第6話 一年、始めて一年の春あり


うちの子の誕生日。


日に日にお利口さんになっていくのを見ると、ほほ笑ましく思います。


「とって~。……違う! ……うん、それ!」


ちょっと遅れていた言葉も出るようになり、コミュニケーションを取るのが好きみたいで、毎日がにぎやかです。



最近のお気に入りはリンゴジュースみたいで、「んご」「んご」と呪文を唱えているようにおねだりを……。



『唐詩選』の一つに次の詩があります。


――――

一年、始めて一年の春あり


百歳、かつて百歳の人なし


よく花前に向かって幾回か酔わん


十千もって酒をう、貧と辞するなかれ

――――



「宴城東荘」という詩です。




「一年が経てば、はじめて又一年の春が来ます。


百歳といっても、いまだかつて百歳を生きた人はいません。


そうであれば、春の花を前に幾度、酒に酔うことができましょうか。


ですから、一万もの錢をもって酒を買うのを、貧乏だからと断わらないでくださいね」

※十千=1000×10=1万。


最後の7文字の意訳に数パターンがあるようですが、おおむねこのような意味となりましょう。



都会で日々を忙殺されていると、うっかりと季節の訪れに気がつかずに一年を過ごしてしまいます。


ふと目を向けると梅の花が咲き出し、春ももう遠くはありません。



いつもの変わらない四季折々の営み。春が来るたびに新しい一年を重ねていく。


その折々の季節を楽しみ、愛でること。


心の余裕があれば、また違った一日を過ごせるのじゃないかなと思います。



どうでしょう。


慌ただしく出勤する時、また学校に行く時など。

ふと足をとめて、周りの景色に目を向けてみませんか。


きっとそこに、美しくも慎ましい光景を見つけることができるでしょう。



さて、先の唐詩。実は返歌ともいうべき詩があります。


――――

一月ひとつきに主人、笑うこと幾回いくかい


あい逢い、あい値う。しばらく盃をふくまん


のあたりにる。春色、流水の如きを


今日の残花は昨日開きしなり

――――



主人がころころと笑うのは一月ひとつき幾度いくどあるでしょうか。


こうして出逢ったのですから、まあ、盃を傾けようじゃありませんか。


目の前に見える春の景色は流れゆく水のようなものです。


今日、散り残っている花は、昨日咲いたばかりなんですよ。




――出逢いは貴重なもの。


このカクヨムで出逢った方々に、改めて感謝を。

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