第5章3話 採用試験1回戦
採用試験参加者10人は、全員が殺し合いに参加することを決めた。ここまで来て、逃げ出してしまう
「魔王さん、勇者さん、審査員の挨拶をお願いニャ」
「スラスラ~挨拶お願い~イムイム~」
シンシアとスーダーエからのお願いに、魔王は頷き、立ち上がった。立ち上がり、マントをひるがえらせ、右手の拳を掲げ、参加者たちの顔を睨みつける。そして、大きく息を吸い、低い声を玄関に響かせた。
「我は魔王、魔王ルドラである! お主ら10人は、これより己が力の全てを振り絞り、戦うのだ。今この時から、他の9人は全員が敵だ。敵は打ち倒さなければならぬ。容赦なく、徹底的に、苛烈に、敵を殺すのだ。そして、我を満足させてみよ」
心の奥底までを侵食するような魔王の強い語気と言葉に、参加者たちの闘争心は、静かに掻き立てられた。参加者たちの目つきは変わり、玄関には不穏な空気が漂う。いつ殺し合いがはじまってもおかしくはない。
しばしの沈黙の中、魔王は席に座り、代わってヤクモが席を立った。席を立ったはいいものの、何を言うかは考えていなかったらしい。
「ええと、魔王の言った通り。じゃあ、頑張って」
審査員の言葉とは思えぬ、あまりにテキトーな挨拶。これには魔王が掻き立てた参加者たちの闘争心も、その勢いを削がれてしまう。
闘争心を削いだのは、ヤクモだけではなかった。ヤクモが挨拶らしき何かを終え、席に座ると、今度はスーダーエを抱きかかえたシンシアが、尻尾をゆらゆらと動かしながら前に出て口を開いたのだ。
「じゃあ、早速1回戦をはじめるニャよ! 3分あげるから、準備するニャ!」
「スラスラ~準備が勝敗~決めるかも~イムイム~」
「おお! スーちゃんは良いこと言うニャ!」
殺し合いのための準備をしろ、と言っているようにはとても思えぬシンシアとスーダーエ。むしろ、ほんわかとした雰囲気すら漂っているため、頬が緩んでしまった参加者もいたほどだ。
多少の闘争心は削がれてしまったが、玄関の扉が開かれると、参加者たちは一斉に外へ飛び出した。参加者10人それぞれが、土砂降りの雨の中、大広場という限られた空間の中で、少しでも有利になろうと場所選びを行う。
大広場の中心に堂々と構えたのは、マーシャンだ。その周辺をヌスやプラート、ヴィーナが囲い、さらにその周辺に構えたのが、ウイアやサーラ、リューム、レッティ。ラッタスは彼らから少し離れた位置に、ルファールは目立たぬ位置で構えた。
「準備はできたみたいニャ。それじゃあ、採用試験1回戦――スタートニャ!」
シンシアの掛け声とともに、魔具による花火が雨の中で輝き、採用試験第1回戦がはじまりを告げた。ここからは、一切の容赦もない熾烈な殺し合いの時間である。
殺し合いの合図が鳴ると、参加者たちは一斉に武器を手に取り、敵を殺そうと動き出した。剣を持つ者、ナイフを持つ者、弓を持つ者、棍棒を持つ者、道具箱を持つ者、拳だけで戦おうという者――。
土砂降りの雨に打たれながら、それぞれ勝手に動きはじめた10人の参加者たち。ところがそのうちの6人は、動きは勝手でも、標的は一致していた。彼らは大広場中心付近で弓を引く、ヌス目掛けて武器を振るったのである。
彼らの行動を、魔王は予想していた。参加者たちはラッタスに大きな反発心を抱いていたが、戦いは頭だというだけあって、ラッタスは自分が狙われる可能性を勘定し、他の参加者たちから離れた位置で構えたのだ。
これにより、他の参加者たちはラッタスを殺す前に、他の敵を警戒しなければならない。そうなると、自らの脅威となる者が標的に選ばれる。結果、実戦経験豊富で、審査員からの印象も良かった、ヌスが狙われるという構図が導き出されるのだ。
遠くでほくそ笑むラッタス、突っ立っているだけのルファール、筋肉ポーズを見せつけるレッティを除き、ヌス以外の6人の参加者たちが、ヌスへと殺到する。ヌスは、イナゴのように押し寄せる敵に焦りの表情を浮かべ、必死に弓を引いた。
ヌスが放った矢は、敵の侵攻を遅らせようと健闘するも、サーラの頬をかすっただけ。マーシャンやプラートは矢を振り払い、ヌスの血を求めて武器を振り上げる。己の不利を悟ったヌスは逃げ出そうとするも、すでに敵に囲まれ逃げ場はない。
弓を片手に近接戦闘の術がなく、あたふたするだけのヌス。そんな彼の首を、ウイアのタコ足が締め上げ、リュームとヴィーナ、サーラが、ヌスの人間の上半身にモリやナイフを突き刺した。プラートはヌスの馬の脚を全て斬り落とし、彼が逃げることを許さない。
