第6章 ロダットネヴァ渓谷の戦い

第6章1話 エルフ族の災難

 ヤクモの魔力の一部を取り戻し、ルファールという強力な味方を得た魔王。ここまで揃えれば、負けることはない。魔王はそう確信し、いよいよ自らの魔力の一部を取り戻すため、隠された魔力の在り処を探り出そうと行動を開始した。

 ただし、何日経っても、魔力の在り処は分からぬままであった。ウォレス・ファミリーとラミーの情報網をもってしても、魔王の復活を警戒するヴァダルから、魔界の重要機密を手に入れることは、至難の技であったのだ。


 これといった成果も得られず、魔王はただ、ケーレス自治領の運営を続けることしかできない。せっかく採用試験に勝ち残ったルファールも、採用試験前と変わらず、ダイスの警備をする以外にやることがない。


 採用試験から15日という月日が流れた日の朝。魔王はシンシアに連れられ、ヤクモと共にダイス1番街の高級レストランで、朝食の時間を優雅に過ごしていた。何ということもない。シンシアの思いつきに、魔王とヤクモが付き合わされているだけだ。

 いつもはダイス城の重厚な石壁に囲まれ過ごす朝食。それも落ち着いた雰囲気の店で、ゆっくりとしながら過ごすと、紅茶の香りも卵料理も味わい深い。


「朝から贅沢は最高ニャ~」

「スラスラ~野菜スープおいしい~イムイム~」

「正直言うと、私は布団にくるまってたかったんだけどね」

「もう、勇者さんはすぐそういうこと言うニャ。でも本当は、朝食が美味しくて満足してるはずニャ。たまには早起きも良いと思ってるはずニャ」

「う、うるさい! 別にそんなこと……ってアツッ!」

「図星ニャ~、勇者さんは分かりやすいニャ~」


 朝だというのに元気な、スーダーエを抱いたシンシア。そんな彼女に図星をつかれ、焦りながら飲んだ紅茶で舌を火傷するヤクモ。女子2人の会話に魔王が参加する余地はなく、場違いな感も漂っていたが、魔王は気にしない。


 むしろ魔王は、1人のエルフ族の男性が店にやってきて以降、彼に興味を抱いていた。エルフ族の男は、自尊心が強いエルフ族らしく、身なりはしっかりしていた。だが、魔王は彼の正体を知っている。彼は、ここにいるはずでない男だ。

 なぜエルフ族の男がここにいるのかを考えると、彼の話を聞く必要があると魔王は思った。そこで、ヤクモとシンシアの会話が一瞬だけ途切れると、魔王はエルフ族の男に話しかける。


「シュペレーよ、我の顔を覚えているか?」


 ケーレスの高級レストランで、黒い服装と黒いマントに包まれた、シルバーの短髪に紫の瞳を持つ、見た目だけならば若い男の呼び掛け。近くの席に座っていたエルフ族の男は、名前を呼ばれ首を傾げるが、すぐに相手の正体を知り、驚愕する。


「魔王様!? 死んだと聞いておりましたが?」

「ヴァダルの虚報だ。我はこの通り、まだ生きている」

「まさか、このような場所で魔王様と――」

「挨拶はよい。それよりシュペレー、お主はなぜこのようなところにいる?」

「それは――」


 魔王とシュペレーの間で進む会話。シュペレーが何者なのか、なぜ魔王は彼に話しかけたのか、何も分からぬヤクモとシンシアは、魔王に視線を向けた。


「ねえ、知り合い?」

「あやつはエルフ族の族長、シュペレーだ」

「エルフ族の族長って……偉い人ニャ! なんでこんなところに1人でいるニャ!?」


 一魔族を統べる立場にある男が、ケーレスの高級レストランに1人でいるというのは、明らかに異常なこと。シンシアが驚くのも当然である。魔王とシンシアの質問に、シュペレーは俯きながら、口を開いた。


「私たちエルフ族は、存亡の危機にあるのです」


 悔しさと屈辱の滲むシュペレーの答え。彼の目には怒りがほとばしり、唇を噛みながら、この世を呪わんと、半ば吐き捨てるように話を続けた。


「ヴァダルが魔界を統治してからというもの、あの戦争狂は人間風情との戦いに明け暮れ、魔界の内政は、憎きダークエルフ族のアイレーに任せきりになっております」

「なるほど。シュペレーがここにいる理由は分かった。魔界では、エルフ族が弾圧されているのだな」

「その通りであります。偽エルフの長であるアイレーは、正統な血筋を引く私たちエルフ族を逆恨みし、傀儡どもを使って私たちの町や村を焼き、大勢の同胞を殺した。奴に逆らう者も処断され、私は止むを得ず、このような地に逃げてきたのです」


 エルフ族は自らをエルフの正統な血筋とし、ダークエルフ族と自らを差別化していた。ダークエルフはそんなエルフ族を憎み、古来から両族はいがみ合っている。ただでさえ性格の破綻したアイレーが魔界の内政を行えば、エルフ族が弾圧されるのは自然な流れだ。

