第3章3話 土の魔族

 雨が止んだ直後というのもあり、サリーアの町には人々が繰り出している。ただ、子供の姿はなく、ほとんどが老人。活気はあまり感じられない。

 石を投げられては困ると、ヤクモはフードで顔を隠していたが、魔王はいつもの通り。彼は長身の体を黒い服で包み込み、風にマントをはためかせ、背筋を伸ばし、紫色の瞳で町を見渡す。重厚なオーラも相まって、町の人々は皆、魔王に物珍しそうな目を向けていた。

 

 多くの人に見つめられ、ヤクモはフードをさらに深くかぶり、ラミーは魔王が注目されていることに喜び、魔王本人は動じない。3人はそのまま、町の中心である教会前にまでやってきた。


「諸君! ひとつ問おう!」


 教会前に到着するなり、腕を組み、町の住人に向かって問いかける魔王。当然、町の住人は何事かと驚き、魔王の周辺に集まってきた。さらなる注目を浴びたことに、ヤクモはいよいよ魔王の後ろに隠れるが、ラミーはあっけらかんとし、魔王も仁王立ちしたまま。

 老人ばかりの廃れた町に、重厚なオーラと立派なマントを纏った若い男が、女性2人を連れて現れる。そのあまりに物珍しい客に、おそらく町の住人の半分が教会前に集まり、群衆が出来上がった。魔王は群衆を前にして、ようやく問いの中身を口にする。


「この町の近くの森で、魔族を見たという噂を聞いている。それは真実まことか?」


 魔王がそう問いかけた途端に、町の住人は一様に色めき立つ。そして、群衆の中から1人の老人が現れ、僅かな不信感を隠した笑みを浮かべ、魔王に言った。


「魔族の退治をしに来た、共和国の方ですな?」


 共和国の人間でなければ、魔族を退治しに来た訳でもない。それ以前に、魔王とラミーは魔族だ。しかし、老人の言葉は魔王たちにとって好都合であった。


「その通りだ。早速、魔族のところへ案内してくれ」


 この魔王の嘘を、老人は完全に信じ込んだようである。彼は若い男3人を呼び出し、魔王に頭を下げて頼み込んだ。


「ありがとうございます! 1年半も続けた、怯えるだけのわしらの生活を、ようやく終えることができます! さあ、彼らを魔族のところへ案内しなさい」

「分かりました!」

「共和国軍が来てくれれば、百人力です」

「長老、良かったですね」

「そうじゃな。やはり忍耐は大事じゃ」


 魔王たちを共和国の人間と信じて疑わない老人と、数少ない若者の中から選ばれた3人の泥臭い青年たち。目の前の希望が偽物であるなど知る由もない彼らに案内され、魔王たちは魔族が潜む森の中へと、足を踏み込んでいった。


    *


 若い男3人に案内され、深い森の奥へと進む魔王たち。木々から垂れる雨粒は、そんな彼らの服を濡らし、不快感を与えている。森が侵入者を歓迎している様子はない。

 1時間程度、歩いた頃であろうか。どこまでも続くかのように思えた鬱蒼とする木々が、途端に途切れ、魔王たちの目の前を岩壁が遮る。見上げれば首を痛めてしまいそうな岩壁に、ただでさえ慣れぬ森を歩かされ疲れていたラミーが、口を尖らせた。


「無理です無理です。あの岩壁を登るのは無理ですよぉ」


 今にも座り込んでしまいそうなラミー。ところが3人の案内人は、息を潜め、緊張感に包まれながら茂みに隠れ、言った。


「静かに。この岩壁を登る必要はありません。魔族はあそこに見える、洞窟の中にいます」


 案内人の1人が指をさした先には、たしかに洞窟がある。岩壁にぽっかりと空いた、微かな明かりが漏れだす、巨大な横穴。


「いかにも、って場所ね」


 洞窟を見たヤクモの、ちょっとした感想。

 その直後であった。まるで地鳴りのような大きな唸り声が魔王たちの鼓膜を震わし、森からは鳥たちが一斉に飛び立ち、木々はざわつく。この唸り声が、洞窟の奥に潜む魔族のものであるのは明白である。魔王たちは、魔族に見つかってしまったようだ。

