第3章4話 忠実な僕

 ダートとの再会に喜ぶ魔王とラミー。しかしダートは浮かない様子で、おそらく申し訳なさそうな表情をしながら、ポツポツと今までのことを語りだす。


「おいら、魔王様、探してた。でも、人間、おいらを恐れた。おいらも、人間、殺した。だから、この洞窟、隠れてた」


 ゆっくりな口調と片言によって、長い時間喋ったわりに、中身のないダートの言葉。それでも魔王は、彼の1年半の苦しみの断片程度は理解し、胸を張ってダートに言った。


「では、もう隠れる必要はない。ダートよ、我が魔界の玉座に再び腰を据えられるよう、力を貸せ」

「も、もちろん! です!」


 ゴーレム族は、魔王の祖父である大魔王が、幼少の頃に泥遊びで偶然作り出したという特殊な種族。そのためゴーレムは、創造主である魔王一族に絶対の忠誠を誓った、『魔王の忠実な僕』である。魔王に力を貸せ、と言われて、断ることなどしない。

 噂の魔族の正体は、四天王の1人であったダート・リッジスであった。魔王たちは晴れて、新たな仲間を見つけ出したのである。


「ど、どういうことだ!? お前たち、共和国の人間じゃないのか!?」

「魔族の討伐は!? お前ら何者だ!」


 魔王はまったく忘れていたが、この場には魔王たちの他に2人の人間がいる。案内人の、町の若者2人だ。ただでさえ仲間の1人を殺された彼らは、困惑しながらも興奮した様子で、魔王たちに抗議する。しかし魔王は、冷淡に言葉を返した。


「我こそが魔王、魔王ルドラだ。この魔族は、我が連れて行く」

「はあ!? 俺たちゃ1年間、魔族討伐のための共和国軍が来るのを待ってたんだ! なのに、やっと姿を現した共和国軍の正体が、魔王を名乗る狂人!?」

「冗談じゃない! 俺たちを騙しやがって!」


 混乱、怒り、恐怖――。その全てが案内人2人を駆り立て、彼らに剣を抜かせる。そこに冷静な判断などありはしない。

 せっかくのダートとの再会に喜ぶ魔王は、その喜びに水を差すような案内人2人の行動に、目の下をぴくりと動かした。なるべく早くこの不愉快な場を収めたい魔王は、唯一考えられる、最も早く場を収められる方法を、ダートに命令した。


「ダート、殺れ」


 魔王の1年半分の命令に、ダートは1年半ぶりに忠実に従った。彼は両手で地面を叩きつけ、土魔法によって大地を操作し、土の棘によって2人の案内人を串刺しにしたのだ。


「せめて魔王様に剣を向けなければ、命だけは助かったかもしれないのですがね」

「運の悪い奴ら」


 串刺しになり息絶えた2人の案内人に、哀れみの目を向け、そう言い退けたラミーとヤクモ。ダートはただ、ぼうっとしているだけ。


「我は幸運であるな。このような場所で、お前と再会できたのであるから」

「おいら、今度こそ、魔王様、守る」

「頼もしい限りだ。では、我についてくるのだ。ヤクモ、ラミー、ダート、行くぞ」


 まるで何事もなかったかのように、魔王はダートとの会話を続け、魔王たちはサリーアの町に歩を進める。鬱蒼とした木々は、魔王たちが森を去ることを歓迎しているのか、雨粒を垂らすことはほとんどなかった。


 空が暗くなりはじめた頃、サリーアの町に到着すると、ダートを連れた魔王たちに人々は恐れをなし、建物の中に隠れてしまう。勇気を出し、魔王たちに近寄った老人も、足を震わせ、今すぐにでもこの場を逃げ去りたいと言わんばかりの表情をしている。


「と、討伐に向かわれたのでは……ないのですか?」


 3人の案内人は姿を消し、魔族を連れて現れた魔王たちに、老人は不審がっていた。だが魔王は、老人の不審など意に介さず、平気で嘘をつく。


「なかなかに珍しい魔族でな、生け捕りにした。これでこの町は、魔族への恐怖から解放されよう」

「いやしかし、わしらはあの魔族に苦しめれてきたのじゃ。魔族は生かして返しては、町の住民の収まりがつかん」

「知ったことか。この町の長はお主なのであろう。ではお主がなんとかするのだな」


 生け捕りという単語に、老人は納得しようとしない。町の住人がダートに向ける視線は、憎しみで溢れている。一体、ダートは何を仕出かして、ここまで嫌われているのか。町の住人に興味がない魔王は、気にも留めず歩き続ける。

