妄想ドロップ

上杉しずく

第1話


あなたの人生が一冊の本だとしたら、それはどんなお話だと思う?


唐突に尋ね回ってみたくなる。とくに今みたいに、昼下がりの各駅停車に乗っている時。満員電車で揉みくちゃになっている間には、こんな考えは浮かばない。一応備わっている社会性を総動員してウズウズを抑えなければならないのは、乗客のほとんどが座れるような、席がまばらに空いていて、座りたい人は座り、立ちたい人は思い思いの場所に立てるような、こんな時だ。

「あのメガネのスーツのお兄さんはビジネス小説。サラリーマン向けの週刊誌に連載。」

「入り口付近に立っている高校生のカップルは、少女漫画。甘さ満点のポップなお話。でもきっと、今は想像もつかないような、切ない別れが待っている。」

とつい思い巡らせてしまう。



じゃあ私は?というと、おそらく浮かばれないアラフォー女の自伝的小説になってしまうだろう。これでもか、ってくらい絶妙に物事がうまくいかない、かといって悲劇のヒロインになれる程の出来事もない。だからそんな中途半端な話を誰かに聞いてもらうのも憚られて、吐き出したいことも飲み込むしかない、そんな私の人生。本人は意外としあわせを感じていたり楽しんでいたりするが、文字にしてしまうとそうなってしまうんだろうなあ。しかし、、本になったところで、こんなつまらない話、一体誰が読んでくれるのだろう。いやいや、こんな地味すぎる私だからこそ共感してくれる読者がいるはず、、、。



私は妄想が大好きだ。妄想が趣味なんて変態みたいだが、私の妄想の内容はR指定なしで、なんなら幼児向けの紙芝居にしても害がなさそうなので、ご安心いただきたい。現在も自分の人生が本になるならば、章のタイトルはなんとなく色とりどりでそれぞれ味があるものがいいなあ、なんて、実際は書きもしない小説の、しかも表紙や紙質など内容以外の構想を練っている。例えば缶に入ったフルーツドロップだとか瓶詰めのジェリービーンズだとか。新宿駅にあるマカロンのお店のように、カラフルにしたい。内容が地味目な分、装丁で読者の目を引きたい。・・・などと空想の世界に浸っている真っ只中に降車駅に着く。


ドアが開くと共に、ついさっき美容院でカットした髪を風が撫で、冷やっとした感触に身震いする。久しぶりにショートヘアにするならば、春が来るのを待てばよかったと葉が落ち裸になった木々を見上げる。ホラーやラブコメや純文学など様々なジャンルの登場人物が、一斉にわたあめ機のように白い息を吐きながら改札に向かって歩き出した。そんな無秩序な人々を淡々と見守る駅員は、鉄道ミステリーで刑事に情報提供するキーパーソン!などと考えてしまうのは安直すぎるだろうか。


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