 唸り声から時を置かずして、地面が波打ち、そして巨大な棘と化した土が案内人の1人に襲いかかった。巨大な棘は案内人の1人に突き刺さり、彼の命を容赦なく奪う。


「うわぁあ! た、助けてください!」


 仲間の死に様を前にして、恐怖のどん底に落とされた若い男2人。彼らは腰を抜かし、もはや案内どころではない。だが魔王は、冷静であった。それどころか、かすかな喜びが心で踊っていた。


「この攻撃……やはり……」


 案内人の1人を串刺しにし、血の伝う土の棘を眺めながら、魔王はある者の姿を頭に浮かべ、確信している。洞窟の奥に潜む魔族は、やはり“彼”であると。


 洞窟に潜む魔族の攻撃は、未だ止んでいない。再び地面は揺れ、波立ち、巨大な棘が魔王たちを刺し殺そうと向かってくる。それでも魔王は、剣を抜いたヤクモ、尻もちをついたラミー、恐怖に腰を抜かす2人の案内人に構わず、茂みを抜け出し、大声で呼びかけた。


「そこにいるのは、ダートであるな! 我だ! 魔王ルドラだ!」


 魔族に対する魔王の呼びかけ。ヤクモと案内人2人はそれを理解できぬ様子だが、ラミーは魔王と同じ者を思い浮かべ、魔王の呼びかけに対する魔族の答えを待った。

 しばらくすると、洞窟の入り口に巨大な影が浮かび上がる。そして、鎧を着た、岩を人型に積み上げたような図体を持つ魔族が現れた。魔王も魔族のもとまで歩み寄り、彼が洞窟の前に立つと、岩のような魔族は子犬のように跪く。


「魔王様! おいら、魔王様、会えて、嬉しい!」


 くぐもった声にゆったりとした口調、片言の言葉。表情は読み取れぬが、この魔族は、魔王に会えたことを喜んでいる。魔王も笑みを浮かべ、マントをひるがえした。


「ダート・リッジスよ。我もお主に会えて嬉しい限りだ」


 魔王に続いて、ラミーも茂みから飛び出し、小動物のように洞窟の前、ダートの側へと向かった。


「ダートさんダートさん! お久しぶりです! ご無事で何より!」

「ラミーさん、久しぶり。会えて、おいら、嬉しい」


 またも嬉しいという言葉を口にしながら、今度のダートは、どこか照れたような口ぶり。彼はラミーが相手となると、いつもこうなのである。

 再会を喜ぶ魔王たちであったが、状況が全く理解できないのが、剣を片手に突っ立っていることしかできないヤクモだ。彼女は手持ち無沙汰に剣を回しながら、遅れて洞窟前に到着し、魔王に質問した。


「ねえ、説明してくれない? その鎧を着た岩、あんたたちの知り合いなの?」

「こやつは魔族四天王の1人、ゴーレム族のダート・リッジスだ。我と時を同じくして魔界を追放された、我の忠実なしもべである」

「ふ~ん。じゃ、味方が1人増えたってことね」


 質問への答えに対し、ヤクモはそれだけ言って、ダートに視線を向けた。彼女は未だ、未知の存在であるダートにどう接すれば良いのか分からない。

 

 とにかくダートの素性を知ろうと、彼が住んでいた洞窟を覗き込んだヤクモ。興味本位で覗き込んだ洞窟の奥を見て、彼女は驚きを隠せなかった。

 洞窟の奥には、シックなデスクやロッキングチェアなどが置かれ、物入れの上には、様々な動物を模った精巧な人形が置かれている。見た目は鎧を着た岩でしかないダートからは想像できない、洒落た部屋・・だ。

 

「あの家具って、どこから?」

「あれ、全部、土属性魔法、使って、自分で、作った」

「手作り!?」


 持っているだけでも十分にギャップがある家具や人形が、ダートの自作だと聞いて、ヤクモは開いた口が閉まらない。


「ダートよ、また一段と、家具作りや人形作りの腕が上がったではないか」

「凄いです凄いです! ダートさんの作る家具、私も欲しいです!」

「ありがとう、ございます」


 あんぐりとするヤクモを横目に、魔王とラミーは、久々に会えたダートとの会話を楽しんでいた。魔王は、魔族退治や共和国の人間を騙っていることなど忘れ、意図せぬダートとの再会によって、野望の成就に一歩近づいたことを喜んでいるのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る