ。彼は周りなど気にせず、文句を続けた。


「しかも信仰心のへったくれもねえヤツらときやがった。デートを楽しむのは勝手だが、ここでデートする限り、せめて宗教観ぐらいは持てっつうんだ、ったくよ」


 一通りの文句を吐き出し終えたマットは、すっきりしたような表情をして教会を眺めた。どうやら彼は、言いたいことを言いたかっただけのようである。

 

 荘厳なアプシント教会、聖地を聖地と扱わぬ恋人たち、文句を言うマット。これらを横目に、魔王はアプシント教会入り口を眺めた。

 教会入り口には、数十人規模の、白いマントに身を包む、白銀の騎士たちがずらりと並んでいる。パンプキンの述べた通り、祭日とは思えぬ光景であった。


 どうして騎士たちがこれほどいるのか。さらに様子を探ろうとした魔王。だが彼の腕を、少女の手が掴んだ。


「おお、大物発見しちゃったよ」


 魔王の腕を掴んだ少女は、不敵な笑みを浮かべながらも、快活な口調でそう言う。振り返り、少女の顔を確認した魔王とマットは、少女の正体に表情を強張らせた。


「テ、テメエ!」

「お主は……第3魔導中隊のリル・マーリンか。ルーアイの戦い以来であるな」

「1ヶ月半ぶりだね、魔王」


 共和国軍魔導師団第3魔導中隊隊長リル・マーリン。厄介な少女との再会である。

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