第7章7話 工場炎上

 研究棟倉庫からは夜空がよく見える。魔王、ヤクモ、ダートの攻撃魔法は、研究棟を瓦礫と火の海に変貌させた。異界の技術は粉々に砕け散り、あるいは吹き飛び、ひとつずつ確実に姿を消していく。


「なんでこんな……こんなことに……! クソッ! お前ら、覚えてろよ!」


 怒りを撒き散らしながらも、魔王たちを止められぬ無力感に襲われたリョウタ。魔力も戦闘力も持ち合わせぬ彼は、悔しさに拳を握り、捨て台詞を吐くと、研究棟から逃げ出してしまった。


「追う?」

「いや、放っておけ」


 逃げ出すリョウタに気づいたヤクモだが、魔王は彼を放っておくように言った。魔王を名乗る者を研究棟倉庫まで案内し、設計図の在り処まで教えてしまう無警戒さに、国を滅ぼしかねないお人好しさを兼ね備えるリョウタなど、今すぐ殺す価値はない。

 

 リョウタの姿が見えなくなると、魔王たちの破壊活動は本格化した。彼らは研究棟倉庫だけでなく、スイルレヴォン工場そのものの破壊にも乗り出したのである。

 

 異界の技術を丁寧に潰していきながら、研究棟倉庫の壁を破壊し、外に飛び出したのはダートだ。ダートはその凄まじい腕力でパイプを捻り潰し、ソイルニードルを使って魔機を砕く。

 ヤクモは、ともかく目に入ったもの全てを燃やし、破壊していった。異界の技術から木彫りの置物まで、何もかも、無差別にだ。彼女が通った箇所は灼熱の地獄と化し、残るのは原型を留めぬ鉄の塊と灰だけである。


 破壊活動をするのは魔王も同じ。彼は研究棟倉庫から倉庫区画へと足を踏み入れた。倉庫内には、おびただしい数の異界の武器がしまわれている。おそらく、2個大隊分の銃と弾薬は用意されているだろう。


「これではスイルレヴォンだけでなく、この世界も滅びかねん」


 あと数週間、破壊が遅れれば、この世界の歴史は変わっていただろう。リョウタは自覚していないであろうが、彼は世界を滅ぼしかけたのだ。あの程度の男が、幸運によって、世界を滅ぼしかけたのだ。

 異界の武器は根絶やしにするべき。魔王は大量の異界の武器を前に、アクアカッターを発動した。12の水の刃は、縦横無尽に倉庫内を飛び回り、まるで料理でもしているかのように、異界の武器を切り刻んでいく。


 何がしまわれていたのか分からぬほど、倉庫内が細かい破片に埋め尽くされると、魔王は倉庫を出て工場を眺めた。ちょうど『あれ、よく燃えそう』という理由で魔鉱石タンクにヤクモが火をつけ、工場よりも巨大な火球が空を焦がす景色が広がっている。

 火球によって昼間のように明るい工場内部。魔王は心を躍らせながらも、言葉を魔力に乗せ指示を下した。


「ルファール、聞こえるか?」

《聞こえている》

「お前は小娘共を始末しろ。その後、格納庫前で合流するのだ」

《了解した》


 魔王たちの姿を記憶し、リョウタが転生者であることを知る少女たち。彼女らは知りすぎたのだ。彼女らは不幸にも、魔王の敵となってしまったのだ。だからこそ、始末しなければならない。

 いたいけな少女たちを始末しろと指示され、動じないルファールも、なかなかの冷酷さだ。彼女は魔王との会話を終わらせ、指示に従う。


 ヤクモ、ダートがくまなく工場を破壊する間、倉庫を出た魔王は、1人で喚きながら居住区へと走る男を発見した。リョウタだ。居住区に向かうということは、少女たちを助けに向かっているのだろうか。


「ふざけんな! あいつら、絶対に許さねえ! 絶対に殺してやる!」


 お人好しも怒りに染まれば罵詈雑言を口にする。鬼のような形相をしたリョウタを遠目に、魔王は呟いた。


「あまり自由に動かれても困るな」


 殺すのは後回しにしていたが、リョウタを生かすつもりもない。潮時だと感じた魔王は、おもむろに右腕を突き出し、アクアカッターを放つ。

 アクアカッターは数十メートルの距離を飛び抜け、天高くそびえる煙突の根元を切り裂いた。煙突はゆっくりと倒れていき、その先には、リョウタの姿が。


「クソ! クソ! クソッ! 何なんだよ!」


 自分に向かって倒れてくる煙突に悪態をついたのが、リョウタの最期。彼は、地上に横たわり崩壊した煙突の、凄まじい土埃の中へと消えていった。

 絆を大事にし、一応は民衆の幸福を願ったリョウタは、間違いなくお人好しだったのだろう。魔王は思う。だからリョウタは死んだのだと。良い奴は早く死んでしまうのだと。


 リョウタが死んだからといって、魔王たちの破壊の手は緩まない。辺りにはダートが破壊する鉄の断末魔が響き渡り、工場はヤクモが燃やした灼熱の炎に巻かれる。魔王は次々と煙突を倒し、工場は灰塵へと姿を変えていった。


