第64話 嵐が来るまでは.1

   ――裏中華街掃討作戦会議における総督の演説より。


 吸血鬼の復活より幾日、ここ魔法都市横濱は混迷の中にあります。


 立て続けに起きた騒動はすべて、その発端を吸血鬼としたものでした。


 そして吸血鬼は、裏中華街に潜伏している可能性が非常に高いと思われます。


 ご存知の通り、かの場所は一筋縄で行く相手ではありません。


 その複雑な立地に、無数の魔法的な仕掛けを用いることで作られた要塞。


 異種たちは妨害や抗議活動によって、長きに渡り捜査の目をかわしてきた。


 ですが、それも終わり。ついに魔法都市の治安を守る機関として戦う時が来ました。


 諸悪の根源である吸血鬼。


 そして二度の騒動の発端となった『悪』をその内に隠し続ける、裏中華街。


 これらは英立魔法機関が叩き潰さなくてはなりません。そう。


 ――正義の魔術士たる、我等の手によって。


   ◆


「掃討作戦が終わるまでぇ、公園で生活すればいいんじゃないっ?」

「そんな簡単な問題じゃないわよ」


 難攻不落と呼ばれる裏中華街。その深部に彼女たちの隠れ家はある。

 吸血鬼アリーシャ・アーヴェルブラッドは、メアリーの適当発言にツッコミを入れていた。


「風花は、私がきっかけで起きた二つの騒動が、今回の裏中華街掃討作戦のきっかけになったと言っていたわ」


 一つ目は、アリーシャたちが魔法都市全域を使って翔馬を追い詰めた時。

 二つ目は、その騒動で捕まった仲間の解放を求めて、異種と機関が中華街でぶつかった時。

 立て続けに起きた二つの騒動が、機関を動かした。

 まして裏中華街は、吸血鬼の復活によって今も反機関の盛り上がりを続けている。


「これまでどうにか捜査の手をかわしていたのに、大義名分を与えてしまったことになるわ」

「それならやっぱりぃ、外に逃げるのがいいと思うけど」

「機関にとっては、裏中華街も長らく片付けたいと思っていた対象なのよ?」

「そっか。アリーシャちゃんが見つからなければ……」

「めちゃくちゃするでしょうね。悪の吸血鬼を隠しているという名目で」


 裏中華街と魔法機関は、そもそも長きに渡って敵対してきた歴史がある。

 この区域の迷宮化も、迫る機関から逃れるために行われていったものだ。

 あの手この手で立ち入りを逃れてきた裏中華街を落とすのに、これ以上の好機はない。


「だから、その原因である私がこの街を離れるわけにはいかないわ」


 裏中華街がこういう場所だからこそ、生きられる者も多い。

 機関に壊されてしまったら、生活できなくなる者だって当然出てくる。


「玲だってこの街が壊されていくのを、ただ見ていることなんてできないでしょう?」

「はい。ここは異種にとって特別な場所ですから」


 玲は神妙な面持ちで応える。

 三人のいるこの隠れ家も、大神の一族が受け継いできたものだ。

 異種を不当に扱う機関と戦った吸血鬼のために……と。

 ここはそれだけ見つかりにくい場所にある。

 だが機関が解呪系のアイテムや魔術士を多量に動員し、手段を選ばず暴きに来れば、さすがに話は違ってくる。

 絶対とは言い切れない。


「もしここを突き止められてしまったら……」


 アリーシャはそう言って視線を落とす。


「もう、今のままではいられない」


 それは学院に通い、この隠れ家に帰り、玲やメアリーと作戦を立てる日々のこと。

 拠点をなくせば、どうなってしまうかなんて分からない。だから。


「目標は――――機関の進攻を抑えつつ、私自身も逃れること」


 アリーシャはそう、狙いを定めた。


「でもぉ、どうするつもりなの?」

「こうなればやはり……カギになるのは九条以外にないわ」

「九条くん?」

「風花が掃討作戦の情報を持ってきたということは、九条も動いてくるはず」


 そしてそうなれば当然、絶対的な解決策がそこに生まれる。


「そこで吸血できれば、一発逆転という形ですね」


 吸血鬼アリーシャの魔力に対する封印。それは封印者の一族である九条翔馬の血液を接種することで解くことができる。もしそうなれば、状況を大きく変えることも可能だ。


