第9章5話 アプシント教会の戦い I
共和国軍の特殊作戦、工作任務を担う第3魔導中隊。その長であるリルが現れたということは、第3魔導中隊がここにいるのと同じこと。彼女らがアプシント教会にいる理由は何か。魔王は直接、リルに質問した。
「第3魔導中隊がなぜ、騎士団の本拠地にいるのだ?」
単刀直入な質問。このような質問に、リルが簡単に答えるとは思えない。それでも、彼女らの任務の一端さえ見えれば良いと、魔王は考えていた。
対してリルは、魔王の質問を聞いて考えはじめる。どうやら彼女は、魔王の質問に本気で答えるつもりのようだ。
「どこまで答えて良いんだろう」
そんなことを言いながら、質問に答えるリル。彼女の返答は、魔王を驚かせるには十分なものであった。
「ヤカモト陛下から連絡があったんだ。祭日、アプシント教会に魔界軍の襲撃があるって情報を掴んだ、ってね」
「魔界軍の襲撃だと?」
予想だにしなかった、魔界軍の襲撃という情報。これに加えて、教会に並ぶ騎士、ヤカモトの名とあの書簡。アプシント山で起きていること、そしてヤカモトの狙いが、おぼろげながら魔王には見えてきた。
リルは魔王を目の前にしながら、堂々としている。彼女は魔王の腕を鷲掴みし、不敵に笑ったまま口を開いた。
「だけど、魔王が襲撃に紛れてるなんてね」
心なしかおどけたような表情をするリル。彼女の言葉に魔王は小さく笑い、リルをバカにした風な口調で言い返す。
「お主、大きな勘違いをしてはいないか? 我は魔界軍を動かせる立場にない。魔界軍の襲撃と我は無関係ぞ」
魔王たちがアプシント教会を襲撃しに来たのは事実だ。しかし、ヴァダルが何を考え、魔界軍がどのようにアプシント教会を襲撃するのか、魔王を名乗りながら、魔王の座にいない魔王は、知る由もない。
魔界軍の襲撃と一緒くたにされてはたまったものではない。それゆえの魔王の反論。リルは魔王の反論を聞いて、白い歯をのぞかせた。
「うん、分かってるよ。だから〝紛れてる〟って言ったんだ。そんなにムキにならないで」
どうやらリルは、魔王と魔界軍の区別はできているようである。となると魔王は、リルの余裕が気にかかる。まるで魔王がここにいるのを知っていたかのようだ。
一方、魔王と再会したリルの興味は、魔王には向けられていない。今の彼女は、ルーアイで心を奪われて以来、頭から離れぬ〝勇者〟にしか興味がない。
「ところで、ヤクモ姉はいるの?」
「さあな」
リルはルーアイの戦いあの日から、一度たりともヤクモを思わぬ日はなく、ヤクモとの再会を渇望し続けた。彼女の頭の中は、ヤクモのことでいっぱいなのだ。
そんな、頬を赤くしたリルの質問に対し、魔王の返答はそっけない。するとリルは、突如として魔王の体に鼻を近づけ、匂いを嗅ぎはじめる。これには魔王も困惑するしかなかった。
「お主……何をしている?」
「うん! いる! ヤクモ姉は近くにいるよ!」
「根拠はあるのか?」
「匂いだよ、匂い。あの時の、ヤクモ姉の良い匂いが、魔王からもするんだ」
垣間見えるリルの狂気。魔王は言葉を失い、マットはリルに恐怖を感じ、2歩ほど退いて「やべえ小娘だなあ、おい」と呟いていた。
「ヤクモさん、どこ? 早く会いたいなあ」
アプシント山にやってきた多くのカップルたちよりも一途に、ヤクモを求めるリル。ヤクモも好かれたものだと魔王は思いながら、ではこれからどうするかと、アプシント教会を眺めた。
まさにその時である。突如として教会内に爆発が起こり、轟音と共に教会のステンドグラスが一斉に砕け散った。揺れる大地、降り注ぐガラス片。『恋人の日』としての祭日を楽しんでいた人々は、驚愕し悲鳴をあげる。
「な、何が起きやがった!?」
