第5章4話 採用試験2回戦

 玄関に用意された席に座り、開けられた玄関の扉から、大雨に沈む大広場を眺める魔王たち採用試験審査員。2回戦の準備を待つ間、彼らは1回戦の感想を言い合った。


「思ったんだけどさ、みんな魔法で戦わないよね」

「たぶんたぶん、魔法を使うほどの戦いじゃないってことですよ」

「そっか。アホみたいな死に方したヤツ多かったし」

「それにそれに、魔法を使える方は、意外と少ないんですよ」

「ふ~ん」


 片付けられる脱落者の遺体を、頬杖をし、あくび混じりに眺めるヤクモ。笑顔を浮かべながら、1回戦を見て内心では先行き不安を感じるラミー。彼女らの話に続き、ダートが魔王に話しかけた。


「魔王様、気になる奴、いました、か?」

「正直に言うと、いないな。期待を捨てる気はないが、期待値は下がっている」


 1回戦を見る限り、魔王はそう言うしかなかった。1回戦で脱落した参加者たちの死に様は、どれも自滅に近いものばかり。残りの5人が脱落者より優れていたとしても、彼らが強者であるかどうかには疑問符がついてしまう。

 審査員たちが懐疑的な目をする中、2回戦の準備は着々と進んでいた。脱落者の遺体は除去され、マーシャンとウイア、プラートの3人が大広場の中心に、ラッタスとルファールは1回戦と変わらず、それぞれ大広場の西端と東端で構える。


 現状、1回戦の勝ち残り組3人と、何もせずに5人の脱落を待った待機組の2つの組が存在する。となると、おそらく勝ち残り組は手を結び、待機組を潰すのではないか。広場を眺める魔王は、2回戦の行方をそう予想した。

 勝ち残り組3人は、広場の中心に集まり、何やら小声で話し込んでいる。それが魔王の予想通りの行動であれば、待機組は危機的状況だ。


「準備できたかニャ?」

「スラスラ~生き残るのは~誰かな~イムイム~」


 参加者たちに確認をするシンシア。参加者たちは、大声や身振り手振りで準備完了を伝えた。それを見て、シンシアは息を大きく吸って、叫ぶ。


「よ~し、採用試験2回戦、は~じめ~るニャ~」


 まるでパーティでもしているのかのように楽しそうな表情のシンシア。彼女は大雨の中でも、太陽のような明るさで2回戦のはじまりを告げたのだ。


 シンシアの合図を聞いたマーシャン、ウイア、プラートは、一斉に武器を握りながら、それでも互いに戦うことはなかった。彼らの視線は一致して、広場の端で道具箱を持つラッタスに向けられているのである。

 魔王の予想通り、勝ち残り組3人は手を結んでいた。彼らは漁夫の利を許すつもりはないのだ。標的を定めた彼らは、野獣のような勢いでラッタスに向かって走りだす。3人の9つの目に睨まれ、迫られるラッタスは、強く歯ぎしりをしながら、急ぎ道具箱を開く。


 勝ち残り組とラッタスとの距離は十数メートル。数秒もあればラッタスに勝ち目はなくなってしまう。そこでラッタスは、道具箱からひとつの球体を取り出し、自らと勝ち残り組の間に広がる空間に、球体を投げつけた。

 ラッタスが投げつけた球体は、地上に叩きつけられるなり破裂し、あたり一面に撒菱が置かれる。さらに、ラッタスは別の球体を投げつけ、油をばら撒き、そこに炎属性魔具を使って着火、炎の壁を作り出した。


「ハハハハハ! どうだ! 戦いは頭! 頭なんだよ! バカども!」

「あいつ……殺す!」


 自分を讃え、敵を貶し、大笑いするラッタス。勝ち残り組は鬼のような表情だ。感情的になった彼らは、なんとかラッタスを殺そうと撒菱に覆われた地帯に突入、炎に巻かれながら、少しずつラッタスへと近づく。

 ところがラッタスは、まだ笑って、クロスボウ型をしたワイヤー付きのアンカーを道具箱から取り出した。そしてダイス城の壁にアンカーを射出、引っ掛け、ワイヤーを勢い良く巻き戻し、道具箱片手に空を飛ぶ・・


 ワイヤー付きアンカーを使うことで、ダイス城の壁を経由し、大広場の西端から東端へと移動したラッタス。勝ち残り組は彼の動きについていけず、ラッタスは道具箱を再び開いて大笑いし、敵をさらに嘲る。


「ハハハ! バーカ! 能無しのお前らじゃ、僕みたいな道具を使った戦いはできないさ! 間抜け! クズども! ハハハハハハハハ!」


 敵に子供じみた罵詈雑言を投げつけ、悦に入るラッタス。だが彼の頭からは、もう1人の存在が完全に抜け落ちていた。ラッタスの背後に近づく、白銀の鎧に身を包んだ女性、ルファールの存在を。

