第20話 シャッターが切れないとき

 道ばたのコスモス。窓辺に吊り下げていたポトス。光と影のきらめく竹林。五山の送り火。黄金色の稲。


 最初のカメラ。フィルムのEOS-KISSで撮ったもの。


 ファインダーをのぞくのが楽しくて、フィルムの感度の違いも、蛍光灯下ではフィルターが無いと色味が変わるのもわからずに、ただ気になった風景にレンズを向けてシャッターを切る。


 初めの頃はそれが楽しかったのです。

 ……けれどもっと深く知りたい。もっと美しい写真を撮りたいと思うようになり、カメラの本を買っちゃったりしました。



 フィルムからデジタルに機種を変えて、ホワイトバランス機能がついて、枚数を気にしなくなって。

 気がつくと、1枚のシャッターの重みが軽くなってしまいました。


 それでも一つ前の愛機EOS-5Dには、多くの思い出があります。


 初めてのLレンズで撮った写真に感動し、お金を貯めては標準ズーム、望遠ズームのレンズを買いました。

 ウェブ上で見かけたドブロヴニクの写真に魅入られて、コンタックスレンズが使いたくなり、マウントアダプタを購入。

 planarプラナーで撮った写真の生々しさに、Lレンズとは違う感動を覚えました。


 結婚式のウェディングドレスの白が上手く写せなくて苦労したり、写真ブログを始めたり。



 でもある時、仕事でとあるプロジェクトチームに参加することになり、およそ半年くらいかな。まったくカメラに触れない日々が続きました。


 無事に成果を出してチームは解散となりましたが、再びカメラを手にしても、なぜか撮影意欲が湧かない。たった半年のブランクなのに。


 その事実に打ちのめされ、それでも何か写真を撮ろうとファインダーをのぞく。……でもシャッターを切れない。


 心動かされる光景に出会い、カメラを構える。……でも以前のように構図がとれない。

 どこにピントを合わせるか迷う。被写界深度に、露出に、アングルに、画角に、被写体との距離感に、迷う。


 クセのあるレンズの、そのクセすら出せない。

 出てくるのは平凡な写真ばかり。


 また防湿庫にしまう日々が続きました。


 オールドレンズだったplanar50には、気がつくとレンズに曇りが生じていて。

 それがまた私の心の曇りのように見えてしまって……。



 打開策は何かないか。

 単焦点縛りで撮ってみるか。

 それともズームを持ち歩いて気軽に撮影するか。


 迷走しながらも、撮ったり撮らなかったりする日々が続きました。




――そんなある日。ようやく納得のできる1枚が撮れました。

 森の写真です。

 なんの変哲もない写真。レンズはdistagonディスタゴン35。


 でもその写真は、確かに撮影したときの空気を切り取っていました。



 今はまだ撮ったり撮らなかったりしていますが、それでも一時期ほど焦ってはいません。

 だってまた撮れるから。きっと納得のいく写真が。



 同じように小説も迷う日々が続いていますが、こちらも焦ってはいません。

 大丈夫。自分が書き続けた先に、きっと満足のいく作品が生まれるから。



 そんな気持ちで、今日も私はパソコンに向かっているのです。

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