突然のことにマットも驚き、思わず叫んだ。教会入り口に立っていた騎士たちは慌てふためき、教会内部からは血を流す騎士が担ぎ出され、何が起きたのかを伝える。
「敵襲だ! 敵襲! 魔界軍が人に化けて紛れている! 人化した魔族が――」
敵の正体を叫んだ騎士は、人化を解き本来の姿となったハーピー族の男女に切り刻まれた。人化し人間に紛れていた魔族たちは、次々と正体を現し、手当たり次第に人々を斬りつける。騎士たちも聖地を守り人々を守ろうと、剣を手に取った。
土煙と鮮血に彩られた教会入り口。魔王は焦ることなく、冷静な面持ちでリルに対し言った。
「情報通り、敵が現れたぞ」
「そうみたいだね」
冷静なのは魔王だけでなく、リルもそうであった。彼女は魔王の言葉に返答するなり、立派な青い水晶を戴く杖を掲げ、大声を出す。
「みんな! 戦闘開始!」
リルの大声が響くと、アプシント山の山影にローブを着た者たちが現れた。彼らは杖を突き出し、教会入り口で暴れまわる魔族たちに攻撃魔法を放つ。予期せぬ方向からの攻撃に、数人の魔族たちが地面に倒れ動かなくなった。
「おいおいおい、どうすんだよ。なんかおっぱじまりやがったぜ。勇者さんと女騎士、巻き込まれてんじゃねえのか?」
「突然の魔界軍の襲撃、対する騎士団と第3魔導中隊、そして逃げ惑う者共。混沌とはまさにこのことだな」
「だからなんだってんだよ! こちとらどうすんだって聞いてんだ!」
半ば混乱気味のマットであるが、魔王は不敵に笑い、今の状況を喜んだ。
「この混沌、まさに好機」
騎士も第3魔導中隊も、敵は魔族だ。魔王たちなど眼中にない。魔族も魔王の存在に気づいてすらない。魔王からすれば、最高の舞台である。
「ベン! 教会に来い! ダートも来るのだ!」
《なんかそっち、大変そうじゃな。すぐ行く》
《魔王様、おいらに、任せて》
ベンとダートへ指示を下した魔王は、マットに視線を向け、彼にも指示を下す。
「マットよ、行くぞ。人化を解け」
「あそこに突っ込むのか? ったく、魔王様と一緒にいると、いつもこうなる」
「相手が魔族であろうと人間であろうと、誰彼構わず攻撃するのだ。難しいことではない」
「はいはいはい! やってやるよ!」
戦地を前にして口角を上げる魔王。やけくそのマット。2人は戦う決意も、準備も終えた。
第3魔導中隊の登場に、ミノタウロス族やガーゴイル族といった魔族たちは、白い雪を人々の血で赤く染めながら、教会内部へと突撃。騎士たちも魔族を追って、教会内部に流れ込んだ。魔王とマットは、そんな魔族たちの流れに乗って、教会内部へと入り込む。
教会内部は死屍累々だ。教会を美しく荘厳に飾った彫刻は爆風により破損。ずらりと並べられたベンチも不揃いで、その上には騎士や魔族、礼拝者の死体がもたれかかる。
殺し合う魔族と騎士たちの中、ミードン像のすぐ下で、戦闘に巻き込まれ、魔族に応戦する、癖っ毛気味の女性を魔王は発見した。ヤクモだ。
魔王はヤクモのもとに向かうため、ベンチの背もたれや死体を通路に、教会内を駆けた。振り回される剣や棍棒、飛び交う攻撃魔法を避け、マントを揺らし教会内を進む魔王。マットの援護もあり、魔王は無傷でヤクモの隣に到着する。
「貴様、大丈夫か?」
「まあね。にしても、魔界軍の襲撃って……」
元気そうではあるが、機嫌は悪そうなヤクモ。いつも通りの調子のヤクモに魔王は小さく笑い、これからの行動をヤクモに伝えた。
「この機に乗じ、貴様の魔力を取り戻す。が、まずは邪魔者を排除だ」
「分かった」
魔王の言葉を理解し、防戦から一転して魔族や騎士たちに斬り込もうと踏み出したヤクモ。そんな2人の前に立ちはだかる少女が1人。ヤクモの存在に気づき満面の笑みを浮かべるリルだ。
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