 こうなれば、シュペレーを味方につけ共に戦うべきかというと、そうでもない。エルフ族は魔界の中でも特殊な立ち位置。それをよく知る魔王は、小さく笑って言った。


「だからと言って、我に助けを請うつもりも、我を助けるつもりもないのであろう?」

「はい。私たちはエルフ族。永世中立こそが私たちの伝統。野蛮な戦に手を貸す気も、誰かに手を借りる気もありません。それが魔王様であろうと」


 2000年もの間、エルフ族は永世中立を保ってきた。彼らは魔界の中ですら、特定の立場に立とうとはせず、歴代の魔王の頭を抱えさせてきた種族でもある。

 永世中立の伝統は、結果としてエルフ族を孤立させ、ダークエルフ族が魔界で大きな権力を持つ結果となったが、自尊心を糧にしたエルフ族は、それを誇りにすら思っている。そんなエルフ族が、今更になって魔王の味方をするはずがないのだ。


 魔王はエルフ族の面倒さ・・・をよく知っていた。一方で、ヤクモとシンシアはそれを知らない。彼女らはどこか合点がいかない様子でシュペレーに聞く。


「じゃあ、魔王じゃなく私たちに味方する気もないの? 一緒に戦えば、エルフ族が救えるんじゃない?」

「そうニャ。存亡の危機ニャら、永世中立どころじゃないと思うニャ」

「笑えぬ冗談です。誰が人間風情や人間と魔族の混血のような、下賤な輩と手を組まねばならぬのですか。それならば、エルフ族は誇りのために滅亡しても構わない」

「ああ、そう」


 シュペレーの返答から、エルフ族の面倒さ・・・の一端を察知したヤクモとシンシア。2人はこれ以上、シュペレーの相手をするのをやめた。ヤクモに至っては、「こりゃ弾圧されるわ」と言って、急速にシュペレーへの興味を失い、外を眺めてしまう。

 エルフ族は勇者に嫌われた。エルフ族は滅亡の淵に立たされても変わらない。そんな彼らに嘲笑にも近い笑みを浮かべた魔王。彼は、エルフ族を利用しようと口を開く。


「しかしシュペレーよ。ダークエルフ族に、アイレーに復讐を果たしたくはないか? 己が同胞を殺した者どもに、それ以上の苦しみを与え、嗤いたくはないか?」

「……はい」

「では聞こう。我は今、魔界に隠された我の魔力を探している。シュペレー、お主なら魔力の在り処を知っているはずだ」

「…………」


 魔王は、シュペレーの本心が手に取るように分かる。自尊心の高いエルフ族は、外面は気取りながらも、内心では、煮え滾る憤怒が精神を焦がし、復讐を望んでいるのだ。


「我が力を取り戻せば、アイレーなど一捻りよ。お主らエルフ族の復讐心は満たされよう」


 憎しみと復讐の感情を前に、伝統などは吹いて消えてしまう。『感情は理性を狂わせ、規則を破る凶器と化す』のである。だからこそ、魔王はシュペレーの復讐心を煽った。そして、シュペレーは彼の思惑通りに、ある言葉を吐き出した。


「……ロダットネヴァ渓谷のドゥーム洞窟。それ以上は言えません」


 たったひとつの情報を魔王に伝えただけのシュペレー。これでも、エルフ族が魔王を助けるというのは、異例中の異例。ドゥーム洞窟に魔王の魔力の一部が隠されている。シュペレーの情報に魔王はそう確信し、満足げな表情で笑った。

 と同時に、レストランに飾られていた大きな壺が小刻みに動き出し、壷の蓋が開けられた。壷の中からは、赤みがかった長い髪の少女が姿を表す。


「ついについに、魔王様の魔力の在り処が分かりましたね!」


 壺から出てきたのはラミーであった。彼女は魔王とシュペレーの会話を把握している様子。その表情は、自分の魔力の在り処を知った魔王よりも嬉しそうだ。


「え!? まさかずっとそこにいたの?」

「そりゃそうですよ。魔王様を女2人に渡すわけにはいきません!」


 突然のラミーの出現に当然の感想を述べたヤクモと、それに対し当然ではない回答をしたラミー。だが魔王は、当たり前のように、むしろ、これで素早い行動ができると言わんばかりに、ラミーに指示を出した。


「ラミーよ、作戦を練るのだ。明日には出発する」

「お任せください!」


 魔界となれば、魔王もラミーも知った土地だ。ラミーは早速、壺から出て、魔力を取り戻すには何が必要かを考える。魔王もまた、朝食を中断し、シュペレーの存在を忘れ、急ぎダイス城へと戻っていった。


「ほら~たまには外で朝食も悪くないニャ。どんな掘り出し物が転がってるか、分からないニャ」


 ダイス城へと向かう魔王は、背後から聞こえた、ヤクモに対するシンシアのそんな言葉に同意する。大事な情報がどこに転がっているかは、分からないものなのだ。

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