「ただ、大さん橋の時とは状況が違う。もう九条は、一対一で戦うことができればどうにかなるというような相手じゃないもの」

「九条くん、すっごく強いもんね」


 メアリーは先日、裏中華街でレオンと翔馬の戦いを目の当たりにしたばかりだ。

『負ける勝負は嫌い』と言い放ったメアリーが、あの場で行われた賭博に大勝できたのは、翔馬の強さゆえ。

 それは最強とうたわれる伝説の吸血鬼にさえ「脅威」と言わしめるほどなのだ。


「どう動いて来るかは分からないけど、この状況を乗り越えるには必ず九条がカギになる。吸血も含めて何か戦略を立てないといけないわ」

「……できそうなの?」

「機関は圧倒的な人数を送り込んでくるはず。少なくとも九条を見つける前に、私が機関員たちに取り囲まれるようなことになってしまったら……終わりでしょうね」


 魔力のほとんどを封印されている今のアリーシャではもう、逃げることすら不可能だろう。


「裏中華街進攻は五日後の夜。それまでに何か方法を見つけないといけない」


 その言葉に、玲が反応する。


「五日後。アリーシャ様、その日は……」

「そうね」

「開港祭の最終日です」

「……開港祭?」


 窓から見える月へ視線を向けていたアリーシャは、意外そうな顔をした。


「パレードを始め各所で催事が行われるので、早い時間から機関は動いています。昨今の事情を考えれば、いつも以上の警備を敷いてくるでしょう」

「要するに、機関が総出で魔法都市を固めている日ってことね」


 それは都市内にすら安息の地がなくなるということだ。


「とにかく、やるしかないわ」

「はい」


 凛々しい瞳に炎を燃やし、玲が応える。


「現状では九条に賭ける以外にない。もうあまり時間もないけど、とにかく今からできる最善の方法を見つけるのよ。何としても捕まる前に接触して、そこにすべてをぶつける」


 翔馬との接触を前提に、始まる作戦会議。

 そんな中でメアリーは、アリーシャをじっと見つめていた。


「街中にいる機関員はみーんな敵。そんな中で九条くんを捕まえなきゃいけないのかぁ」


 数に勝る機関、強敵と化した翔馬、弱体化している上に逃げられないアリーシャ。

 状況は、これ以上ないくらいに最悪だ。


「……うーん」


 メアリーは悩むように視線を上げる。そして。


「さすがに今回はちょっと、分が悪いなぁ」


 そう言って意味深な笑みを浮かべた。


「そもそもメアリー」

「えっ、なあに?」

「この話、お風呂でする必要あったの?」

「えーと、一緒に入りたかったんだもん」


 隠れ家の風呂はなかなか広く、一人で入るには少し広く感じるほどだった。


「アリーシャちゃんは本当にキレイだね。それに……すっべすべ」

「ちょっと、どこをさわってるのよ」


 均整の取れたその身体は、しなやかでありながら丸みもあって、まさにため息の出るようなラインを描いている。

 対して小さく華奢な身体つきのメアリーは、桜色に染まった肌がとても美しく、さらにワザと垂らしている数束の黒髪が妙に艶めかしい。


「にひひー。なんかぁ、えっちな感じに見えるでしょ?」


 その不思議な色っぽさに目を取られたアリーシャに、メアリーは笑いかける。


「ちょっと待ってください! 納得いきませんっ!」


 するとそんな二人の会話を聞いた玲が、たまらず声を上げた。


「なぜっ! どうしてっ!」


 そして強く拳を握ると、魂の叫びをあげる。


「私だけ浴室の中に入れてもらえないのですかッ!?」


 ドア一枚を挟んだ脱衣所で、玲は拳を震わせ始める。


「私もずっとここで、一糸まとわぬ姿でいるというのに!」

「服を着なさいよ」

「……そうだ、アリーシャ様の服を……ここぞとばかりに」

「それにさわったら全裸のまま風花と戦ってもらうわよ」

「全裸で…………ごくり」

「ここで断らないから中に入れないのよ!!」

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