凄惨な表情を浮かべ、悲痛に泣き叫ぶヌス。彼に引導を渡したのは、マーシャンだ。マーシャンは棘の付いた巨大な棍棒でヌスを叩き潰したのである。潰されたヌスの体は、血塗られた肉塊となるも、すぐさま雨に洗われていった。
「うわぁ、えげつない」
「ヌスさんには期待してたんですけど、あっさりあっさり死んじゃいましたね」
「たぶん、ヌス、金稼ぎ、うまいだけ」
「ダートの言う通りであろうな。あやつは金稼ぎのために傭兵をやっていたのであって、その実は、戦闘経験など皆無であったのだろう」
魔王たち審査員は、ヌスの死を前に冷淡だ。不合格者に対し、いちいち哀れむような感情を、少なくとも魔王は、持っていないのである。
ヌスが死ぬと、標的を失った6人の参加者たちは、早速仲間割れを起こした。いや、そもそも仲間ではなく敵なのだから、殺し合って当然だ。
6人がそれぞれ剣を交える中、マーシャンはいやらしい目つきで、ヴィーナを標的に定めた。マーシャンはヴィーナの目の前に仁王立ちし、悪魔のような表情をして斬りかかるヴィーナのナイフを一瞬で振り払い、彼女を大きな手で鷲掴みにする。
「グヘヘ、お前は俺様のおもちゃだ」
武器を振り払われ、鷲掴みにされ動けぬヴィーナに、マーシャンは不気味な笑みを浮かべてそう言い、彼女の顔を舐めまわし、体のあらゆる箇所を弄り回した。これにはヤクモもラミーも、シンシアもドン引きである。
ダイスのマドンナである美人の顔は、マーシャンの唾液に汚されべっとりとしていた。これにヴィーナは耐えられなかったようだ。彼女は悲鳴をあげ、隠し持っていたナイフをマーシャンに向けることなく、自らの首に突き刺し、自ら命を絶ってしまう。
「悲惨……」
「でもでも、魔王様に色仕掛けをするから悪いんです」
マーシャンに飽きられ、大広場に放置されたヴィーナの死体に、ヤクモは同情していた。だが、ラミーは笑顔のまま暴言を放ち、魔王とダートは無反応。
ヴィーナが脱落してすぐだ。モリを構えたリュームは何を思ったか、片手を顔に当てて左目を覆い隠し、体をくねらせながら「戦いとは、無常だ」などと呟いていた。
ところがリュームは、体をくねらせすぎたようである。雨に濡れた大広場の石畳の上で、彼はバランスを崩し、足を滑らせ、地面に仰向けに転んでしまう。そんな彼をプラートは見逃さず、プラートはリュームの首を切り、リュームの頭部は胴体から離れていった。
リュームが脱落したのと同時。筋肉を見せつけながら、サーラとウイアに拳を叩き込むレッティだったが、サーラの反撃により彼の左腕が斬り落とされた。
地面に落ちた、血だまりに沈む自らの左腕を眺めるレッティ。彼は、これから永遠と左腕の筋肉を鍛えられなくなってしまった事実に意気消沈、サーラのナイフを避けることができず、心臓を貫かれ、レッティの筋肉自慢は終焉を迎えた。
「あいつら、何がしたかったの?」
「う~ん、レッティさんは筋肉自慢がしたかったんでしょうけど、リュームさんは謎です」
リュームとレッティのあんまりな死に方には、審査員も呆れ顔。魔王はやはり、無感情無表情のまま。
1回戦で死ぬのはあと1人。マーシャンとプラート、ウイア、サーラは激闘を繰り広げ、ラッタスとルファールは蚊帳の外。
しばらく4人が剣を交える中、マーシャンとプラート、ウイアの3人が、何やら小声で意思疎通を図っていた。一体何を話しているのかと魔王が注目していると、3人は足並みを揃え、殺意の視線をサーラに向ける。
戦闘力の差を考え、3人の潰し合いを狙っていたサーラは、絶体絶命。彼女は容赦ない3人の攻撃を必死で避けるが、戦闘力の差は如何ともし難い。最終的に、サーラはウイアのタコ足に体を拘束され、首を絞められ、苦悶の表情を浮かべたまま、絶命した。
「1回戦は終わりニャ!」
サーラの脱落とともに、シンシアがそう叫ぶ。1回戦を勝ち残ったのは、マーシャン、プラート、ウイア、ラッタス、ルファールの5人。大広場に残された5つの死体は、そそくさと片付けられてしまった。
魔王は思う。この1回戦、自分が期待していたようなものではなかったと。もちろん、これから2回戦と3回戦がある。ゆえに魔王の興味は、すでにそちらに移っていた。
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