「スイルレヴォンの民衆の不満が爆発する前に、工場が爆発する。愉快愉快」


 魔王の心は、小躍りするばかりである。


    *


 工場から煙突は消え失せ、建物のほとんどが崩壊し、黒煙に包まれる中、魔王とヤクモ、ダートは格納庫前に集った。ここは飛行魔機が着陸する場所。彼らはスタリオンの到着を待っているのである。


「あれだけやれば十分だよね」

「研究棟、工場、全部、燃えてる。開発中の、武器兵器、一緒」


 破壊の限りを尽くしたダートと、自らが作り出した灼熱地獄に汗をかくヤクモは、どことなくすっきりした様子。破壊というのは心を洗うのだ。


「あ、ルファさん!」


 格納庫前にはルファールも到着し、ヤクモが手を振った。彼女がここにいるということは、彼女も任務を遂行したということ。4人が集ったところで、魔王は宣言した。


「設計図も跡形もなく破壊した。もはや、この場に用はない」


 そう宣言した直後、格納庫前にスタリオンが着陸。ラミーとマットが地上に降り立ち、魔王たちを称えた。


「魔王様魔王様! 大炎上ですね!」

「うむ、ここにはもう破壊するものはない」

「それでは、次の目的地に向かいましょう!」


 スイルレヴォンの工場は破壊し、異界の技術、武器、兵器は、人間界から完全に駆逐した。だが、魔界にはまだそれが残っている。魔王たちの仕事が終わったわけではない。次の目的地は、オガレイラムだ。


「あれ? パンプキン、いない」

「ホントだ。どこいったんだろう、あいつ」


 次の目的地に向かうため魔王がスタリオンに乗ろうとした時、ヤクモとダートがパンプキンの不在に気がついた。と同時に、ヤクモはポケットを探りだし、叫ぶ。


「ああ!」

「どうしたのだ?」

「財布、盗まれた!!」


 やはり、パンプキンはコソ泥だったのだ。工場の破壊に意識を取られたヤクモは、スリのプロからすればカモでしかなく、工場の混乱は魔王たちから逃げおおせる最大のチャンスだったのである。


「あいつ、今度会ったら財布に入ってた3倍の額、返してもらおう」


 怒りを隠すことなく、青筋を立てたヤクモのドスの利いた言葉。魔王は苦笑いしながら、出発前の確認を行う。


「破壊し損ねたものはないか、探せ!」


 唯一、格納庫だけは捜索も破壊も行っていない。ゆえに格納庫に異界の技術が残っていないか、魔王は確認の必要があると判断したのである。そして彼の判断は、正しかった。


「ねえ! これって爆撃機じゃない!?」


 格納庫の中を覗き込んだヤクモが、大声で報告した。たしかにリョウタは爆撃機を開発したと口にしていたが、爆撃機の姿はまだ見ていなかった。その爆撃機が、格納庫に収納されていたのである。

 真っ暗な格納庫に安置された爆撃機。スタリオンの倍以上の大きさはあろうかという、黒一色に統一された、上から見れば三角の形をした飛行魔機。


「日本語で名前が書いてある。オーカサーバー? 爆弾も乗っけてあるよ」

「爆弾? なんじゃそりゃ?」

「ええと、エクスプロを起こす魔具みたいな兵器、って感じかな」

「ほうほう……」


 マットの質問に、珍しく的確に答えたヤクモ。マットは何やら考え込む。

 危うく破壊し損ねるところであった爆撃機は、20個の2000ポンド爆弾を抱え、出撃も可能な状態で格納庫に収納されていたらしい。異界の脅威を目前に、魔王はすぐさま指示を下した。


「爆撃機も破壊――」

「破壊は待ってくれねえか?」


 指示を下そうとしたのだが、マットの言葉に遮られてしまった。一体、マットは何を考えているのか。


「こりゃ普通の飛行魔機だ。俺でも操縦できる。いやな、ちょっと思いついちまったんだよ」


 そう言ったマットの目は輝いている。どうやらマットは、異界の技術を前にして、操縦士としての願望に火がついてしまったようだ。

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