 だが、なおも老人は食い下がり、せめてもの質問を魔王に投げかけた。


「あ、案内人の3人はどこに?」

「残念なことに、お主が寄越した3人の案内人は、この魔族に殺されてしまった」

「こ、殺された!? 彼らは、この町で最も腕利きの――」

「将来有望な若者を守れず、すまなんだな」


 魔王からすれば、実際に魔族が町の近くからいなくなるのだから、感謝されて然るべきはず。ところが老人から感謝の言葉はなかったため、魔王は心のこもっていない手短な謝罪の言葉を口にするだけで、足を止めることもしなかった。

 魔王たちはサリーアの町を素通りする。そしてそのまま、彼らは町の住人の強烈な不信感を背後から感じながらも、町を抜け、スタリオンに向かう。


「あのおじいちゃん、あの3人が街一番の腕利きとか言おうとしなかった? そうは思えなかったけど……」

「ヤクモさんや魔王様、ダートさんが強すぎるんです」

「ラミーの言う通りだ。我と貴様は魔力を奪われてはいるが、それでも並の人間よりは強い。ダートに至っては、魔族の四天王だ。このような小さな町の腕利きなど、一捻りよ」

「おいら、魔王様に、褒められた」


 雑談を交わしながら、魔王たちは出発を待つスタリオンのもとまでやってきた。マットとベンは、ダートを見て目を丸くし、くわえていたタバコを地面に落とす。


「なんじゃ!? これまた大荷物じゃのお!」

「おい……そのでっけえ岩はなんだ?」

「我の忠実な僕である。この飛行魔機に、彼は乗れるか?」

「あ、ああ、もちろん乗れるぜ。スタリオンをナメるんじゃねえよ」


 根拠のない自信に満ちたマット。魔王たちは彼を信じ、スタリオンに乗り込んだ。積荷を乗せたスタリオンは夕方の曇り空に浮かび上がり、ダートの重さの影響か、明らかに機動性を落としながら、ケーレスへと向かって飛び立つ。

 

    *


 街明かりに照らされるケーレスに帰還したスタリオン。魔王たちが広場に降りると、そこではキリアンやカウザを引き連れたシンシアが待ち構えていた。シンシアの足元には、緑色のスライムがべったりと地面に張り付いている。


「スラスラ~マオウ様とユウシャ様~大きなイワ連れてきた~イムイム~」

「……なに? その変なスライム」


 唐突に現れた謎のスライムに、独特なリズムを刻むスライムの口調も相まって、ぽかんとした様子のヤクモ。シンシアは尻尾を垂直に立て、幼女のような笑顔で答えた。


「この子、城に迷い込んでたニャ」

「スラスラ~シロに迷い込んだ~イムイム~」

「どうもこのリズムが微妙でニャ、ペットにしちゃったニャ」

「へえ~、ペットっぽいシンシアちゃんがペットをね」

「なんか言ったかニャ?」

「ううん、なにも」


 わざとらしく遠くに視線を向けたヤクモ。シンシアはしばらく尻尾を膨らませ、猫耳をピンと立てて抗議したが、ヤクモは相手しない。仕方なく、シンシアはダートを眺め、魔王とラミーに話しかけた。


「それで、その大きな方が、噂の魔族さんかニャ?」

「うむ。彼はダート・リッジスだ」

「おいら、ダート・リッジス。よろしく」

「こちらこそよろしくニャ!」

「彼は彼は、四天王の1人なんですよ」

「魔族四天王!? そんニャ人物に会えるなんて、魔王様も運が良いニャア」


 四天王の1人であるダートが見つかったという偶然。これにはシンシアだけでなく、キリアンやカウザも驚きを隠せない。


「これである程度の戦力は揃った。あとは、魔力の在り処であるな」


 ダートという頼れる味方を手にした魔王は、曇天の夜空を見上げ、次の行動を考える。これからはいよいよ、魔王とヤクモの魔力を取り返す戦いがはじまるのだ。

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