第58話 裏中華街と機関の猛犬.5

 初手を取ったのは翔馬だった。

 右の牽制打を、レオンは体勢を傾けることでかわす。

 翔馬は相手が足を引かなかったことを確認しつつ、早くもここで奇襲に出る。

 右の拳を引き戻すことなく続けて放つ、左のバックハンドブロー。

 それは対吸血鬼の際に、その意外性で一気に勢いをつかんだ得意技だ。

 同一方向から飛んでくる二発目の拳撃は、虚を突くにはまさに効果的。

 その高速回転は、気づいてから捉えることなど不可能だ。

 バシィッ! と高い音が鳴る。

 放たれた裏拳を、しかしレオンはしっかりとその腕で受け止めた。

 そして次の瞬間にはすでに、翔馬の頬を目がけて右拳を放っている。

 翔馬は体勢を落として反撃を試みようとするが、レオンはそれを予期して左の前蹴りを繰り出していた。

 ごくわずかなテイクバックから放たれた強引な蹴りを、翔馬はとっさに両腕で防御する。


「なっ!?」


 散らばる粒子は固有進化の証。

 思わず声を上げる。防御が……崩された!?

 強く組んだはずの両腕が弾かれ、翔馬は後方へ大きく弾かれる。

 するとレオンは力強い踏み出しと共に、上段から叩きつけるような拳を放つ。

 マズいッ!

 バランスを崩していた翔馬は、大きく飛び下がる。

 なんて攻撃力だっ。決めの一撃でもないのに防御を崩されるだなんて。

 しかもこいつ……相当戦い慣れてる。

 吸血鬼ですら虚を突かれた攻撃を、なんなく防御してみせた。

 それは決して多用されない『裏拳の可能性』が頭にあったということだ。

 どれだけの戦いをこなせば、そんな反応ができるのかは分からない。

 ただ、五十嵐レオンが強者であることは間違いない。


 そう判断した翔馬は――――ギアを上げる。

 目にも止まらぬ踏み込みから右左の拳打を放ち、右のミドルキックへとつなぐ。

 レオンはこれを後方へ身体を傾けることでかわし、反撃を試みる。

 しかし翔馬が続けて放った上段回し蹴りが鼻先をかすめた。

 慌てて下がるレオンを見て、翔馬は勢いのままに脚を振り抜き体勢を直す。

 この脚を絡めた速いコンビネーションこそ、翔馬の本懐だ。

 レオンはその速さと鋭さに驚く。

 これだけやれるのなら機関員二人に勝ってもおかしくない。いや、それどころか強さに関しては認めざるを得ない、と。


 翔馬はさらに距離を詰める。左の前蹴りで牽制し、そのまま左足を後方へ着地させる。

 レオンはそれを見て次撃は左のハイキックと予測。

 しかし翔馬は前方へ小さくジャンプした。

 レオンの対応が遅れる。翔馬はまたも、今度は空中で一回転。

 放たれるは高速の回し蹴り。


「くっ!」


 蹴り飛ばされたレオンは勢いのままに後転し、顔を上げる。

 すでに翔馬は駆け出していた。


「チッ、やりやがるッ!」


 追い詰められたレオンは、背後にあった古い型の大型バイクへと手を伸ばす。

 そして長きに渡って放置され、すでに雑草の中に埋まりつつあったそのトラッカーバイクのフロントフォークをつかんだ。

 高速で迫る翔馬。

 対してレオンはなんと、手にした大型バイクを――――そのまま強引に振り回した。


「マジ……かよっ!?」


 ゴウッ! と風切り音を鳴らして迫るバイクを前に、翔馬は緊急停止を強いられる。

 髪の毛一本分、まさに目前をバイクの後部ホイールが通り過ぎていった。

 まさかの一撃に驚愕する翔馬。

 レオンはさらにもう一歩踏み込むと同時に、返しの一撃を見舞う。


「くっ!」


 翔馬は慌てて距離を取る。

 するとレオンはなんと、その手にバイクをつかんだまま――――跳んだ。


「なんだよそれッ!?」


 飛び散る粒子。その挙動にはバイクの重量が全く感じられない。

 翔馬は予期せぬ攻撃方法に目を取られてしまったことで、わずかな段差に足を取られた。


「オラァァァァァァァァァァ――――――――ッ!!」


 ド派手な衝突音と、弾ける光芒。

 落下と共にレオンが放った一撃によってバイクは粉々に弾け飛び、石畳が砕け散る。

 そのすさまじい展開に、観客たちは「これこそが魔法バトルの醍醐味」とばかりに狂乱の声を上げた。


「あ、あぶなかった」


 スレスレのところでその一撃をかわした翔馬は、その戦い方に驚くと同時に確信する。

 間違いない。これは身体能力向上系の固有進化魔術だ。


「気づいたみてーだな」


 そう言ってレオンは笑った。


「テメーの想像通り、オレの『悪鬼恐れる咆哮』は『身体能力向上』の固有進化だ」


 そしてすぐ近くにあった交通標識をその手につかむと――。


「その効果は……」


 ベキンと、なんなく金属製のそれをへし折ってみせた。


「バカみてーに単純な怪力化だ」


 これこそが事件は『壊結』すると言われる機関員、五十嵐レオンの固有魔術。

 レオンは走り出し、そのままの勢いで標識をフルスイング。

 翔馬は大きく飛び退る。すると標識の軌道上にあった料理店のサビついた看板の一部が、粒子と共にウソのように消し飛んだ。

 な、なんてパワーだッ!

