第4章8話 第3魔導中隊

 魔導師団からの攻撃に耐え、魔導師団の攻撃を妨害し、ようやくクレーターの縁の頂上に到着した魔王たち。ここまで来ると、魔導師団からの攻撃も止み、土埃もなく、闇夜の静けさと満天の星が魔王たちを出迎えた。

 魔王たちを出迎えるのはそれだけではない。彼らの目の前には、白いローブに全身を包み込む、13人の魔導師が立ちはだかっている。


 攻撃が止んだとはいえ、敵はまだいるのだ。魔王たちは戦闘体勢を崩さず、包囲を突破しようと構える。

 すると、13人の中で唯一、先の曲がったとんがり帽子を被る女性魔導師が前に出た。女性魔導師は顔を上げ、帽子のつばに隠れていた、幼い面影を残しながらも、凛々しくも不敵に笑った彼女の顔が、魔王たちに向けられる。


「あたしは共和国軍魔導師団第3魔導中隊隊長のリル・マーリン。人間界最強の水属性魔法使いだから、勇者と魔王だからって油断しない方が良いからね~」


 快活で、しかしどこか気の抜けた声は、魔力によって届けられた、攻撃のカウントを行っていた声と同じ。魔王と勇者を前にして、堂々と、不敵な笑みを浮かべて自己紹介するリルに、魔王もまた不敵に笑って答えた。


「共和国軍にしては苛烈な攻撃だと思えば、第3魔導中隊か」


 大きな青い水晶を戴く杖。リルの腰に巻かれた帯や、ローブからのぞく足に括り付けられた大量の魔具。魔王と勇者を前にしても、怖気づかない強い心。そして何より、第3魔導中隊隊長という肩書き。これだけで、魔王は魔導師団の苛烈さに納得がいく。

 一方で、惚けた顔をするのはヤクモだ。自らを苦しめ、イラつかせた魔導師たちの隊長が、自分よりも年下なのは確実な少女だったのである。状況がつかめず、彼女は魔王の側に寄り、彼に質問した。


「魔王、知ってるの?」

「第3魔導中隊は、我らにしてみれば、憎しみの対象として事欠かぬ部隊であるからな、当然だ」

「どういう部隊?」

「貴様に分かりやすく説明するならば、第3魔導中隊は特殊部隊、といったところか。破壊工作と暗殺を主任務とした、タチの悪い奴らだ」

「あのリルって娘は?」

「あやつは2年前、わずか15歳で第3魔導中隊の隊長となった、人間界一の水属性魔法使い」

「つまり、面倒な相手ってことね」

「そうだ」


 ヤクモが面倒と口にした時点で、ヤクモが第3魔導中隊の危険性を理解したと、魔王は判断する。


 魔王の祖父、大魔王の時代から、第3魔導中隊は魔界軍を苦しめてきた部隊だ。過去には魔族四天王を暗殺され、街ひとつを破壊され、わずか200人の部隊で1万の魔界軍を足止めされたこともあるなど、その因縁は計り知れない。

 魔王の記憶にはないが、彼が幼少の頃、第3魔導中隊の工作員がディスティールに紛れ込み、魔王が拉致されそうになったこともあるという。リルはそんな部隊の隊長だ。いくら17歳の少女とはいえ、たかが小娘と油断するわけにはいかない。


 もちろん、第3魔導中隊を知るダートも、噂を知るマットも、第3魔導中隊を前にして緊張の面持ち。魔王の説明を聞いてようやく、やる気を出したヤクモとは違うのである。


「お話、終わった? 余裕綽々で待ってたんだけど、もう戦闘はじめちゃって良い?」


 不敵な笑みは消えることなく、腰に手を当て、余裕を見せつけるリル。だがそれは、魔王も同じことだ。魔王は腕を組み、リル以上に不敵な笑みを浮かべ、口を開いた。


「フン、我らこそお主らが攻撃をはじめるのを、余裕綽々で待っているのだぞ」


 魔王がそう言うと、まるで示し合わせたように、ダートが構え、マットは獣人化を解き、ヤクモが剣を抜いた。その光景に、リルは楽しそうな様子であったが、魔導師の1人は青筋を立て、叫んだ。


「ええい! 魔力を失い国を追われるような魔王崩れがよく言う! お前はヒノン国王ヤカモト陛下の罠にはまるような愚か者だ! 俺たちの相手じゃない!」


 唾を飛ばし叫んだ魔導師の男は、部隊の士気を上げるつもりであったのだろう。実際、彼の言葉に気勢を上げるものも少なくなかった。

 魔王からすれば、『ヒノン王国ヤカモト陛下の罠』という言葉が聞けたのだから、第3魔導中隊に感謝しなければならない。彼は恩を返すため、リルに言う。


「我から忠告だ。その男のような、機密事項・・・・を簡単に口にする者は、早々に処分するべきだ」

「忠告ありがとう。でも知ってる。さっき叫んだ人、帰ったら軍法会議だからね」

 