 ルファールはラッタスの背後に立ち、彼の背中に躊躇なく細剣を振り下ろす。ラッタスの笑い声は、肉を切り裂く鈍い音によって途切れた。彼の背中は大きく割れ、鮮血が噴き出し、ラッタスは笑顔のまま、力なく崩れ落ち、息絶える。


「周りが見えぬ者は死ぬ。戦場では当然であるな」


 2回戦最初の脱落者を見て、魔王はそう呟いた。ラッタスのはたしかに悪いものではなかったが、ラッタス本人が戦いを知らなかった。ならば、魔王からすると、彼があのようにあっさりと死ぬのは、当然のことなのである。


 勝ち残り組3人は、撒菱を避け、ラッタスの死体を遠目に確認すると、一様に歓喜した。3人は、気に食わぬ者が地獄へ落ちたことを祝福していたのである。それでもすぐに、彼らはルファールへと視線向け、武器を構え、走りだす。

 ラッタスが死んだいま、勝ち残り組の次の標的は、ルファールとなった。勝ち残り組とルファールでは、3対1。ルファールの不利は明らかだ。


 だがその時である。強烈かつ局所的な暴風が大広場を通り抜け、埃と水しぶきを豪快に吹き上げた。勝ち残り組も、右端に陣取るマーシャン以外は暴風に煽られ、吹き上げられた埃と水しぶきに包まれてしまう。

 

 あまりに突然の暴風と視界不良に、プラートとウイアには大きな隙ができた。これを見たマーシャンの心を、悪魔が支配する。彼は暴風を好機とばかりに、プラートに向けて棍棒を振ったのだ。

 手を結んだはずのマーシャンに攻撃されたプラートは、脇腹に棍棒を当てられ、血を吐き出す。しかし彼の命は絶えず、プラートを怒りで顔を歪め、マーシャンに剣を振った。


「ここで仲間割れ? 信用できないヤツら」

「さっきの暴風、2回戦の行方を変えそうですね」


 予想外の事態に驚き、または呆れるヤクモとラミーだが、魔王は少し違った。彼は、風の正体がルファールの風属性魔法であることを見抜いていたのである。

 ルファールは魔法で風を起こし、プラートとウイアの2人だけに隙を作らせた。そして、マーシャンにあえて2人の隙を見せつけることで、仲間割れを誘引したのだ。


 プラートは怒りに任せてマーシャンに斬りかかる。ところが、勝ち残り組の協力体制は完全に崩壊したようだ。プラートはマーシャンを斬りつける直前、剣を持った右腕をウイアのタコ足に封じられてしまったのである。

 右腕を封じられようと、プラートは諦めない。彼は左腕の隠し刀を使って、マーシャンの喉元を狙う。マーシャンは再び棍棒を振り上げた。


 マーシャンとプラート、どちらの攻撃が先に敵を殺すか。その結果は、マーシャンの勝利であった。プラートはマーシャンの棍棒で顔面を殴られ、頭蓋骨を粉砕され、醜い姿となって地面に横たわり、彼の血が雨と混ざり合う。


「な、なあ、あたいとお前であの女騎士を殺して、一緒に3回戦に行かないかい?」


 プラートの遺骸を前に、ウイアは雨と冷や汗で体を濡らしながら、青い顔をしてマーシャンにそう呼びかけた。彼女の震えた声は、彼女がマーシャンの裏切りを警戒し、恐怖している証拠に他ならない。

 それに対し、棍棒を肩に担いだマーシャンは、遠くに立つルファールの顔を眺めた。そして、彼はギロリとした目でウイアを睨みつけ、ニタリと笑う。


「あの女騎士、よく見ると美女だなぁ。タコババアよりもあいつの方が楽しめそうだ」


 下品な笑顔を浮かべるマーシャンから垂れた、下心に汚れきった言葉。クラーケンの肝っ玉母ちゃんよりも、人間の若い女を相手・・に選んだマーシャンは、ウイアに向かって棍棒を振り下ろした。

 義理人情など持ち合わせず、色欲によって棍棒を振るマーシャンに、ウイアはなんとか殺されまいとその場を逃げ出す。しかし、ウイアのタコ足はマーシャンの左腕に掴まれ、体ごと引きずり戻され、彼女は逃げることすらできない。


 マーシャンは、棍棒を持った右腕を何度も振り下ろした。その度に、ウイアの顔の形は変わり、青い血液が飛び散り、ウイアの悲鳴は徐々に静かになる。数分後、ようやく棍棒を振るのに飽きたマーシャンは、原型を留めぬウイアを放置し、勝利を噛み締める。

 採用試験2回戦は、マーシャンとルファールの勝利であった。だが、あまりに残酷な2回戦の結果に、審査員たちは一様に頭を抱えてしまう。

 

「ひっどい結果。もう見てられない」

「困ります困ります。あのマーシャンさんが味方候補1位なんて……」

「でも、マーシャン、強いのは、確か」


 テーブルに突っ伏すヤクモ、困り果てたラミー、マーシャンの強さを認めながらも遠くを見つめるダート。魔王は何も言わず、表情を変えることはなかったが、彼だけはルファールの潜在性に興味を持ち、3回戦を楽しみにしていた。

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