 サビついていたとはいえ、枠は鋼鉄製だぞ!

 レオンは止まらない。大きな踏み込みと共に放つ問答無用の連続攻撃で、次々に障害物を粉砕していく。

 脅威の怪力に得物の剛性を載せた一撃は、翔馬に防御することすら許さない。

 なんてやっかいな戦い方なんだ! これじゃ下がり続けるしかないッ!


「オラオラオラァ! どうしたァァァァァァァァ――――ッ!!」


 嵐のような激しさで迫るレオンは、辺りをぶち壊しながら距離を詰めていく。


「くっ」


 対して翔馬は、距離を取ることで攻撃範囲外をキープすることしかできない。

 するとレオンはさらに大きく踏み込み、横薙ぎを放つ――。


「いや、違うッ!?」


 ――と見せかけた投擲だッ!

 これには翔馬も虚を突かれた。ブーメランのような横回転で迫り来る標識は、跳ぶことで避ける以外にない!

 標識は背後のシャッターに突き刺さる。

 そして着地から状況を確認すると同時に、翔馬はイヤな予感を覚えた。

 おい、まさか……。

 レオンがその手をかけているのは、最初に腰掛けていた古い車だった。

 ……次は、そいつなのかッ!?


「喰らええええええええええ――――――――ッ!!」


 予想は的中する。レオンはそのままそのボロ車を、翔馬へと投げつけた。


「マジかよッ!!」


 翔馬は冗談みたいな早さで飛んで来る自動車に驚愕する。

 上は……ダメだ! 次は着地を狙われる! 横に逃げるしかないッ!!

 翔馬は飛来する車を、決死の横っ飛びでかわしにかかる。


「ぐ、あっ!」


 もれる呻き声。わずかに遅れた左腕を、問答無用の重量がかすめていった。

 まさに間一髪。数ミリ横を転がっていった圧倒的な質量に、全身が総毛立つ。


「な、なんてメチャクチャなッ」


 左腕に走る痛みを感じながら、顔を上げる翔馬。

 すると空中にいたのは、レオンの方だった。

 ……どうして……跳んだ?

 どんな形であれ全力の回避行動の後は隙が生まれるもの。そこを狙わずに跳んだ理由が、翔馬には分からない。

 予想外の展開に、混乱しながら身構える。

 すると大きく跳んだレオンは、頭上で点滅を繰り返すネオン看板の縁をつかんだ。


「……おい、なにをする気だよ」


 バチンバチンと火花が舞い散り、パーン! と電気が弾ける音がした。


「なにをする気だよォォォォォォォォ――――ッ!!」

「オオオオラァァァァァァァァァァ――――――――ッ!!」


 その光景に、絶句する。


「ウソ……だろッ!?」


 なんとレオンは建物から大きく張り出す形で取り付けられた、五枚つづりのネオン看板を引きちぎりながら落下してくる。


「や、ヤバいっ!」


 付近の看板までも巻き込んだその攻撃は、まるで建物自体が崩れ落ちて来るかのような、常識はずれの一撃。

 翔馬は必死に目を凝らす。

 こうなったらギリギリまで隙間を探して、跳び込む以外にないッ!


「ここだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――ッ!!」


 タイミングを見計らい、翔馬は空へと逃げる。

 ネオン看板はガシャーンと盛大な音を立てて粉砕し、火花を上げた。

 どうにか逃げ切れた! と安堵の息を漏らす翔馬。

 しかしそれすらすでに計算し、レオンは走り出していた。

 空中へ逃げた翔馬にその軌道を変える術はなく、片足をつかまれる。


「しまったッ!!」


 その口端が大きく釣り上がるのが見えた。

 レオンは大きく振りかぶり、そしてそのまま力任せに翔馬をブン投げた。


「うああああああああああ――――――――ッ!!」


 ライナーで宙を舞う翔馬は、中華料理店の窓を突き破る。

 ガラスの割れ落ちる音が鳴り響くと、観客から再び「おおーっ!」と大きな歓声が上がった。


「ほら、どーした九条くんよォ。ちょっとばかり、火力が足りてねえんじゃねえか?」


 レオンはそう言って笑う。


「早くしねーと、あの金髪がどうなっちまうか分かんねえぞ」


 そして新たな標識をちぎり取ると、観客たちの歓声に応えるように翔馬を煽り始める。

 場は完全に、五十嵐レオンの独壇場だった。


「……いいかげんにしとけよ、お前」

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