 じろりと男を睨みつけるリル。男は顔を真っ青にして、震え上がっていた。それでも、リルはこれ以上に部下の士気を下げるようなことはしない。彼女は即座に魔王とヤクモに視線を返し、部下に指示する。


「固まって戦えば一網打尽にされちゃうかもしれないから、ここにいる分隊以外は待機。みんな、相手は勇者と魔王だよ。徹底的に叩き潰そう」


 魔力に言葉を乗せ、そう言ってから、リルは息を大きく息を吸った。魔王は仁王立ちしたまま、ヤクモは剣を強く握り、ダートは地面に手を当て、マットはいつでも駆け出せるよう踏み込む。


「――攻撃開始!」


 ついに下されたリルの指示。リルと12人の魔導師たちは一斉に杖を突き出した。魔導師たちの杖の先端には炎が浮かび、リルの杖の先端に付いた青い水晶は輝き出す。

 魔王たちを死に至らしめるための攻撃魔法が、魔導師団の杖から放たれるまで数秒しかない。魔王はヤクモと会話している間に確認した敵の位置をもとに、矢継ぎ早に指示を出した。


「ダート、敵を分断しろ」

「分かり——」

「マットは敵の攻撃を引きつけ、あの小娘を孤立させろ」

「任しとけ!」


 相手は第3魔導中隊とはいえ、わずか13人。敵の攻撃を妨害し、分断に成功すれば、戦闘員わずか3人の魔王たちにも勝機はある。魔王は強力な魔力と耐久力を持つダート、高い戦闘力と機動性を持つマットに、防御及び支援を任せた。

 最大の敵であるリルには、魔王たちの中でも最高の戦力をぶつける以外に方法はない。魔王は叫んだ。


「ヤクモ! 奴らは魔導師だ! 剣の腕はなきに等しい! 至近距離まで近づけ!」


 アドバイスを含めてのヤクモへの指示。ヤクモは黙って頷き、剣を構え、自分の身を魔力障壁で包み込む。今の魔王は、自らと対等な存在を使って戦うしかないのだ。


 魔王の指示が終わるのと同時である。第3魔導中隊の炎属性魔法『ヒートピラー』が放たれた。12人の魔導師の杖からは、真っ赤に煮えたぎる灼熱の柱が、魔王たちを溶かし尽くそうと、地面と水平に打ち出されたのである。

 敵の攻撃に、ダートは即座に対応。彼は土壁で魔王たちを防御、12のヒートピラーは土壁にぶつかるなり、土壁を赤く染めながら、しかし土壁を完全に破ることはできなかった。


 12人の魔導師たちの攻撃は防ぎきったが、土壁のダメージも大きい。そこに、リルは待っていましたと言わんばかりに、水属性魔法『アクアカッター』で斬りつける。

 猛烈な速度で回転しながら、鋭い刃となった複数の水の輪は、弱った土壁を削っていく。ダートは必死で土壁を強化するも、疲労と魔力の減少は否めず、土壁は薄くなるばかり。ついに土壁は破られ、アクアカッターは魔王たちのもとまで到達してしまった。


 土壁を破り、「よし!」と口にしたリル。ところが、魔王は無傷だ。魔王を守る壁は、なにも土壁だけではなかったのである。リルのアクアカッターは、ヤクモの剣によって振り払われていたのだ。そう、ヤクモを撃破しなければ、魔王は殺せない。


 魔王と対等な、いや、力だけならば、現状魔王よりも強いヤクモ。彼女は剣先をリルに向け、踏み込み、破壊された土壁から矢のように飛び出す。

 リルは咄嗟にアクアカッターを繰り出し、ヤクモの足を止めようとした。ヤクモはそんな水の刃を、体を捩じらせ器用に回避、回避できないものは剣で振り払い、払い損ねたものは魔力障壁で弾く。ヤクモとリルの距離は徐々に縮まる。


 12人の魔導師は隊長を守ろうとヤクモに杖を向けたが、ダートの土壁や棘が、それを妨害する。さらに、獣人化を解いたマットが魔導師たちに突撃、彼らの集中力と統一性を奪った。

 もはや魔導師たちがヤクモを止めることはできない。ヤクモはアクアカッターの嵐を切り抜け、リルに剣が届く距離まで、ついに到達した。


 剣を振り上げ、リルを叩き切ろうとするヤクモ。リルもここで簡単に死ぬような人物ではない。リルは太もものケースから手に取った魔具を握りつぶし、氷の壁を作り、なんとかヤクモの剣を止める。

 リルはそのまま氷の壁を変形させ、ヤクモに向けて鋭く尖った氷柱を打ち出した。突然の氷柱に舌打ちをし、土魔法を使って足元の地面を突き上げ、後方にジャンプすることで事なきを得るヤクモ。一度詰めたヤクモとリルの距離は、再び離れてしまう。


 魔王はダートに守られながら、腕組みをし、ヤクモとリルの熾烈な争いを眺めているだけであった。魔王は確信しているのである。この戦い、自分が何もせずとも、ヤクモは勝てると。

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