棒げし紫音と魔法使い
時谷 創
第1話 魔法と魔法使い
この世界には『魔法』が存在する。
身勝手な犯罪、不慮の事故、襲い来る病で平和な日常はたやすく奪われるが、
人知れず願いを叶え、人々の危機を救う『魔法使い』達がいるのは世界の常識だ。
と言っても魔法には制約があって、決して万能ではない。
魔法について判明している事と言えば、人を傷つけたり殺したり、人の存在を消去したり、
生き返らせたりしてはならない事。
あと噂でしかないが、制約を破った『魔法使い』には、厳しい末路が待ち受けているらしい。
なぜ「らしい」と言うのか。
それは『魔法使い』が表舞台に出る事がほとんどなく、
人々の噂レベルでしか語り継がれていないからだ。
季節は夏。
強い日差しに照らされながらも、俺、乃木坂 瑛太(のぎさか えいた)は、
オカルト研究部の夏休み合宿のために学校へ向かおうとしていた。
今年で高校卒業なので俺にとっては最後、いや部員みんなにとっても
最後の合宿だったりする。
ちなみにオカルト研の現在の所属は俺を含めた3年生が3人。
2年生が3人。1年生が1人の計7人で構成されている。
と言っても2年生の1人が新年度に所属更新ができなかったため、
学校側から部の所属は6人とカウントされているのだ。
そのため、定員7名と言う部の条件を割ってしまい、
この夏休みが終わり次第、オカルト研究部は廃部となる。
何とか夏休み中に復帰するか、新入部員を一人でも入れられれば、
存続の可能性もあるが、部室がある旧校舎の取り壊しが始まる事と、
去年の合宿で起きたある出来事が重なって、存続は難しいと言うのが現状である。
「あー、昨日走りすぎて足が痛てぇ。
母さん、学校まで車で送ってもらえないかな?」
「今日は用事があるって言ったでしょ?
そんな筋肉痛になるほど走り回るなんて、
ほんと瑛太は立夏ちゃんの事となると自分を省みないんだから……」
母親は心配そうな表情を浮かべたまま、大きく一つため息をついた。
「それに明日でちょうど一年。
お隣の時森(ときもり)夫妻も帰国してくる事になってるし」
「冗談だって、それは分かってるし。
今はヨーロッパで仕事してるんだっけ?」
「そうよ。二人とも世界的なデザイナーだから、もちろん仕事が忙しいと思うけど、
あんな事があったから余計仕事にうちこんでるんだと思うな」
「そうだな、世の中ほんと理不尽だよな…」
そう言いながらも俺は、隣の家、ここらでずば抜けて広い敷地面積を誇る
時森邸に目を向ける。
先程母親が言ったように、時森夫妻は世界的なデザイナー。
二人には俺と同い年の娘がいて、その子と俺は誕生日が同じ。
言わゆる幼馴染みと言うやつだ。
名前は、時森 立夏(ときもり・りつか)と言い、去年参加していた
合宿中に突如行方不明となった。
合宿先である学校内を部員みんなで探しても姿が見つからず、
警察が捜索しても、誘拐など事件の痕跡さえ見つからない。
ただ俺はまだ立夏が生きていて、近くにいるのではないかと思っており、
昨日も伏谷(ふしや)市街区など、あちこち走り回っていたのだ。
その甲斐もあって、俺はある手がかりを得る事に成功した。
今日の合宿でそれを足がかりに「犯人」を突き止めるつもりでいる。
静まりかえった豪邸から視線を戻し、母親に再度目を向ける。
「明日には帰ってくるのよね?」
「ああ、一泊二日の合宿だし」
「絶対に無理はしないでね。瑛太も同じ目に会わないかと心配なのよ」
幼馴染みが1年も行方不明のまま、去年と同じ場所で合宿をするので、
母親として心配なのは俺も分かる。
でも今日手を打たないと、立夏を救いだせなくなる気がしてならないのだ。
「大丈夫だって。少しでも気になる事があったら、
その時点で合宿を切り上げるから」
「……分かった。それじゃ車に気をつけるのよ」
「了解。今度和食の住吉に行った時に、親父を含めて貯金で食事をプレゼントするから」
「それは嬉しい事だけど、今言うと不吉なフラグみたいだからやめてよね……」
「あはは、確かにそうだな。それじゃ、行ってくるよ」
苦笑いを浮かべる母親に軽く手を上げて、通学路の方へと歩いていく。
今日はほどよく風があり、比較的凄しやすいため、
見慣れた通学路をゆっくりと歩く事ができる。
ピリリリーン……。
ちょうどたい焼き屋の前に差し掛かった所で、スマホに電話がかかってきた。
着信名を確認すると「間宮 樹」だったので、
わざと少し時間を置いてからゆっくりと電話に出る。
『おい、瑛太!
その電話に出るのを遅らせて俺を放置するのは止めてくれ!」
電話口で大声をあげたのは、同じ部活で3年生の間宮 樹(まみや いつき)。
軽い口調と容姿から一見チャラく見えるが、凄く友達想いの良い奴だったりする。
『悪い、悪い。どうも樹を放置するのが癖になっちまってな。
それより、用件はなんだ?』
『用件って10時に校門集合って言ったのに来ないから、連絡したに決まってるだろ!」
樹にそう言われて、スマホで時間を確認してみると、10時をとっくに過ぎていた。
『まあ、瑛太が遅刻するのはいつもの事だが、
とりあえず音だけ先に部室に行かせて準備させてるよ』
樹の言った「音」とは、 soundの音ではなく、オカルト研に所属している
2年生の事で、中性的な容姿と声が特徴のオカ研の癒し要員だ。
『そうか、音には後で謝っておかないとな。
とりあえず今鯛焼き屋の前だから、ゆっくり歩いて後2、3分で着くから』
『遅刻を反省したと思いきや、ゆっくり歩いてくるのかよ!?』
『まあ、まあ、間宮先輩。あまり大声で騒ぐと手の痒みがぶり返してきますよ!
それより、乃木坂先輩! 私はいつまでも待っていますので、絶対に来てくださいね!」
電話口にいきなり割り込んできた女子は、2年の逢坂 青葉(おうさか・あおば)。
何が彼女をそうさせるのか分からないが、部活に入部してきて、
俺の腕にしがみついてきたり、手を繋いで来たりしてくるため、
その度に追い払うが、追い払っても追い払っても、懐いてくる変わり者だ。
『大丈夫だぞ、寄り道せず真っ直ぐそっちに向かうから。
それより、痒みがぶり返すって何の事だ?』
『間宮先輩、何か学校に来てからずっと手を…』
青葉が何かを言おうとした所で、電話から声が遠ざかり、
樹の大きな声が電話口から聞こえてくる。
『悪いな、青葉のいつもの暴走だから気にしないでくれ』
『そうか。まあ時間に遅れてるのにゆっくり歩いていくのもあれだから、
急いでそっちに向かうよ』
『光希部長と毛利もとっくに到着してるから、早めにな』
樹に「了解」と告げると、電話を切ってスマホをポケットにしまう。
「しかし、青葉はほんと元気なやつだな…」
立夏とも姉妹のように仲が良かったし、青葉はいるだけで部を明るくしてくれる
ムードメーカーだ。
立夏がいなくなって落ち込み気味だった俺の心も、
彼女のおかげで少し軽くなったので、感謝はしている。
ただどんなに懐かれても、青葉はない。
俺が好きなのは、時森 立夏なのだから。
雲ひとつない青空を眺めながら、中学の時から通い慣れている道を
駆け足で進んでいく。
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